灰色の都市の君

マツムシ サトシ

オレ

「やあ、ドラゴンくん。今日も壮健そうでなによりだ。ボクもうれしいよ。」


オレは"ドラゴンクン"、とか"キミ"とかいうオトで呼ばれている。

"ドラゴンクン"は強そうなオトだから気に入っている。


個体を識別して呼ぶための、ナマエ、というものらしい。

ちなみにコイツは、"ボク"というナマエだ。


オレと同じような奴らには、基本的にナマエがない。

オレらみたいなのは、食べて、寝られて、生きていければそれでいいのだ。


『キュルルルル……グルル……ガァ――――!』


挨拶と好意を示すオトを出す。オレは"ボク"みたいなオトは出せない。だが、このオトを出すと"ボク"はいつもオレの鼻先を撫でる。キモチは伝わっているはずだ。

今回も小さい体を鼻先に当てて、大きく動かして撫でてくれた。


『キュルルル……』


「ハァ……ハァ……。……ははっ、これだけ大きいと撫でるのも一苦労だ」


"ボク"はオレの鼻の上に乗り、オトを出すのを続けた。"ボク"はよくオトを出すが、ほとんどイミがわからない。だが、オトの出し方でどういうキモチなのか考えるようにしている。あと、長いオトの始めのオトが、だいたい大事なオトだから気にするようにしている。大事なオトを何回も聞いて覚えるとちょっとイミがわかる。オレはアタマがいいからこういうのはわかる。


「ドラゴンくん。キミと出会ってから、もう三年ほどになるかな。」

──ドラゴンクン、キミ、モウサン

きっとオレは"モウサン"ということだ。"モウサン"が何かはわからないが、柔らかいオトだからきっといいモノなんだろう。


「ごめんね、昔話もしたいんだけど」


「今、都市では感染症が蔓延していてね。対策が進められてるんだ。」

──イマ、トシデ、カンセン、タイサクガススなんとか

よくわからないが、少しオトが硬くなった。


「ドラゴン君。キミも危ない。対策部隊が動いてるんだ。」

──ドラゴンクン、キミ、モアブナイ、タイサクブタイ

……?オレは"モアブナイ"とか"タイサクブタイ"ではない。オトがツヨく震えているから、何かツヨく伝えたいことなんだろう。


オレの顔を"ボク"がのぞき込む。"ボク"の目からミズが出ているのが見える。"ボク"みたいのがミズを出すときは、ヨクナイことがあったときだ。


『キュルル……ガァアァアァ……!グルルルル……』

低いオトは威嚇・否定・不愉快となり、高い音は友好・肯定・愉快の証となるらしい。オレのオトで伝わるかわからないが、オレのキモチを、"ボク"を受け入れていることを示すオトを出した。そして怒りのオトを後に出した。"ボク"のヨクナイことはオレのヨクナイことだ。


"ボク"が目のあたりを手で拭って、オレの鼻先から降りる。

"ボク"の目が赤く光り始めていた。


「ごめんね。ちょっと、待ってて」

これはわかる。ゴメンネとマッテテは、"ボク"がオレと一緒に何かができないときによく聞くオトだ。チョットなら我慢できるが、少しだけ否定のオトを出すことにする。"ボク"は一度離れるとなかなか戻ってこないのだ。


『グゥ……』

「ごめんね」

"ボク"が手を耳と目の間に当てる。


「こちらコードナンバーAIU-A13。──通信状態良好です──当該区域、問題ありません──はい、調査を続けます」


"ボク"の目が光らなくなった。オレの鼻に、両腕を広げながらカラダをぎゅっと押し付けて、オトを出す。

「ドラゴンくん、キミはボクがなんとかするよ。なんとかする……」


"ボク"のオトとカラダは震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る