第8話 血の記憶
大勢の剣をもった男たち。
燃え落ちる家々から逃げ惑う村人。
泣き叫ぶ小さな子供を抱えて走る母親。
そしてその子供も子供を守る母親も、炎をそのまま映しているような鮮やかな深紅の瞳をしていた。
『死ね!悪魔!』
剣をもった男たちが口々に叫び、狂ったように深紅の瞳の村人を惨殺していく。
我が子を抱き抱える母親にも、それを必死に守ろうと父親たちにも容赦なく振り降ろされる。
正義の名のもと、一族を残虐し光りの射すことのない闇に追いやった人間たち。
人間たちより少し長い寿命と知識、不思議な力を持っているだけで、なぜこんなにもひどい仕打ちを受けなければならないのか。なぜ罵られ恨まれなければならないのか。
理不尽な怒りと絶望。恨みと無念。
体験したはずのない記憶。魂の持つ記憶。がラシェルの頭といわず体中を駆け巡る。
「なん……だっ……」
頭を抱えたまま、ラシェルはいま目の前に繰り広げられた、余りに生々しい映像に声をなくす。
「……だっ、こんなの嘘だ、きさま俺になにをした、いまのはなんだ!」
「まだわからないのかい」
ビクリとラシェルの顔が引きつった。女が淋しげに笑った気がした。
「人間は私たちを裏切ったのさ」
魔族は人間の知らないたくさんのことを知っていたし、また魔法を呼ばれる不思議な力も持っていた。昔の人はそんな魔族に怪我を治す草の見分け方を学んだり、魔法がなくても狩りをする方法を学んだ。
魔族は人間を慈しんでいた。血をもらうのも親が子の額にキスをするようなそんな愛情表現の一つだった。
「嘘だ。そんな話聞いたことがない」
「当たり前だ、都合の悪いことを隠すのが人間だからな」
忌々し気に吐き捨てる。
「しかもあろうことか人間は、魔王様から魔法の力の源である魔力を作り出す角を奪い取り魔王様を封印した」
怒りでか深紅の瞳は本当に燃えているように鈍い光を放っている。
「魔王様から力を分け与えられていた我ら魔族は、その力が衰退し今では暗い夜にしか動くことがかなわなくなった」
でも年に一度封印の力が弱まる夜に、魔族は封印からあふれ出るわずかな魔力を手にすることができるのだ。
そうしてわずかな魔力をため、ようやく今宵力を使えるまで回復したのだと女は言った。
「さあ、復讐を始めよう」
封印をした王族の血を魔王様に捧げれば完全に封印がとける。
女が歌う。
『目覚めよ、我らが血を引きし者たち、そして我らの王を封印した血で我らの王を再び蘇らせよ』
いつも、眩暈のたびに響いていた耳鳴り。それが意味を持った言葉になって響いた。
懐かしい響き。
それは歌う、子守歌のように。
それは語る、呪われた一族の恨みを。
それは願う、復讐を。
幾万の時が過ぎても変わることなく、混血を繰り返しながら薄まることなく、憎むべき人間を愛するべき人間を探し求めその血を欲する。
ラシェルが絶叫した。
逆らいがたい脈々と受け継がれた魔族の血。
それが自分を愛するものへ牙を剥けと叫ぶ。
甘い快楽。愛するものを自分のものにする。
「わかったかい。半魔の子よ」
女が恍惚に微笑した。
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