第3話【お食事の中に毒はある】

 ――ギャリギャリガリガリガリッ!! と盛大にタイヤをコンクリートで擦りながら大回転し、高級なレストランの前でピタリと止まった。驚くべき技術である。何これ。


 車の中で振り回されたユーシアは、クラクラと頭を揺らしていた。

 世界中から勢いよく回っているような感覚がある。何だこれ、酒も飲んでいないのに酔っ払った気分が味わえるとは驚きだ。絶対に真似をしたくないが。


 運転席では清々しい笑みを浮かべながら額に滲んだ汗を拭うリヴがいて、助手席で頭を揺らすユーシアをさらにガクガクと揺さぶってきた。



「どうしましたか、シア先輩。起きてください」


「鬼畜かな……?」



 ユーシアは今にも死にそうな細い声で訴える。



「どうしてリヴ君はハンドルを握ると性格が変わっちゃうのかな」


「楽しくなっちゃうんですよね」


「普段はとても運転上手なのに。――無免許だけど」


「お褒めに預かり光栄です」



 そう言えばヘリや船も操縦できるとか言っていたが、果たしてこれは大丈夫なのか。任せたら雑な運転で振り回されないだろうか。船に至っては転覆させて楽しんでいそうだ。

 自分の命がそこになければユーシアも他人事で楽しめるのだが、自分の命が巻き込まれるのは御免である。せめて一人で楽しんできて。


 さて、問題の高級レストランである。


 看板には『スノウホワイト』という文字が掲げられ、店先に展示されたメニューに値段は書いていない。どれも時価ということだろうか。

 馬鹿みたいに大きなライフルケースを背負った草臥くたびれた印象のある男と邪悪な雰囲気を漂わせる真っ黒なてるてる坊主の組み合わせは、まさに不釣り合いという言葉が似合いである。どうしてこんな高級レストランで呼び出しを受けなければならないのか。


 ユーシアは店の看板を死んだ魚のような目で見上げ、



「帰りたいなぁ」


「僕もですね。高級レストランでフルコースより、ジャンクフードを食べて誰かをぶっ殺して帰りたいですね」


「通り魔かな?」


「暗殺者です」


「もう発想が通り魔なんだよなぁ」



 まあ、こちらは食事をするつもりなど一切ないのだ。


 ユーシアはライフルケースから純白にカラーリングされた対物狙撃銃を取り出し、リヴはマチェットを袖から滑り落とす。

 目標はこの奥で待ち構える、ゲームルバーク最大のマフィアの首領だ。



「じゃあ、行こうかリヴ君」


「ええ、シア先輩」



 純白の対物狙撃銃を構えるユーシアを横目に、リヴが高級レストランの扉を蹴飛ばして開けた。


 扉から聞こえてはいけない音が聞こえてきて、迎えてはいけない客人を迎え入れてしまう。

 その向こうに広がっていたレストランは煌びやかな装飾がこれでもかと施され、しかし利用客は誰もいない。この日の為に貸し切ったというのか。


 対物狙撃銃の照準器スコープを眺めるユーシアは、



「……いないね」


「いませんね」



 二人で仲良く無人のレストランを見渡すと、



「何だ、罠か。帰ろうよリヴ君」


「そうですね。帰りましょうか」



 くるりと身を翻すと、何故か視線の先に小さな少女が立っていた。


 背後には誰もいなかったはずなのに、子供と呼んでも差し支えない少女はじっとユーシアとリヴを見上げている。まるで幽霊のように現れた子供だ。

 栗色の髪に緑色の双眸、愛らしい顔立ち。清純さを押し出す白いワンピースを着用し、栗色の髪を飾るように真っ白なリボンをつけている。身代金目的で誘拐されそうな可愛い女の子だ。


 少女は不思議そうに首を傾げると、



「帰られるのですか? それは困ります」


「どちらさん?」



 ロリコンのリヴはどうせ使い物にならないので、ユーシアが代わりに質問をする。



「グリムヒルド・アップルリーズがお待ちです。こちらへどうぞ」


「なるほど。君はあのババアの孫か何か?」


「いえ、秘書です。これでも二三歳です」



 少女は表情一つ変えずに言うと、



「申し遅れました。私はグリムヒルド・アップルリーズ議員が秘書のローザリアと言います。七人の小人の【OD】です」


「だからそんなに小さいんだ」


「ええ。大したことは出来ませんが」



 ローザリアと名乗った少女はユーシアとリヴを率いて、高級レストランの奥地を目指す。


 ユーシアは特にローザリアに対して何かを思うことはなかったが、ロリコンのリヴは違ったようだ。

 確か彼は、合法ロリだけは地雷だったか。今も先頭を歩くローザリアの背中を睨みつけている。


 なので、ユーシアは何気なく質問してみた。



「秘書さん」


「何でしょう」


「お前さんの性別はどっち? 女の子に見えるけど男の子だよね?」


「はい。グリムヒルドより命令されて女装しております」



 ローザリアは首を傾げると、



「こちらの方がお好きですよね? 特にそちらのリヴ・オーリオさんは幼い女性が好みとお聞きしました」


「うちの子、合法ロリと女装ショタは対象外みたいなんだよね。特に合法ロリは地雷みたいで」


「それは失礼いたしました」


「失礼したと思っていませんよね?」



 とうとう我慢できずにリヴが口を出してくる。フードに隠れた彼の瞳は血走り、ギリギリと歯軋りまで聞こえてくる。そこまで嫌か。



「騙されたようで嫌なんですよ、合法ロリも女装ショタも。ああ殺してやりたい殺してやりたい殺してやりたいです殺してやりたい」


「まあ目障りだから殺してもいいけどね」


「であれば、可能な限り抵抗させていただきます」



 ローザリアは真っ白なワンピースの下から、銀色のナイフを取り出す。それは食事の際によく用いる食器だった。そんなものを武器の代わりに持ち出さないでほしい。

 銀食器を逆手に構えるローザリアと、マチェットを握りしめるリヴが睨み合いを開始。だがローザリアにとっての誤算は、相手がゲームルバーク最大の悪党であることと、二人組であることだろうか。無謀すぎる。


 だから、彼女の助けがなければ今頃死んでいた。



「ローザリア、何をしているのです。お客様を早く連れてきなさい」



 レストランの奥から、灰色のスーツに身を包んだ女性が姿を見せる。


 艶やかな髪を簡単に纏めて、その耳には林檎のピアスが揺れる。皺が刻み込まれていても綺麗な顔立ちとピンと伸びた背筋は、百合の花を想起させる美しさがある。

 高めのヒールを鳴らしながら歩く女性は、ユーシアとリヴが殺すことを目的としていたマフィアの首領だ。



「わお、わざわざ首領がお出迎えしてくれるとは嬉しいね」



 ユーシアが戯けて見せれば、相手は小さく笑いながら応じた。



「お客様をお待たせする訳にはいきませんので」



 林檎のピアスの女性――グリムヒルド・アップルリーズは、



「さあ、こちらへ。もうお食事はご用意できていますよ」



 ☆



 ユーシアとリヴが通された個室は広く、長いテーブルにはスープ皿が置かれているだけだった。

 あの合法女装ショタはグリムヒルドの側に控え、肝心のグリムヒルドは上座に腰掛ける。客を上座に座らせないのか。


 まあいい、下座は出口に近い席なので走って脱出することが出来るだろう。



「それで、ただのお食事会って訳じゃないんでしょ」



 対物狙撃銃をライフルケースにしまうユーシアは、グリムヒルドに問いかける。



「何が狙い?」


「もちろん、貴方がたの勧誘ですが」



 グリムヒルドは優雅に微笑みながら応じた。



「『白い死神ヴァイス・トート』と呼ばれた天才狙撃手と、日本の諜報機関『カゲロウ』のエースと呼ばれた暗殺者ですから」


「え、リヴ君そんなところに所属してたの? 格好良くない?」


「そうですか? 別に普通でしょう」



 ユーシアの隣に腰掛けるリヴは、ケロリとした様子で言う。


 ある意味で初めてかもしれない、リヴの所属していた諜報機関の名前が出てくるとは。今まで諜報機関としか知らなかったので、ちょっと驚きである。

 まあ多分聞けば教えてくれたのだろうけど。知る機会がなかったので、ユーシアもあえて聞く必要はなかったのだ。



「どうですか? 我がFTファミリーに下りませんか。今なら上層部の椅子をご用意しておりますが」


「普通に考えて、頷くと思ってるの?」


「お断りですね。ババアの足に踏みつけられる趣味はありませんので」



 二人は下品に中指を立ててお断りすると、



「それよりもさっさと死んでくれるとありがたいんだけどね、こっちは」


「まあまあ、そう急かさないでください。――まずは食事にしましょうか」



 グリムヒルドが扉に向けて「入ってちょうだい」と呼び掛ければ、扉が勝手に開いて黒服が寸胴を抱えて部屋に入ってくる。


 彼らの動きが揃っているので、まあまあな気持ち悪さがあった。ここは軍隊か。

 寸胴を抱えた黒服たちは少しも乱れることなくユーシアとリヴの側までやってくると、二人の目の前に並べられた皿にスープを盛りつけた。黄金色に輝くドロリとしたそれは、どこからどう見てもコーンスープである。


 スープ皿に並々と注がれる黄金色の液体をじっと観察し、それからグリムヒルドを見やる。二人して「このスープには何が混ざってる?」と言いたげに。



「何も入っておりませんよ。ここの自慢であるコーンスープです。私も好きなんですよ」



 ぜひいただいてください、とグリムヒルドは言う。

 彼女は何の疑いもなくスプーンでコーンスープをすくい、口元に運ぶ。毒は入っていないというアピールなのだろう。


 とはいえ、こちらも対策をしていない訳ではない。他の連中とは違い、彼女は間違いなく頭がいい。何かしらの手段は盛り込んでくると見ていいだろう。



「じゃあ、いただこうかリヴ君。せっかくだし」


「ええ、そうですね」



 なので、ユーシアとリヴも馬鹿の振りをする。


 スプーンを手に取って、まずは一口。

 トウモロコシの甘味に混ざって、何か林檎のようなものを感じる。香りというか、隠し味というか、明らかに林檎と分かるように混ぜ込まれ。



「あ、やっぱり混ざって」


「やっぱりババアこのや」



 ガン、と。


 ユーシアとリヴは顔面からスープ皿に突っ込んだ。

 コーンスープが美味しかった訳ではない。むしろ分かるように忍ばされた林檎の味が不快で殺したかったが、それも叶わなくなった。


 悪態の途中でコーンスープに顔面ダイブを果たした馬鹿二人を見下ろし、グリムヒルドは白ナプキンで口元を拭いながら言う。



「捨ててちょうだい、そこの二人ごと」

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