Ⅸ:世界を敵に回した悪党

第1話【女王陛下からの招待状】

 ゲームルバークの裏社会を牛耳る巨大マフィア――FTファミリーは壊滅状態と言ってもいいだろう。


 何故なら、女王陛下に傅く七つのお伽話はたった二人の悪党によって無惨に殺されてしまったのだ。

 残るは煌びやかな玉座に座る女王陛下のみ。毒林檎を作って二人の悪党にでも立ち向かうつもりなのだろうか、驚くほど余裕があるようだ。



「今日もアップルリーズ議員はご苦労なことだねぇ。選挙の会場なんかに立っちゃってさ」



 そろそろゲームルバークでも議員選挙が行われるのか、グリムヒルド・アップルリーズは灰色のスーツに身を包んで大勢の支持者の前に現れた。

 林檎のピアスが彼女の耳元で揺れ、それが白雪姫らしい印象を与える。ババアがどう着飾っても綺麗なババア以外の感想が見当たらない。


 テレビを見ながらトーストをかじるユーシアは、



「まあでも、この世から退場したら議員選挙も何もないけどね」


「あの世でも冥府の王様相手にご自慢の議論を展開して、情状酌量にでも持ち込む気でしょうかね」



 ずずず、と牛乳を啜るリヴは、心底興味なさそうに言う。



「そもそも僕、政治に興味ないです。人間死ねばみな同じ」


「俺もそう思うよ」



 リヴの言葉に、ユーシアは真剣な表情で同意を示した。


 ユーシアもリヴも、政治に心底興味はない。どれほど偉い人間が国を変えようと努力したって、結局は殺してしまえば物言わぬ肉の塊と成り果てるのだ。

 興味があることと言えば、消費税の税率ぐらいである。生活する上で消費税はかなり関わってくる。


 大統領だろうが王様だろうが、ユーシアとリヴの前では等しく人間である。獲物とならない限りは、歯向かうことも武器や殺意を向けることもない。



「でもまあ、あのババアは本当にしぶといですね」


「どうしたの、リヴ君。今日はやけにイラついてるじゃない?」


「朝から見たくもないババアの顔を見たからですかね」



 こんがり焼かれたトーストをバリィ!! と勢いよく噛み千切りながらリヴは吐き捨てる。


 まあ、彼の苛立つ理由は知っている。

 ここ数日、リヴは諜報官時代のスキルを活かしてグリムヒルド・アップルリーズを探っていたが、進捗は芳しくないのだ。あのババア、意外と尻尾を見せないらしい。


 さすがのユーリも情報は握っていないようで、ちょっと脅しをかけてみても「知らねえ!!」の一点張りだった。そこは知っていてほしかった。



「面倒なので、片っ端から『中央区画セントラル』の建物を爆破して回りましょうか。その方がいいですよね? 絶対いいですよね?」


「爆薬を何個用意すればいいのさ。普通に考えて却下だよ」


「シア先輩の対物狙撃銃で建物一棟ぐらい爆破できませんかね?」


「出来たらいいね。出来ないけど」



 ユーシアの対物狙撃銃は、壁をぶち抜く程度なら簡単にやってのけるが、建物一棟をぶち壊す威力は持っていない。歩く戦車じゃないのだ、こちとら。


 建物一棟を爆破するのならば、爆薬をいくつ用意しなければならないのか。想像したくない、あと絶対にお財布に優しくない。

 それに『中央区画』の建物はどれもこれも頑丈そうなので、壊すのも一苦労だ。ユーリのぶっかければ燃える不思議なお薬を持ってしても、建物一棟を火事に出来るのは難しいだろう。


 指先についたパン屑を皿の上に落としながら、ユーシアは言う。



「もう向こうが勝手に来てくれればいいんだけどなぁ」


「そうですね。勝手に来てくれれば、こっちも殺しやすいのですが」


「でも難しいだろうなぁ。やっぱり選挙会場に押しかけた方が効率が良さそうだけど」


「派手に爆破しますか? 一般人もろとも選挙会場を爆破して、一躍有名人中でもなりますか?」


「いいねぇ」



 ユーシアは近くに置いてあった自分の携帯電話を掴むと、SNSを確認する。


 自分たちの評判は相変わらず底辺を這いずり回っているが、二つ名がとうとう面白いものになっていた。

 そんな二つ名がデカデカと書かれた特集記事まで出回っている始末である。笑いを堪えながら記事に目を通すが、堪え切れずに笑ってしまった。



「ぶはははッ!!」


「シア先輩、とうとう画面を見たら頭がおかしくなる系の動画でも見ましたか?」


「ちが、違うよリヴ君。見てよこれ」



 ネットニュースの記事をリヴに見せると、彼も鼻から牛乳を噴き出すというアクシデントに見舞われた。美形が台無しである。



「現代のジャック・ザ・リッパーだってさ、俺たち」


「ちょ、まッ、シア先輩待ってください……僕の鼻が痛い、鼻が……」


「リヴ君、真っ白な鼻血が垂れてるけど大丈夫?」


「わざとですよね、シア先輩。わざと言ってますよね?」



 鼻から垂れた牛乳を処理したリヴは、ネットニュースの記事に視線を走らせる。


 ゲームルバークの人間を限定して誰彼構わず殺すことから、ユーシアとリヴのことを『現代で生きるジャック・ザ・リッパー』であると言っている記事だ。

 なるほど、馬鹿げた内容の記事である。意外とこの記事の支持者が多く「なるほど、そういうことか!!」「奴の再来だと!?」というコメントが続いているが、楽しんでいるだけかもしれない。


 何がジャック・ザ・リッパーだ。そこまで格好いい存在ではない。



「切り裂きジャックですか。そんなに格好いい存在でしたっけ、僕たちって」


「いいや。自由気ままに罪を重ねる卑劣な悪党だよ」


「ですよねぇ」


「だよねぇ」


「…………意識するべきですかね?」


「おっと、リヴ君?」



 ジャック・ザ・リッパーを意識すべきか悩むリヴに、ユーシアはどう反応していいか分からなかった。とりあえず曖昧に笑っておいたが。


 すると、ピンポーンというチャイムの音が部屋に響き渡る。

 ユーシアとリヴが弾かれたように玄関の扉を見やれば、ドンドンと扉を叩く音が続いた。誰かやってきたようだ。


 同居人である女性陣、ネアとスノウリリィはいつものようにユーリの元へ押し付けた。彼女たちが早々に帰ってくるということはない。

 となれば、考えられる可能性としてユーシアとリヴの住処を特定したFTファミリーの連中だろうか。



「シア先輩、僕が行きましょうか?」


「ううん、リヴ君は控えてて。出来ればハンドサインが見える位置に」


「了解です」



 口の中にトーストを押し込んだリヴは、残りの牛乳でトーストを胃の腑に流し込む。それから足音を立てずに玄関のすぐ側で控えた。


 ユーシアも口元に食べカスがないか確認してから、玄関に向かう。

 玄関の扉は控えめにドンドンと叩かれているが、そのまま放置していれば扉が蹴破られるか近所から「うるせえ!!」と怒鳴られるかの二択だ。


 扉の向こうで感じる気配は一つ。相手は一人で悪党の住処を訪れたのだろうか。



「はぁい」



 何でもない声を作って扉を開ければ、そこには郵便局の制服を着た男が立っていた。



「あ、えーとユーシア・レゾナントールさんとリヴ・オーリオさんのご自宅でお間違いないでしょうか?」


「何で俺たちの名前を知っているのか聞いてもいいかな?」


「えッ、あの」



 郵便局の配達員は困惑した様子で、届けるはずの手紙を鞄から取り出して言う。



「こちらにお名前が……あとご住所も……」



 手紙を受け取れば、確かにそこには『ユーシア・レゾナントール様、リヴ・オーリオ様』と連名で手紙が来ていた。

 差出人の名前は、今最も殺したい人物からである。


 つまり、



「なるほどね」



 ユーシアは郵便局の配達員に曖昧な笑みを見せ、



「ご苦労様。殺しはしないから帰っていいよ」


「あ、ありがとうございます……」



 郵便局の配達員は安堵に胸を撫で下ろすと、足早にその場を立ち去った。どうやら殺されることを危惧していたらしい。

 そんな簡単に殺すことはしないのに。せいぜい機嫌を損ねなければ、の話だが。


 ユーシアは扉を閉めて、手紙の中身を確認する。爆薬の類ではなく、刃物仕掛けられている様子もない。



「それは一体何です?」


「手紙だね、グリムヒルド・アップルリーズ議員から」



 ユーシアは手紙を開封して、その中身を取り出す。


 中身は高級レストランの招待券と、直筆の手紙。

 直筆の手紙には綺麗で簡素な文章が並んでいた。



『ぜひ、今後のことを話しながら食事をしましょう』



 ユーシアは高級レストランの招待券に記された日にちと時間帯を確認して、相棒の真っ黒てるてる坊主に笑いかける。



「食事のお誘いだよ、リヴ君」


「精一杯お洒落しないとですね」


「だね」



 そんな訳で、現役議員さんとお食事会である。

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