なんでだろうな……まだ死にたくねえって思っちまう。妻にも娘にも逃げられたってのによ
スライム道
昭和のドラマっぽい小説に成っちまったな
ある妻と娘に逃げられた男が居た。
彼はいわゆるダメおやじってやつでギャンブルにカマかけるような人間だった。
おかげで借金まみれで返す金も無く妻と娘は書き置きをして出ていった。
男はそれを紛らわすかのようにさらにギャンブルにのめり込んでいった。
闇金からも借りたりもしたが臓器を売るようなことは無かった。
だがその借金を買い取った存在が居たのだ。
国だ
魔王を討伐するために囮やらなんやら死んでも問題ない人材が欲しかったらしい。
そのため借金まみれの人間などに成功すれば借金はチャラにしてやるなどの話を持ち掛け魔王率いる魔王軍への戦争に勧誘していった。
俺は戦争に参加した。
何も借金をチャラにしたいからではなかった。
ただ、もう生きるのが辛かったのだ。
ギャンブルして妻と娘に逃げられて後悔した。
あの時、妻と結婚する前のしがない独りの男に生きる気力をくれた妻に申し訳ないと思った。
それから全部逃げられればもうどうでもよかったのだ。
死のうが生きていようがなんにでも
ただ自分で決断することができなかった。
それだけだ。
魔王軍との戦いは熾烈を極めた。
魔王軍は量もさることながら兵の質も人間たちを大きく上回り対魔王のために集結した人類連合軍を疲弊させ戦争を長期化させた。
その期間は10年、疲弊しきった人類連合軍は決死隊を募った。
賭けに出たのだ。
もちろん俺もその決死隊に参加した。
「おっさんいいのかよ決死隊なんかに参加して!」
「馬鹿言うんじゃねえオメエらみたいな若い連中はこれから春を知るんだろうが枯れたおっさんは秋を越したら冬に行くだけだこの野郎」
「わかんねえよおっさん、おっさんはこの戦争の英雄だろ!魔王軍の弱点とかいっぱい見つけたじゃないかそれで充分じゃねえのかよ!」
我が儘言って泣き続ける軍の若者。
性別は違うが自分の娘が育ったらこのくらいかと鏡に映してしまい。
彼の世話を焼いていたのだ。
しかし、今回ばかりはそれが仇となった。
彼は俺に対して情を抱きすぎている。
もう死んで楽になりたい俺の邪魔になる
そう思ってしまった俺はある行動に出る
「英雄ってのはな。惚れた女を永遠に惚れさせた奴のことさ」
そういって若者を気絶させた。
「お前ら後は頼んだ」
「隊長!生きて帰ってください!!自分、信じております!!!」
「ふ、お前奥さんと娘が居たよな。年上からの忠告だ。ギャンブルにはのめり込むんじゃねえぞ」
任せた軍の隊員は涙を流しながら背を向け若者を担ぎ馬を走らせる。
「じゃあ俺らも行くぞ野郎ども!酒かけてくれる相手が生きてること祈って討伐すんぞ!!」
「「「Oooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!」」」
声高らかに決死隊が魔王軍に突撃する!!
ひたすら前を進め!!
後ろは見るな!!
振り返るな!!
まだ敵が眼差しに映る限り剣を振るえ!!
剣が無くなれば拳でもなんでもいい!!
敵を薙ぎ伏せるんだ!!
矢が当たろうと!!
毒を盛られようと!!
もがき苦しみたいぐらいに痛くとも!!
走り続けろ!!
てめえらもう種は撒いたろ!!
じゃあ害虫害獣駆除しろや!!
俺たちが撒いた種が安心して芽生えて育つために!!
俺たちという肥料を捧げやがれ!!!
決死隊は一人また一人と倒れてゆき結局俺だけが一人残っちまった。
「貴様が我が魔王軍の弱点を突いた智将か。聞いてやる名はなんという」
「これから死ぬ奴に名前なんていらねえだろ」
「ほう、我を前にしてその覚悟、いや諦めか。だが悪くない。剣を交えようぞ!!智将!!!」
剣が交差し拮抗するだが背後から斬撃が来る!
「悪く思うな智将、これは戦争だ一騎討ではない。我ら魔王軍は我が居なければ成り立たぬ軍であるが故に群を持って個、軍こそが我ら魔王なり」
「は、そんなもんてめえらの弱点に気付いたときから知っとるわ!!」
後ろからの斬撃には足を蹴り上げ対応、前のつばりあいは滑らせつつ口の砂をぶつけて目つぶし!
「フハハハ!!やるではないか智将!!!」
魔王は笑うがこっちはジリ貧だっつうの!!
いくら剣を交えても勝つイメージができない。
増してや敵軍のど真ん中
体力が尽きるのは時間の問題でしかない
「やるだあ?てめえのお目眼は腐ってんのか魔王!こちとらやり手じゃないもんでねえ妻と娘には逃げられてんだよこの野郎!!」
その言葉とともに近くにいる魔物を全て切り伏せる。
これで数秒稼げる
遠距離攻撃が来る前に魔王を倒すんだ
それしか方法は無い!!
だが剣は壊れていた
それでも
「うがあああああ」
技でもない力でもない
駄々っ子の噛みつき
それだけで魔王に挑む!!
例え剣で腹を貫かれようと
矢を後方から刺されようと
魔王の首を搔っ切るまでは首根っこ噛みつきづけてやるよ!!
「ぐうぅ、よもやここまで我を追い詰めようとは……だがこの程度の傷……な」
その瞬間俺から無数の剣が魔王の身体に突き刺さった。
「……んだよ。走ってこいや…」
「隊長冗談よしてくださいよ」
「俺らも嫁や恋人に逃げられた借金民ですぜ」
「明日喰うモノにも困る奴らですは」
「地面のたうちまわって来るのが精々ですよ」
「カカカ、違いねえや」
そう、決死隊たちだった。
「これで俺ら借金チャラか」
「総額いくらくらいするんですかね」
「少なくとも町一つくらい買えそうだな」
「マジすか隊長どんだけ借金してるんですか」
「けど俺らの町か悪くねえ」
「何カッコつけてんだよ」
「そうだそうだ借金返済しただけだろ」
「でも借金や不倫してた連中が魔王倒したってのは良い肴じゃねえか」
「そうだなあじじいやばばあどもに聞かせてやりてえ」
「おもしれえ、あいつらの驚く顔がみえるぜ」
死にそうで呼吸が止まりそうな間際だってのに口は周る
しかし誰も許してもらえるとは聞かなかった。
いずれバタバタと隊員たちは倒れていき、また最後に俺だけが立っていた
「なんつうやつらだよ最後に隊長だけ置いて逝きやがって」
もう未練はねえな
そう思っていたのに…
そう思っていたはずなのに……
なんでだろうな……まだ死にたくねえって思っちまう。
妻にも娘にも逃げられたってのによ。
妻とまた一夜を共にしたいって思うし娘もいい歳だ。
娘が彼氏つれてきてよこの人と結婚したいですって言われてえよ。
結婚式にも出席してよ、ヴァージンロードも娘と歩いてみたいって思っちまう。
でもやっぱ俺が仕事辞めて無職になってギャンブルばっかやってたことを土下座して謝りてえ。
なんだよ未練まみれじゃねえかよ。
死にたくねえなぁ。
妻と出会ったのは行きつけの酒場だっけ?
あの時はアタックしまくったよな。
そのとき一緒だった飲み仲間も元気にしてっかな。
結婚してから飲みに行ってねえな。
なんであいつらに仕事クビになったこと相談しなかったんだろうな。
娘が生まれた時は誰よりも泣いたっけ?そいで妻にぶっ叩かれて怒られてたら娘は笑ってたよな。
ああ、もう寒くなってきやがった。
見たかったな娘のウエディングドレス姿……
走馬灯を視た
未来を夢に満ち溢れさせていた少年時代
そんな夢を壊されたと感じながらも家族を守ろうと必死に働いた青年時代
ギャンブルにのめり込んで出ていかれた妻と娘を見た時
__まだ行くのは早いわよアナタ__
__そうだよお父さん__
そんな声が聞こえた気がした。
魔王軍との戦いは終わった。
殉職者たちは数知れず
戦争に参加していた者たちには身寄りもない者たちが多かったため霊碑建てられ殉職者すべての名前を刻むこととなる。
決死隊全14名の名前も刻まれることとなる。
彼らの死体は見つかることは無く魔王軍の魔物たちが魔王の制御を失った時に食べたものとみられた。
その全員が身寄りを失った嫁や子どもに逃げられた者たちだけだった。
もちろん彼らの死は伝えられたが……悲しまれることは無かった。
逃げられた理由が借金だったり不倫だったりとそんな理由の者たちばっかりだったからだ。
誰も見直されたいと思った相手に見直されない者たちが死に場所を求めて作った部隊
正に決死隊だった
世間で英雄と呼ばれようと家庭での地位は雑巾以下
それが死んでいった英雄たちの正体だった。
そんな霊碑に酒をかける者たちがいた。
「た、たいちょう」
「泣くな五等兵、我らがすべきことは彼らの成りたかった英雄になることだ!」
「は、はい!」
「隊長はお前を気絶させる前に何を言っていたか覚えているか!!」
「はい!」
「大声で言って宣言するんだ!!」
「僕は隊長の言った惚れた女を永遠に惚れさせる英雄になって見せます!」
そう死んでいった者たちに誓った。
そう思っていたはずなのに
「くくく、家族サービスが大変になるぞあの若い兵士」
「隊長クサイセリフよく言えますね」
「うるせえ」
忘れもしない
女に逃げられた中年集団
「う、うそだ……」
「た、隊長!」
決死隊である
「なんとか戻ってこれたわ」
「とりあえず軍に報告しねえといけねえな」
「つうかこれ俺たちの墓かあ」
「いっそ死んだことにしてどっかで遊ぶか?」
この中年どもは自分勝手だ。
死にかけて反省したかと思えばこの体たらく
「ま、俺たちも不思議だったんだけど気が付いたらこの辺りに居たんだよな」
「ありゃあ女神さまの奇跡かね」
霊碑は魔王が倒された場所に造られた。
魔王が死んだ戦いでこちらの戦死者は決死隊だけだった。
魔王が死んだことによって何らかの奇跡が起こったのかもしれない。
「おまえら、遊ぶよりも先にやることあんだろ」
隊長の一言で決死隊は笑った。
「そうだな隊長」
「俺たちヘタレだからな」
「これこそ決死隊だろ」
「そうだな魔王を倒しに行くよりも死ぬこと確実だもんな」
「違いねえ」
各々やることは理解していた。
「やることとは?」
「お前には戦場に行く前に忠告してあったろ兵長」
兵長と言われた男は戦場に入る前に言われたことを思い出す
それを思い出し思わず笑う
「恩賞か何かお渡ししますか?」
「いや軍の契約は借金チャラだ。こっからは無一文から始めるのが筋ってもんだろう」
「隊長がカッコつけてるwww」
「俺は貰えるなら貰いたいですね」
「隊長は玄関でカギ閉められるに銀貨一枚」
「早速ギャンブル始めんなクソども」
隊長の一括で静かになるが途端に笑ってしまう
「とっと行くぞ決死隊玉砕覚悟の最後の特攻だ!!!」
「「「Oooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!!」」」
見向きもされないかもしれない。
怒られるかもしれない。
……でも自己満足をしたい
それが謝ること
決死隊最後の特攻は全員良い顔をして終わったという。
「すまなかった。俺がギャンブルに溺れたばかりに大変な思いをさせた」
「……」
「一つだけ聞くだけ聞いて欲しい我が儘がある。」
「……」
「娘に彼氏ができてもし結婚することに成ったらヴァージンロードを一緒に歩かせてくれ」
次の瞬間フライパンが降ってきた。
「まず妻を慰めなさい!!バカ亭主が!!!」
「お、おまえ……」
「ったく国から10年分のアンタの給料が振り込まれたよ」
「ゆ、許してくれ……」
「アンタの我が儘が娘のことじゃなくて私のことだったら許したけど一生許してやらん!」
「う」
「ヘタレるんじゃないよ。アンタの猛烈なアタックに私は惚れたってのにもう今日から寝かさないよ」
「……え?」
最愛の妻は一言
「女から誘ってんだ恥かかせるんじゃないよ」
__完__
なんでだろうな……まだ死にたくねえって思っちまう。妻にも娘にも逃げられたってのによ スライム道 @pemupemus
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