Ⅶ:おかしなお菓子には豚の呪いがある
第1話【コブタ印のお菓子】
『コブタ印のお菓子は病み付きになっちゃう!!』
そんな軽快なアナウンスと共に、ついたままになっているテレビにお菓子を貪る少年少女の映像が写し出される。
ポップな色合いの背景に少年少女がひたすらお菓子を貪って、その美味しさ故に豚になってしまうという内容のCMだ。
まあ、お菓子会社のCMにしては奇抜さがある。会社のマークにも子豚が使われているので、内容と合致していると言えようか。
たまたまそのCMを目撃したユーシアは、
「へえ、変なCM」
お菓子の類であれば、死んでしまった幼い義妹が好きだった。生きていたら、この会社のお菓子を好んでいたのだろうか。
とはいえ、ユーシアはお菓子に興味はない。変なCMと思ったら変なCMと放送されなくなるまで思うし、おそらく確実にこの会社のお菓子を買いたくない。
食べたら豚になる内容のCMを見て「それほど美味しいのだろうか?」などと疑問に思う消費者がいるだろうか。多分、それは少数派である。
「何を大きな独り言を呟いているんですか」
「やあ、リヴ君。『ちょっとそこまで』って言って三〇分が経過したけど、どこまで行ってたの?」
「ちょっとそこまで」
唐突にどこからか現れた邪悪な印象を与える真っ黒なてるてる坊主――相棒のリヴ・オーリオは、
雨合羽の裾から大量にこぼれ落ちたのは、個包装された飴玉だった。
その飴玉の包装紙には一つ一つに見覚えのある豚の刻印が施され、それがどこの会社のお菓子かすぐに分かった。
ユーシアは飴玉を摘み上げると、
「これ、あれか。さっきの変なCMのとこの」
「ええ。巷で大人気な『スリー・ピッグ』の飴玉です」
「盗んできたの?」
「店ではないですよ」
リヴは目深に被ったフードの下で薄く笑うと、
「ちょっと近所に『ご挨拶』へ行きまして。お邪魔したお家にたくさんあったものですから、丸ごといただいてきました」
「なるほどね」
リヴの隠語がすぐに分かってしまう辺り、付き合いもだいぶ長くなってきたのだろうか。
どうやらこの真っ黒てるてる坊主、ご近所に挨拶回りに出かけていたらしい。その際にお邪魔した家にこの飴が備蓄されていたので、丸ごと拝借してきたのか。
分かりやすく言えば挨拶回りという名の、ご近所殺害及び強盗である。
ユーシアは飴玉の包装紙を破きつつ、
「食べてみる?」
「そうですね。もし美味しければネアちゃんにあげようと思います」
「あ、いいね。ネアちゃんお菓子大好きだもんね」
同居人であるネア・ムーンリバーは、身体こそ成熟した一八歳だが、中身だけは【DOF】の大量摂取と父親からの虐待によって五歳児まで後退している。
そんな彼女は味覚も子供に戻っていて、お菓子などの甘いものが大好物なのだ。この大量の飴玉を見れば、きっと目を輝かせるに違いない。
最近では知り合いのところでバイトをし始めたが、その際のご褒美ということに出来るだろうか。
「それではいただきましょう」
「そうだね。いただきますっと」
二人揃って飴玉を口の中に放り入れ、
「「まっっっっっっっっっず!!!!」」
そして同時に、飴玉を床へ吐き捨てた。
カラフルな飴玉が勢いよく口から吐き出され、カンカンと床を跳ねる。コロコロと壁まで転がったが、ユーシアとリヴはそれどころではなかった。
二人揃って台所へ駆け込むと、コップに水を注いで口をゆすぐ。それから口直しとして、錠剤型の【DOF】を大量に口の中に詰め込んで、ラムネ菓子よろしくボリシャリと咀嚼して飲み込んだ。
不味かった、非常に不味かった。
例えるなら泥水と雑草をコンクリートでコーティングしたような、とても人間が食べられるものではないもので構成されている何かだった。
死ぬほど不味い飴を前に崩れ落ちそうになった二人は、
「え、こんなに不味いってある? 何この味、言葉で表現できないんだけど」
「食レポなんて出来ないですね、絶対に。何ですかこれ、この世にこんなクソ不味いお菓子があるんですか」
「ちょっとリヴ君、どういうこと? 消費期限見てきた?」
「期限は切れてないですよ、袋にも記載はありましたし。これを心底美味しそうに食べている世の中の子供の味覚が心配なんでけど、僕」
「うわぁ、リヴ君が他人を気にするなんて。この飴って不味いだけじゃなくて性格も変えちゃうのかな?」
「おっと、シア先輩。もう一ついります?」
不味い飴玉を包装紙ごと口の中に突っ込んでこようとするてるてる坊主の暴虐から何とか逃げ、ユーシアは判断を下す。
「この飴はダメだね、不味すぎる」
「捨てましょう。ネアちゃんに食べさせられませんよ、こんなの」
「捨てておいて。ネアちゃんが食べたら大変だから、ついでに燃やしといて」
「了解です」
しっかりと頷いたリヴは大量の飴玉を雨合羽の内側に収納すると、ふらふらとした足取りで玄関方面へと姿を消す。飴玉の数も尋常ではなかったので、外で燃やした方が効率がいいのだろう。
ユーシアはまだ口の中に飴玉の不味い感覚が残っていることに顔を顰め、
「コーヒーでも淹れようかな」
帰ってきたらリヴも飲むだろうから、マグカップを二つ用意してコーヒーの準備をするユーシア。
それにしても、本気であの飴玉は不味かった。基本的に不味い食べ物でも表情一つ変えずに完食するリヴでさえ、きちんと顔を顰めて「不味い」と発言したのだ。
もしかして、あのお菓子はただのお菓子ではないのでは?
「FTファミリーかなぁ」
そう呟くと同時に、ポットが甲高い音を奏でた。
☆
その日の夕方である。
バイトに出かけたネアとメイドのスノウリリィを迎えに行った際、ユーシアはふとコブタ印のお菓子の話題を出してみた。
「ねえ、ネアちゃん」
「なぁに?」
首を傾げる金髪の少女――ネアは、どこかご機嫌な様子で応じる。
「コブタ印のお菓子って知ってる?」
「うん」
「食べたいと思う?」
「ううん」
ユーシアの質問に、ネアはしっかりと答えた。
お菓子の存在を知っているか、という内容については肯定。
一方で大人気のお菓子を食べたいか、という内容については即座に否定した。お菓子好きのネアが珍しい反応である。
この話題にはスノウリリィも食いついてきた。彼女はどこか興奮気味に、
「食べ物を粗末にするなと教えられてきましたが、あそこまで不味いお菓子は初めてですよ!! ネアさんも、あまりの不味さに泣いていましたし!!」
「食べたの?」
「ユーリさんが気を利かせて買ってきてくれたんです。ネアさんはお菓子が好きだと以前話題になったので、人気のお菓子だって言って」
なるほど、購入したのは自分のお金ではなくバイト先の店長が気を利かせてくれたからか。
「そのユーリさんも、あまりの不味さに吐き出していましたけど」
「周辺全滅ですね」
最後尾を静かについてきていたリヴが、ポツリと呟く。
「やっぱり世の中の人間の味覚がおかしくなっているのでは?」
「お菓子なだけに?」
「シア先輩、ぶん殴ってもいいですか?」
「よくないです。ちょっとしたお茶目じゃん、どうしてそんなに暴力的な発想に至るのさ!!」
少し冗談を言っただけでこれである。
こういうジョークはお気に召さないらしい。今度から気をつけよう。
しかし、ユーシアもリヴの意見には賛成である。
このお菓子は世の中で大人気と謳われているが、ユーシアやリヴだけではなくネアやスノウリリィも「不味い」と胸を張って主張できる。
こんなにクソ不味いお菓子を食べ続ける人間は、味覚がおかしくなっているか頭がおかしくなっているかの二択だ。雑草と泥水とコンクリートを齧っているなど考えられない。
「何かありますかね」
「あるだろうね」
「どうしますか?」
「とりあえず――――」
ユーシアは迷わずに、リヴの問いに対してこう答えた。
「俺たちの気分を害したから、会社を爆破して社長は殺すしかなくない?」
「最高ですね。大いに賛成します」
そんなやり取りを経て、彼らの行動方針は固まった。
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