溺れる櫛 ーオチヨと鯨の物語ー
カブ
序章
序章
身を切り裂くような冬の寒さが、少女の体力を奪っていった。
真冬の時期だというのに、少女にかけられているものは薄い一枚の布団で、そのために少女は身を震わせ、不愉快な歯のぶつかり合う音が一層眠りを妨げていた。
浅い眠りを何度か繰り返したが、寒さですぐに目が覚めてしまう。
今日はわら草履を百足作るように父親から厳命されている。父親が様子を見に来るまでに一足でも足りなければ、また激しく殴られる。昨日も命じられたことが達成できずに殴られた。髪の毛を引っ張り上げられながら、何度も往復びんたをくらわされ、腹を蹴られ、夕飯を食べさせてもらえなかった。外の井戸まで行って、冷たい水でお腹を膨らませた。今でも体中がきしんで痛みが走る。骨の内側まで痛みがしみ込んでいるようだった。
小鳥の鳴き声が朝を告げるけれど、まだ丑の刻(午前三時)だから、外はまだ夜を抜けきっていないはずだ。
(……また望んでもないのに、今日が来た……新しい一日が恐い……今日はどれだけ父ちゃんに殴られるんだろう)
恐怖で、泣きたくもないのに涙が出てきた。嗚咽を――そろそろ起きてくる父親に聞かれるとそれだけで殴られるから、声を殺して泣いた。
隣の部屋の襖を開ける音がする。少女は体をびくっと震わせた。父親が起きてきたのだ。
土間を歩く音。お願いだからこの部屋には来ないでくれ、と願う。足音は何度か通り過ぎたが、来ることはなかった。父親が少女と会う時は、必ずといっていいほど少女に暴力を振るうときだ。
父親が外に出かけていく音が聞こえた。少女は寒さで体をかちかちと震わせながらも、安堵の息をついた。
ここ
冬になると、嘉左ヱ門は
寅の刻(午前四時)になると、遠見場に十四人の羽は刺ざしたちが集まる。遠見場は島の高い位置に設置されている鯨を見つけるための施設である。
嘉左ヱ門が遠見場に姿を見せたことで、場に緊張が走った。無口な質ではあるが、沈黙の殺気立ったものをいつも身にまとっていた。ここ長い間、嘉左ヱ門がいら立っているのが船員の間に伝わっていた。怒りっぽい性格で、些細なことですぐに怒鳴りつけるので、船員は一挙手一投足に神経を尖らせることになった。
いら立ちの原因は、鯨の不漁だった。ここ二年ほど、最新の設備をつんだ外国の捕鯨船があらかた捕ってしまうので、毎年捕鯨数は軒並み減っていき、昨年は最盛期の七割も減ってしまい、今年に至ってはもう二月の半ばだというのに一頭も捕ることができていなかった。
経済を支える要を失ってしまったら島は生きていけなくなる。嘉左ヱ門は焦っていた。成果がなければ、一番親父の役割を担う自分の威厳もなくなってしまう。
「親父!」
遠見役の良淳が嘉左ヱ門を呼んだ。
「潮だ! 鯨の潮が吹いていますよ!」
聞くや否や、嘉左ヱ門は良淳の持っている遠眼鏡を奪い取り、遠方を覗き込んだ。
「珍しい潮だ、あの鯨はなんだ」
「背美、座頭、長須、どれでもありませんが、ここいらでは珍しい抹香かもしれません。あまり使える部位はありませんが」
「背に腹は代えられねぇ。合図を鳴らせ、水か主こたちに知らせるんだ」
久方ぶりの鯨漁だ。嘉左ヱ門の掛け声とともに、そこにいた羽刺たちは一斉に遠見場から海へとひた走った。鯨取りたちは、屈強な肉体をしている。
海辺では水主たちが
沖合まで出ると、鯨がいる証拠である潮吹きを、船頭に足をかけた嘉左ヱ門が探す。
「いたぞ、西南西の方角だ! お前ら、力いっぱいこぎやがれ!」
嘉左ヱ門の怒声が、後方にいる勢子船にまで響き渡る。船速は増した。鯨に近づくにつれて、その種類が明らかになる。
「間違いねぇ、ここらでは珍しい抹香だ。しかもでかい。子供を連れてやがる」
嘉左ヱ門は独り言ちた。鯨の種類がわかると、本来であればどの種類かを後方の船員にもわかるように旗をたてるのだが、抹香の旗は持ち合わせていなかった。それほど珍しい種類だった。
鯨は子供への情愛が深い生き物で、父鯨は、自分の身に危険が及べば、たとえ子鯨が瀕死の状態でもその場から逃げてしまうが、母鯨は子鯨が銛で突かれ唸り声をあげると、その場を離れず、少し離れてもまだ戻ってくる。子連れの鯨は、鯨取りにとっての恰好の的であった。
嘉左ヱ門は、棒の先に何十にも紙を生やした采をふり、全船に向けて指示を出した。
「鯨を囲め!」
嘉左ヱ門の号令とともに、十四艘の勢子船は鯨の左右後方をぐるりと取り囲み、狩棒で船縁を叩き、鯨を網代へと追い込んでいく。鯨が鳴き声をあげた。錆びた弦楽器のような哀愁の漂う細長い鳴き声が海上に響いた。音に敏感な鯨が怯えていた。
加えて、双海船が鯨の前方に回り込み、弓状に網を張っていった。勢子船は、さらに船縁を叩いて、鯨を網へ行くように仕向けていったが、親鯨は警戒して、なかなか網代の方へ向かわなかった。
「なかなか網にかからねぇ。羽矢銛だ! 羽矢銛を放て!」
羽矢銛は鯨取りが使う銛のなかでも比較的軽い銛で、それを投げ打つことで鯨を驚かせ、網へと向かわせるための銛であった。数本の羽矢銛が親鯨の背中に刺さった。悲痛な鳴き声があたりに響き渡った。鯨はとうとう網にかかった。
萬よろず銛もりと呼ばれる重い銛が十四艘の勢子船から一斉に投げ放たれた。親鯨の背中に刺さると、あたりの海面には鮮血が広がり、潮に血なまぐさい匂いが混じった。萬銛は勢子船と綱でつながっており、船を曳かせることで鯨の体力を奪うのだった。数本の銛が親鯨に刺さり、次第に動きが鈍くなっていくのがわかった。
一本の萬銛が子鯨の背中を突き刺した。五尺二寸(約二メートル)ほどもある大きな銛が子鯨の身体を貫いたかのように見えた。嘉左ヱ門はほくそえんだ。あれがもし母鯨なら、子鯨が瀕死の重傷を負えば、ここから離れることはないだろう。
だが、事はそうは運ばなかった。
子鯨に危害が及んだことを親鯨が察知したのか、網にかかりながらも暴れに暴れだした。大きな波が生まれると勢子船は大揺れに揺れ、新しく銛を放てないどころか、船頭で指揮をとっていた名刺が数名、海に投げ出されてしまうほどだった。漁場は急激に混乱を極めた。
「お前ら、うろたえるな、銛を投げ続けろ!」
嘉左ヱ門の怒声もむなしく、混乱は治まることはなかった。現場がこれほど荒れるのは初めてだった。
事態の悪化をみて、嘉左ヱ門は手形包丁を口にくわえ、ドンザを脱ぎ捨て、海へと飛び込んだ。「親父!」、という水主たちの声はもはや嘉左ヱ門には届いていなかった。
厳寒の冬の海を、鯨目掛けて泳いでいった。
(あの鯨を捕れなければ、俺たち大島の人間は生きていくことができねぇ)
通常、鯨の背中に馬乗りになり急所をついて止めを刺す鼻切という行為は、鯨の動きが完全に止まるか鈍った時に行うが、どうしてもこの鯨を捕りたい決死の覚悟でことを急いた。暴れる鯨の脇までくると、嘉左ヱ門はくわえていた手形包丁を刺して背中まで登ろうとした。刺すたびに、一層暴れるので、振り飛ばされそうになるが、嘉左ヱ門はその度に反動を利用し巨躯を鯨の脇腹に叩きつけて、鯨に痛手を与えていった。周りの水主や名刺たちからは歓声があがり、嘉左ヱ門を鼓舞する声が湧き上がった。
いよいよ背中まで辿り着き、鼻切を行おうとした時、捉えていた網が外れ、鯨は海に潜りこんだ。嘉左ヱ門は背中に刺していた手形包丁を意地でも離さず掴んでいたが、重傷を負ったものとは思えない速さだったため、その水圧に負けそうになった。鯨は深く潜りこむと、向きを変え、今度は海上へと突き進んだ。
(息が持たない……だが、死んでも離すものか)
意識が落ちそうになったいよいよというとき、鯨は海面へと飛び出し、宙に浮くと、体を反転させて嘉左ヱ門もろとも海面へと背中を叩きつけた。これにはさすがの嘉左ヱ門も一瞬意識を失った。意識がかえると、巨大な抹香鯨と向き合う形になっていた。
(これほど、大きな鯨はついぞみたことがない)
嘉左ヱ門は、そのとき初めて畏怖を感じた。
(こいつ、俺を殺すつもりだ)
体中に痛みが走り、今にも意識を失いそうになりながらそう思った。
鯨は、鮮血の煙を体中から吐きながら、嘉左ヱ門に目掛けて一直線に向かってきた。その速さは尋常ではなかったが、ぶつかってくる間を見計らって、その大きな頭をはらって、右に身体をよけながら、手にしていた手形包丁の刃を鯨の右目に突き刺した。阿鼻叫喚の塊のような鯨の声を耳に届けると、気が緩んだのか意識が遠のいていくのを感じた。嘉左ヱ門は仲間の羽刺の一人が潜水して自分を助けに来てくれた姿を認めて意識を失った。
気が付いたときには、自分の家の天井をみていた。
「親父、気が付きましたか」
声は、遠見場で鯨をみつけた良淳だった。それから、数人の羽刺たちが囲むように嘉左ヱ門を見守っていた。
「鯨は……鯨はどうした?」
誰もなにも答えなかった。その沈黙が、嘉左ヱ門の怒りを駆り立てた。
「誰か、なにかいわねぇか! 鯨はどうしたと聞いているんだ!」
怒声を張り上げると体が痛んだ。
その場にいた一人の名刺が答えた。
「親父、すみません、取り逃がしました。親父が気を失ってからもあの鯨、暴れやがって、船を船底から突いて次々と転覆させやがったんです」
「……なんてざまだ」
嘉左ヱ門の声には力がなかった。もはや気力は尽きていた。
「他の水主や名刺たちもけが人が多くて。幸いにも、死者はいませんでした、全員浜には戻っています。一緒に泳いでいた子供の鯨の死体だけは持ってきました。供養しますか?」
「馬鹿野郎、供養なんかしたってなんの役にも立たねぇ。かといって子供の鯨だけ解体して、町に売り込みになんていったら笑いもんだ。海辺にでも捨てておけ……。みんな、もう帰っていいぞ」
その場にいた数名は顔を見合わせると、挨拶だけを残して家を後にした。
屈辱的だった。万死のつもりで挑んだのに、捕らえることができなかった。それどころか、組員にも損害を与えてしまった。一番親父としての不甲斐なさを、体の痛みと共に感じた。
「ヨネ……ヨネはいるか」
体を横たえたまま妻の名を呼んだ。だが、声は返ってこなかった。
「ヨネ!」
大声を出すと痛みが走った。はい、と家の奥から返事がした。
「はい、ここに」
とたとたと足音を鳴らして、ヨネが顔を見せた。歯が何本か折れていた。
「いるのならすぐに返事をしねぇか! 酒を持ってきてくれ」
「お怪我をされているのですから、お控えしたほうが……」
「口答えしねぇでさっさと持ってこい! 亭主が酒を持ってこいといっているんだ!」
ヨネは顔を曇らせながら奥へと引っ込み、酒をいれた大徳利とぐい飲みを持ち嘉左ヱ門の側に座った。
「持ってきました」
嘉左ヱ門は痛みをこらえながら体を起こした。
ヨネが持ってきたものを奪い取ると、ぐい飲みに酒を注いで一気に飲み干した。
「つまみだ! なにかつまみを作らねぇか、気が利かねぇ」
はい、と返事をしてヨネは台所へと立っていった。取り急ぎ蕪の漬物を持ってくると、次は目刺しの焼き物にとりかかりに台所に戻る、焼きあがって持ってくると、
「酒だ、新しい酒を持ってこい」
と嘉左ヱ門が突き出した徳利を持つと中はもう空になっていた。
「……体にさわりますから、どうぞお控えなさって……」
嘉左ヱ門の張り手がヨネの頬を捉え、体は畳に叩きつけられた。
「おめぇ、口答えするな! 今度、口答えしたらただじゃ置かねぇぞ!」
ヨネは、はい、と弱弱しく返事をすると、徳利を持ってふらふらと台所へと向かっていった。
嘉左ヱ門は切歯扼腕した。取り逃がした鯨の面を思い出すと、悔しさと情けなさ、焦燥感が溢れ出して、酒に逃げた。酒を口にしていないと不安がせりあがってくるので、ほとんど間髪入れずに酒をとりつづけた。
隣の居間で赤ん坊が泣きだした。嘉左ヱ門にとって跡継ぎでもある長男で、珍しく猫かわいがりする対象なのだが、この時だけは泣き声が気に障った。
「うるせぇ、ちくしょう! うるせぇな、黙らせろ!」
酒で体の痛みが多少やわらいだのを感じ、
「そうだ、オチヨ、オチヨはどうした」
オチヨという名を聞いて、ヨネは赤ん坊を泣き止ますより先に、嘉左ヱ門のもとへ走った。
「あの子は、あの子はまだ草履を作っています。まだ作業の途中ですから、どうぞ中へは入らないでくださいまし」
ヨネの顔に焦燥感が漂っていた。自然と早口になった。
「あのガキ、まだ俺の言い付けが終わっていねぇのか」
といって嘉左ヱ門は立ち上がった。その剣幕のうちに、下卑た嗜好が浮かんでいるのをヨネは見逃さなかった。
「やめてください! あの子の元へは行かないでください! まだ昨日のけがも治りきっていませんから」
その身体にすがりついて止めようとするが、嘉左ヱ門の大きな手で顔から引きはがされた。
襖を開け、台所を通り、奥の納戸を開けた。ここには冬の季節には使わない夏の調度品が四方に置かれている。真ん中には作りかけの草履が途中で放られていた。
「オチヨ」
と呼びかけた。オチヨと呼ばれた少女は部屋の奥にある、今は使っていない箪笥たんすの側にしゃがみこんで、恐怖に打ち震える眼で身を固くしていた。
「草履はどうだ、百足できたのか」
怯えるオチヨの前にしゃがみこんで、嘉左ヱ門は下卑た笑みを浮かべた。
「あの……まだ……」
「まだ、なんだ?」
「六十足しか……」
オチヨが言葉を言い終わらないうちに、嘉左ヱ門はその小さな顔を平手打ちし、
「俺は何足作れといった?」
と怒鳴りつけた。オチヨは恐怖で顔をしかめながら、涙を浮かべて、
「百足……です」
「そうだよな、それが六十足? ふざけてんのか、お前は!」
といってまたその小さな顔を大きな手の平で張りつけた。
「あなた!」
とヨネが駆け込んできて、嘉左ヱ門の側で土下座をし、
「あたしが手伝って、百足一緒に作りますから、どうか、どうか今日だけは殴るのはおよしになってください」
「お前は飯の支度があるだろう。まず嘉一郎を泣き止ませろ。耳障りだ」
「……どうか、どうか今日だけはオチヨを許してやってください! 毎日あなたに殴られていたら、この子はいつか死んでしまいます! どうかご勘弁を……ご勘弁を」
オチヨは顔を守るように手でさえぎっていたが、その隙間からみえる頬は赤く腫れあがり、着物から見える胸元には大きなあざが広がっていた。オチヨと母親は声を押し殺して泣いていた。
嘉左ヱ門はこの状況にいら立った。この島に貢献しているはずの自分がまるで悪者のようだった。
嘉左ヱ門はオチヨの黒く長い髪を引っ張り上げると、
「来い! 根性叩きなおしてやる!」
といって、髪をつかみながら表へと向かった。
ヨネは必死になって泣きながら、嘉左ヱ門の腕にすがりついて、
「どうかお許しください! これ以上殴られたらオチヨは本当に死んでしまいます」
と懇願し、土間に降り、玄関口を開ける嘉左ヱ門を引き留めようとしたが、
「うるせぇ!」
と一喝された後、平手打ちではなく今度は拳骨で顔を殴られた。力士のような肉体の嘉左ヱ門に殴られ、ヨネは意識を失いその場に倒れ込んだ。
「母ちゃん!」
とオチヨが叫んだ。居間から、弟の嘉一郎の泣き声が家中に響き渡っていた。
「どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって! 気にくわねぇ」
夜の帳が下りた真っ暗な外へと出て行った。
「母ちゃん! 母ちゃん!」
とオチヨは身を振り絞って声をあげたが、ヨネが目を覚ますことはなかった。
髪を引っ張る嘉左ヱ門の腕にしがみつきながら、連れられてきた先は神浦の海だった。凍てつくような冷たい空気がオチヨの身体を包み、痛みと恐怖と共に、寒さにも身を震わせていた。
空は曇って、月明かりもないなか、虚空に波音が響いていた。まるでなにもない無の世界に波の音だけが響いているようだった。
砂浜に投げ飛ばされた。冷たい砂浜が身体にまとわりついた。寒さで体が震えた。
父親の大きな黒い影があった。
「このガキ、父親のことをなめやがって。どうしてお前はいつも言うことが聞けないんだ! ただでさえ女で役立たずのくせに、自分の立場を思い知らせてやる。お前にはこの着物を着せることももったいねぇ」
そういうと、オチヨの来ていた着物をはぎ取った。ろくに食事も与えられないみすぼらしい身体がさらけだされた。海からくる極寒の風がオチヨを切り刻んだ。
嘉左ヱ門は、またオチヨの髪をひっつかんで身体を起こすと、加減なく、拳骨でその頬を何度も何度も殴った。殴られるたびに、意識がなくなり、また戻った。時々、父親の酒臭い息を嗅いだ。
小さな声で、助けて、許してください、と呟くのがやっとだったが、父親は手を緩めることをしなかった。波の音も、潮のにおいも、凍てつく風の冷たさも、あらゆる感覚が体から遠のいていった。
(……地獄だ)
とオチヨは薄れゆく意識のなかで思った。
(……このまま殺されちまうんだ……母ちゃん……母ちゃん)
オチヨが最後に思い浮かべたのは、優しい母の笑顔だった。自分の名前を呼んでくれた優しい声、何度も抱擁してくれた肌の温もり、その肌からの磯の香り、花のような匂い……そのどれもが柔らかく、そして暖かだった。
嘉左ヱ門は娘を殴ることに夢中だった。気が付くとオチヨはぐったりとして全く動かなくなった。嘉左ヱ門はオチヨの体を浜辺に放りだしたが、他の村人に気づかれるのを恐れて、オチヨを海へと投げ捨てた。
それから七日後、神浦の浜辺に一頭の鯨が打ち上げられた。片目が潰れた抹香鯨なので、あのとき取り損ねた鯨だともっぱらの噂になったが、それよりも村を騒ぎ立てたのは、鯨を解体すると腹の中からオチヨの遺体が出てきたことだった。オチヨは嘉左ヱ門に殴り殺されて海に捨てられたのではないかという噂がたったが、それを声高に話す者は誰もいなかった。
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