緋色のサンドリヨン~魔城の公爵に誘拐されました~
@yagumo__roi
プロローグ
気がつけば、少女はここにいた。
「ここ……どうなってるわけ……?」
見渡す限り、いくつもの薔薇の花弁が連なっている。
上下左右、どこを見ても真っ赤なバラ。
つるの隙間を縫うように、ゆらゆらと光がおどる。
ロウソクだろうか。今にも消えそうなくらい、火力は弱い。
その幽けき光に包み込まれるように、バラの花びらが舞う。
時空がゆがんだかのように、ゆっくりと。
どこから降っているのか。絶えることなく、バラは舞い続ける。
少女は歩いた。
足音はひびかない。
出口を探さなければ。一刻でも早く、この場所からでなければ……
少女の瞳は、バラに囲まれて可憐に赤く色づく。
あたり一面にバラのかおり。
空は果てしなく、黒い。
光さすことなく、ただ、黒い。
果ての見えない、バラの小道を少女は進む。
暗闇でよく見えない。だが直感的に、少女は身体ですぐに感じた。
この道に、終わりなんて。
「ひっ……!」
少女は息をのんだ。
背筋が凍るように感じた。
振り返ると、そこには
きらきらと光る蜘蛛がいた。
「なにこれ……宝、石?」
貴石の蜘蛛だった。ダイヤモンドのような輝き。
透明なので向こうが透けて見える。
「なんなのよこれ、早く脱出したいのに……!」
貴石蜘蛛は固く細い糸を伝って登っていく。
少女は先を急いだ。
「これってどこまで進めば……っうわああ!」
鈍い音がひびく。
「いった……って、なにこれ!?」
転んだせいで、地面についた右腕は血がにじんでいた。
よく見ると、小さなとげが入り組むように刺さっている。
少女は言葉を失った。
とげの先から、じわじわと赤い模様が皮膚へ刻まれていく。
皮膚の中で溶け合い、融合し合い、花の模様を刻む。
だが少女は不思議なことに、痛みは感じなかった。
「もしかしたら……いや、もしかしなくても」
得体の知れない、毒かも、しれない。
「————お嬢さん」
「ぎゃっ……!」
反射的に振り向くと、奇妙な低い声の男が立っていた。
(なんで?誰もいなかったはずなのに……)
「あなたの悲鳴は城内まで聞こえましたよ」
男はにやりと不気味に笑った。
(お城……?そんなのどこに?)
つばの長い、ドレスハットのような緋色の帽子。
片目はその帽子で隠れていて、見えない。
大きな暗赤色のケープ。
すらっと背が高く、足も長い。
一見ただの人間に見えるが、そんな安易なものではない、と諭す雰囲気に圧倒される。
「おっと、膝にとげが刺さってますね。手当てをしなければ」
男は手を差し伸べる。
瞬時に、目元から紅色の光が反射したように感じた。
「な、なんなのよ、あなたは……」
少女はおそるおそる、手をとる。
とても人間とは思えないほどの、氷のような冷たい手。
この男との出会いが、後に嵐に巻き込まれるなんて、この時の私は想像してもみなかった。
「え、えっと……」
少女は声を震わせる。
「どこに向かってるのよ?」
すると男は、予兆もなく立ち止まった。危うく背中にぶつかりそうになる。
「どこに向かってると思いますか?」
重低音のような、ぞっとするほど重く、低い声。
(質問したのに質問で返された……)
男は冷ややかな瞳で笑いかけた。
背筋が凍りそうな笑み。つくられたような、その愛想。
(何企んでいるわけ……?)
つばの広い緋色の帽子から見える片方の目。
あやしさにゆがんだ口元。
「こちらです」
「なっ……」
目の前には、先ほどまでなかったはずの、大きな、大きな城が
立っていた。
窓がいくつかあるのがわかった。
うすく光がこぼれる、紅に染まったステンドグラス。
自分よりもはるかに大きい門は漆黒に染まり、宝石のような、したたる薔薇のしずくはみるみるうちに消えていく。
男が大きな扉に手をかざすと、きしむような不快な音が城に鳴り響き、ゆっくりと開いていく。
言葉を失った。
真っ赤な壁に包まれ、それに沿うように燭台が並んでいる。
天井にはいくつものロウソクを持った、大きなシャンデリアが下げられていた。
黄金のパイプオルガンはひとりでに奏でている。
中央の二つに分かれた階段の間には、バラの噴水のような大きな台があった。
(これが、あいつの言ってた城?)
バラがひらひらと舞い散る中、紅の城の中で、その少女と男だけがそこにいた。
「お名前は?」
「あ、あたしは……」
どうしよう。
名乗っていいものなのか。
……いや。明らかに不審者だ。
「安心してください。この世界は少しばかり変わったものですから」
男は静かに笑む。
安心できるはずもない。
「とりあえず、こちらでお休みなさりますか」
ケープに包まれた男の手の先には、なんとバラの棺桶が置いてあった。
「ごゆっくり。私わたくしは少しなすべきことがございますので」
「ち、ちょっと待って!」
少女は男の衣服の袖をつかむ。
「……!」
息をのんだ。
前髪越しに見える片方の公爵の瞳が、血で染まったかのような瞳が、少女をキッとにらみつけたのだ。
少女は力も抜け、手を放す。
「……なんでしょう?」
「あの、この腕の……」
うまく言葉も出てこない。
金縛りから解き放たれた直後のようだった。
「腕のこの模様って……」
声がかすれながらも、必死の思いで尋ねた。
男は背を向けたまま答える。
「……あなたがそのとげに、もがき苦しむかと予想してましたから、ここに連れてきたまでです」
振り返らないまま男は続ける。
「けれどもあなたは特に動じなかった。手当の必要もないわけですよ」
カツカツと靴を鳴らし、消えるように奥へと入っていった。
「ちょっと待って、話はまだ終わってないのに……!」
伸ばした手が震える。全身の血液が逆流するような、今まで経験したこともない恐怖に襲われた。
(ていうか、なにこの棺桶……)
布団代わりなのか、バラがこぼれそうなほどしきつまっていて、赤く長いリボンが、誘うようにゆらゆらと揺れている。
先ほどの貴石蜘蛛もぶら下がっていた。
(やばいって、これ……絶対逃げなきゃ)
恐怖にひるんでいてはいけない。
少女は男がいないのを確認し、たどってきた扉のほうへと駆け出した。
「あれ?確かにあったはずなのに……」
走っても走っても、一向に扉は見つからない。
等間隔に配置されるロウソクがほのかに明かりをともす。
「あーもう!どこまで続くのよ、この廊下!むかつくわ」
レッドカーペットが敷かれた長い廊下。
不安や不快感、恐怖が入り交じり、少女は今にも怒りが爆発しそうだった。
「あ、あれって、もしかして……」
すると目の前には、あの紅色のステンドグラスがあった。
この城の中に入る前にこの窓を見つけられたのだから、きっとうちがわからも出られるはず。
少女はそう確信した。
重い窓を力づくでこじ開ける。
外は暗闇で見えないが、やることに越したことはない。
「せーのっ」
手を両側にかけて、体重を思いきり外に持っていく。
宙に浮いたその時、少女は初めて気が付いた。
自分が実に、愚かな考えをしていたか。
「これって、もしかして地面が」
……ない!
「ぎゃあああああ……!」
何も見えない暗闇に落ちていく少女は、あまりのスピードに意識を失ってしまった。
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