ミクルちゃんの料理手帖
帆高亜希
第1話 カクロ
午後9時。
コウタさんが閉店前のタイムセールから帰って来た。
「ちょっとぉ〜、なんでまたこんなにバナナ買ってきちゃたのさ〜〜!」
リキさん、ダイニングテーブルの上の山盛りバナナを見て軽く悲鳴をあげた、リビング兼ダイニングいっぱいにバナナの香りが漂う。
「いやさ、バナナがスゲー安かったもんだからさ、ついな」
コウタさん、悪びれもせずくったくなく笑う。
多分バナナは4房くらいあるかも…。
「ほれ、オレさぁ、ガキんときフィリピン住んでたじゃん?久しぶりにトゥロンが食べたくなったんさ」
ここで私は初めて二人の会話に口をはさんだ。
「トゥロンって、なあに?」
…この
「トゥロンってね、フィリピンのスイーツよ、要するに揚げバナナなんだけど……って、コウタくんっ!春巻きの皮がないから作れないわよっ」
リキさん、両手にバナナ一房ずつ持ち叫んだ。
「うぉっ、マジか!てっきり常備してるかと思ったのに…」
コウタさん、ショック受けてる。
「今から買いに行くのやーよ、外は寒いし・コロナ対策でマスク外出に帰宅してからの手洗いうがいメンドくさいもの」
リキさん、口をとんがらせる。
「あの…、私買って来ましょうか?」
居候でお邪魔虫の私、申し出たけど
「あらあ、いいのよ、無きゃ無いで他のつくるから」「そうそう、春巻きの皮ないんなら、カクロにしようぜ」
二人とも口々に断る、優しいな…。
「って、ちょっと!カクロってなんなのさ!」
リキさんでも知らないバナナの料理の名前が出た。
「おお、
コウタさん、そう言ってバナナ一房手に取りキッチンに入る。
「私もお手伝いします」
私も続けてキッチンに入ったけど、
「ちょっとぉ〜、アタシとコウタさんのジャマしないでよ〜」
おっとリキさん、ジェラシーか!?
コウタさんは背が高く、俳優の斎藤工のようなツイストパーマをかけている。
ヒゲも似合っていてなかなかのイケメンだけれど今年43歳、16になったばかりの私がそんなオッサン好きになるかっつーの!って言いたかったけれど、居候の分際でそんなセリフが言えるハズもなく…。
「人手多いほうが早くできんべ、バナナの皮剥いて」
コウタさんのこのひとことで、結局三人でバナナの皮を剥いた。
一房についていたバナナは6本で全部剥いた。
「えっと、次は…ミクルはこの剥いたバナナをフォークで潰してね」
「はい」
私は言われたとおり、バナナ一本一本をフォークの背で潰していった。
「リキはショウガひとかけ分すりおろして…」
「あらっ、ショウガすりおろしストック冷蔵庫にあるハズよ?」
リキさん、ずり落ちたメガネを指で引き上げる。
リキさんの見た目だけれど、色白でムッチリのメガネ男、お笑い芸人っぽいビジュアルだ。
年齢はだいぶオッサンだと思っていたら、
まだ20代後半だった。
「ごめん、昨日寒かったんでショウガ湯にしちまった」
「えっ、昨日飲んだアレで全部だったの!?」
昨日はかなり寒い日だったので、コウタさんがショウガ湯を三人分作ってくれたのだ。
リキさん、冷蔵庫からショウガを取り出して皮を剥いてからすりおろしはじめた。
「オレはタマネギすりおろすからさ、ちょっとリビング行くね、目にくるでしょ?」
コウタさんはそう言って冷蔵庫からタマネギを取り出した。
「さて、と…」
タマネギをすりおろし終えたコウタさんがキッチンに入ってきたけど、リビングで作業していたとはいえオープンキッチンだったので目にツンときていて三人とも微妙に涙目だ。
コウタさんはすりおろしたタマネギの入ったボウルを調理台に置くと、今度は冷蔵庫から卵を取り出した。
「リキ、卵黄と卵白別々にわけて割ってくれる?」「あいよ!」
バナナを全部潰し終えた私は、手持ちぶさたになった。
「あ、ミクルは砂糖と塩とコーンスターチの用意ね」「はあい」
私は言われたとおり砂糖と塩を取り出し、コーンスターチを探した。
その間コウタさんはピーナッツを袋からいくつか取り出し、包丁で細かく砕きだした。
私は所定の場所にあるハズのコーンスターチを探したけど、見つからなかった。
「コウタさぁん、コーンスターチ見つからないんですけど〜?」
所定場所になければストック棚というのを知っていたのでそこを探したけれど、そこにもない。
ピーナッツを砕き終えたコウタさんは、
今度は鍋に油を注いでいた。
「ん〜、コーンスターチないなら小麦粉出して〜」
へぇ、そこは代用は片栗粉じゃなくって小麦粉なのかぁ…。
私は言われた通りに小麦粉を出した。
「よし、材料はそろった、やるか!」
コウタさんは、まずカラのボウルに潰したバナナを入れて、おろしショウガとおろしタマネギをそれぞれ小さじ1杯ずつ入れて混ぜた。
えっ、バナナにタマネギとショウガ!?
「塩と砂糖!」
コウタさんにそう言われ私は条件反射的に「はい」と、それぞれケースごと渡した。
コウタさんは砂糖と塩それぞれを直接ケースから少しずつ手づかみしてバナナに入れた。
バナナに砂糖、まではわかるんだけど、塩ってのが衝撃的だった。
すりおろしたタマネギとショウガも入れてるし、一体どんなものができるんだろ??
「塩と砂糖は少しずつテキトーにな…あ、リキ、卵黄だけかき混ぜたのココ入れてくれる?」「あい、わかったー」
リキさんは手際よく菜箸で卵黄をかき混ぜ、
バナナの入ったボウルに入れた。
「よっしゃ、最後に小麦粉大さじ3杯入れて………と……」
ここでコウタさん、私の顔をチラと見る。
「アンタさ、からいの大丈夫だっけ?」
優しげに訊かれる、なかなかのイケメンだからこんな表情されたら、同世代の女性だったらときめいちゃうのかもしれない。
「あ、少しなら大丈夫です」
私がそう言うと、
「よし来た!」
コウタさんは嬉しそうにスパイスラックからひとつ小瓶を取り出した。
「じゃんっ!」
そう言ってリキさんと私に見せた小瓶のラベルには、「カイエンペッパー」と書かれていた。
「本当は小さじ1入れたいとこだが…半分にしとくな」
そう言ってカイエンペッパーを降り入れた。
「ええーっ!?」
リキさんと私は異口同音に小さな叫び声をあげた、カイエンペッパーといえば、その名のとおり、唐辛子。
フランス料理ではエビやカニの料理の隠し味に使われ、ケイジャン料理にもよく使われるのよ…と、先日リキさんが教えてくれた(私にはケイジャン料理というのが何なのか知らない、あとでググらなきゃ…)
そのからい唐辛子をバナナに入れるってんで、ビックリだ。
「暑い国じゃ甘いフルーツに唐辛子って、ない話じゃないんだぜ?スリランカでもパイナップルにチリパウダーかけて食べてた人いたし…」
一体このコウタさんって、何ヵ国海外行ってるんだろう?
彼のお父さんが商社勤めで、子供のころからあちこちの国滞在してたってのチラっと耳にしたことあるけど、コウタさんは自分の家のことあんま話したがらない。
「ほら、ボサッとしてないで!リキはテキトーに皿出して、ミクルはバットと天ぷら敷き紙乗せて出して!」
「はあい」
私はシンク下から銀色したバットを取り出し、
天ぷら敷き紙を一枚乗せたのを調理台に置いた。
リキさんは緑色した横に細長い葉っぱの形をした大皿を持ってきて、「これでいいかしら?」と訊きながら調理台に置いた。
「上等上等、さすがリキはセンスあるな」
リキさんは褒められ「てへへ」と、照れ笑い。
「よっしゃ、揚げるぞ」
コウタさんはそう言って油の入った鍋に火をつけた。
油が温まってから、ボウルからペースト状になったバナナをスプーンですくい、鍋の中に落とした。
ジュワ〜…と、いい音が聴こえてきた。
バナナのいい匂いが漂ってくる。
「おまえらも揚げてみるか?」
コウタさんはまず近くにいたリキさんにスプーンを手渡した、
「揚げ物って、いまだにキンチョーすんのよね〜、もういい加減フライヤー買おうよ〜」
リキさんはそう言いつつ器用に手際よくスプーンでバナナペーストをすくってきれいに揚げた。
「フライヤー買うのはそのうちな」
コウタさん、どこのフライヤーがいいのか、
慎重に色々情報集めて比べているみたい。
「次はアナタの番よ」
リキさんにスプーンを手渡された私はキンチョーした。
ぶっちゃけ、揚げ物ってこの家に来るまでやったことない。
いえ、揚げ物どころか料理自体がこの家に来るまでほとんどやったことなかった、揚げ物は今日で2回目だ。
「こないだの唐揚げの時は具材を鍋肌に滑らすように…だったが、今日はスプーンから直接だからね。気をつけて、そーっと落とすんだぞ?」
コウタさん、コツを教えくれる。
私はドキドキしながらスプーンでバナナペーストをすくって、言われたとおりにそーっと鍋に入れた。
『ジュワワワ〜ッ!』
油の音にビビり、思わず「ヒッ!」悲鳴をあげて後ろへ退いた、
「あはは〜!ブサイクなカタチになってやんの」
リキさんに思いっきり笑われてしまう。
見ると無惨にも私のバナナは細長く意味不明なカタチになってしまい、他の二人みたくきれいな丸形にはならなかった。
「いいんだよ、真ん丸じゃなきゃいけねーって決まりはないさ」
と、コウタさん。
「なによーぅ、コウタってばミクルちゃんに優しいんだからぁ〜!アタシ妬けちゃーうっ」
リキさん、口をとんがらせてヤキモチを焼く。
「ははは、バカだな…」
コウタさんはそう言ってリキさんの髪をクシャッと撫でた。
ああ、私ってばお邪魔虫……。
いい雰囲気の二人を見ないよう、必死になってバナナをひっくり返す。
「わっ」
ひっくり返した衝撃で油がはねたもんだから、思わず声を出してしまう。
「大丈夫か?ヤケドしてないか?」
コウタさんがこうして気遣ってくれるのが申し訳なく、
「大丈夫です、私におかまいなく…」
なんとか一人でがんばろうとする。
「も〜〜、そーっとひっくり返さなきゃダメじゃな〜い!どれ、貸してみ!」
リキさんはそう言って私の手からトングを引ったくり、鍋からキツネ色に揚がったバナナを取り出してくれた、口ではなんだかんだ言いながら、リキさんも優しい。
「おい、あんま甘やかすなよ?コイツいつまで経っても上達しないぞ?」
ここでコウタさん、リキさんをたしなめる。
「そう思うけどねぇ、このコってば危なっかしいのよ」
なんかもう、恥ずかしくていたたまれない。
「バナナ全部揚がったな」
コウタさんはバットにひろげた揚げバナナをトングで器用に取り出し、お皿に並べた。
「お、いけね!砕きピーナッツ
コウタさんはそう言って揚げたバナナの上に砕けたピーナッツをパラパラとまぶした。
「カクロ、かんせーいっ!」
コウタさんはカクロをのせたお皿をダイニングテーブルへと乗せた、リキさんと私は取り皿とフォークを三人分出した。
「飲み物は紅茶が合うよ」
コウタさんは赤レンガ倉庫の形をした箱からティーバッグを取り出した。
「あ、それこないだコウタが赤レンガ倉庫の近くに仕事へ行った時のお土産よね?どれどれ」
リキさんは嬉しそうに箱の中を覗いた。
「ええと…コウタが手にしたのは、ダージリンね…他にあるのは…セイロンにアッサム、ベルガモットにローズヨコハマ、ストロベリーにピーチにバナナにキャラメル、アップル、スペシャルモーニングにモトマチブレンド!スゴいわ〜、こんなに種類あるなんて〜!わ〜、どれしよう、迷っちゃうわ〜」
確かにそんなにたくさんあったら迷っちゃう!
私も箱の中を覗く、ローズヨコハマというのが気になったけど、バナナとキャラメルも捨てがたい。
「このベルガモットって、なにかしら?」
リキさん、ベルガモットと書かれたパッケージをクンクン匂いを嗅ぐ。
「アールグレイのことだろ…そもそもアールグレイってのが、ベルガモットという柑橘類で香りづけされた紅茶だからな」
「わ〜、スゴいわぁ〜、さすがコウタね、物知りぃ」
本当にコウタさんってスゴい物知りだと思う。
「じゃあ、ローズヨコハマは?」
私は気になっていたものを訊いてみる、
これに対しコウタさんは一瞬眉をしかめた。
「ん?それは、その紅茶メーカーが出しているオリジナルか何かじゃね?名前からしてバラっぽいよな?」
…さすがのコウタさんでも、知らないことってあるのか…。
「じゃあ私バナナにするね」
私がこう言うと、
「あらやだこのコったら、ローズヨコハマのこと訊いといてバナナと来たわ!しかも、バナナかぶりだし」
リキさんに笑われてしまった。
それぞれがストウブの大きめマグカップにティーバッグを入れ、電気ケトルで沸かしてあったお湯を注いだ。
「いただきます」
恐る恐る揚げたてバナナを頬張る。
……………あつっ!……………
でも、おいしいっ!
甘い中にもピリッと感、すりおろしたタマネギとショウガ入れんのってどーよ!?って思ってたけど、なかなか良かった。
「うわ〜、なんなのコレ、ハマるわ〜〜」
リキさんのツボにもハマった様子。
「な、うまいべ?」
コウタさん、得意げ。
ここで私はバナナティーに口をつけた。
これもおいしかったのだけど、甘さがもっと欲しい。
私はキッチンから砂糖を持ってきて、
紅茶の中に入れた。
「あら、アンタもまだまだお子ちゃまね」
リキさんにからかわれる。
「リキ、なに言ってんの?オマエだってベルガモットティーの中にミルク入れてんじゃん」
ここでコウタさん、ミルクを手に持つリキさんを見て笑った。
「だって〜〜、アールグレイにミルクって、合うのよ〜〜」
なんかその言い方がおかしくって、あたしまでアハハ…と、声に出して笑ってしまった。
「あっ、笑ったわね、この小娘が〜」
こうして和気あいあいとこの日の夜食タイムは終わった、明日は私が春巻きの皮を買いに行き、フィリピンの揚げバナナの作り方を教えてもらおう。
こうしてまた一品、世界の料理を知ることができた。
今日覚えたレシピ。
ガーナ料理 カクロ
材料はバナナ6本くらい、タマネギとショウガのすりおろし小さじ1杯、塩と砂糖少々、卵黄一個分、コーンスターチまたは小麦粉大さじ3杯、カイエンペッパー小さじ1/2から1杯、砕いたピーナッツ
バナナは潰して砕いたピーナッツ以外の材料を全てよく混ぜて、油で揚げる。
砕いたピーナッツをフライパンでからいりし、
揚げたバナナにまぶして出来上がり。
本日もごちそうさまでした。
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