第6話 屍たちの祭祀

 甲高い馬のいななき。

 月の輝く先にそれをみたときラシェルは迷わず剣を抜いた。


「リーン様!」


 自分の馬に飛び乗るとムチを当てながら叫ぶ。


「おまえ達!今日がなんの日か知っての狼藉か!」


 リーンの馬の周りに群がる数人の影が見えた。

 迷信だと思っていても昔からそうしてきた習わしに人は自ずとしたがって生きてしまう。

 それが恐ろしい内容であればあるほど。


 血は魔を呼ぶ。

 祭りの日に血を流した者はたとえそれがどんな理由であれ魔に体を奪われる。


「その馬から手を離せ、そうすれば今夜ばかりは見逃してやる!」


 追いはぎか夜盗だと思った。


 しかし馬が近づくにつれそれがそういう輩ではないと気がついた。


 なにかに操られているような怠惰な動き。

 知性の感じられない濁ったうつろな瞳。

 そしてその首筋に流れる二本の赤い筋。


(吸血されている)


 彼らは人でありながら人であらず。

 魔族にも成れず人にも戻れない哀れな存在。

 生きた屍、永遠の奴隷。


 刹那風に乗ってなんとも芳しい香りがラシェルの鼻腔をくすぐった。

 一瞬クラリと視界が歪む、それがラシェルを馬上から地面にたたきおとす隙を与えた。

 落ちる瞬間もラシェルの目はリーンから離れなかった。

 同じように地面に落とされたリーン。気を失っているのかぐったりとした体を、魂の抜けた操り人形たちがどこかに連れ去るためか持ち上げる。


「リーン様!」


 倒れたラシェルを数人の屍が押さえつける。

 大事な人が目の前で連れ去られる恐怖、何もできない自分への失望、そして汚い手でリーンを自分から奪っていこうとする敵への怒り、複雑に絡み合った感情がラシェルの中で眠っていたそれを揺り起した。


 ラシェルを押さえ付けていた屍たちが後ろへ吹き飛ぶ。

 何が起こったのか考えてる余裕などなかった。

 だが、リーンを追うラシェルの前にまた違う屍たちが立ちふさがる。


「どけ!」


 躊躇はなかった。

 鮮血が辺り一面暗い森を鮮やかに彩った。


「さわるな!」


 男たちの返り血がラシェルを染め上げていく。


「リーン様を返せ!」


 紅色の筋が夜空に舞う。その度に月の光のように輝いていた銀色の髪も赤く染まっていく。

 頭から返り血を浴び、ラシェルの見上げた月もいつしか深紅に染まって見えた。


 刹那!感情をなくしたはずの屍たちのその顔に恐怖の色が広がるのを確かに見た。

 そのせいなのか屍たちの動きが鈍る。その隙を見逃さなかったラシェルは馬に再び飛び乗ると屍たちを蹴散らしながら駆け抜けた。


「リーン様!」


 手綱を握る手に力がこもる。もうラシェルを阻もうとする者は現れない。

 屍らはそこになにを見たのか。

 ラシェルは頭の片隅であの奇妙な耳鳴りが讃歌するように響くを聞いた気がした。

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