メルロ区慈善事業協力依頼

山崎つかさ@書籍化&コミカライズ

第1話 オープニング

 BC2万年、ゼルベリヤ大陸。


 時空を超える長い長い旅の途中――アルドは、ゼルベリヤ大陸を統べるゲヴュルツ教会本部の旧教会圏にある、メルロ区へとやって来ていた。


「ここに来るのもなんだか久しぶりだな。みんな、元気にしてるといいけど」


 アルドは、以前メルロ区で出会った人びとのことを思いだしながら、目元をほころばせる。


 メルロ区は、シャスラ結晶地帯というすべてが結晶でできた大地――地面はほの暗く光る結晶でできていて、そこに咲く花々も結晶の花びらをつけ、結晶の柱がいたるところに放射状に伸びている――の中ほどにある質素な集落だ。


 この集落で暮らす人びとは、神の恵みが失われて疲弊していくゼルベリヤ大陸で、残り少なくなっていく資源をなるべく多くゲヴュルツ教会本部に行き渡らせるために、彼ら自身は自分の意思で粗末な生活をしている敬虔な信徒たちだった。


 貧しい暮らしをしているため体を壊してしまう者も多く、さらに集落には簡素な病院施設しかないため、治療のためにやむなく本部に移り住んでいく人も後を絶たないと聞く。


 人思いのアルドにとっては心配の尽きない場所なのだけれど、そういった状況の中でも、この集落に住む人たちは人一倍深い信仰と奉仕の心を持って支え合って生きていた。


「――それでプライ、メルロ区の長老に挨拶に行けばいいのか?」


 そんなメルロ区へと続く坂道までやってきたアルドは、後方にいる男性をにこやかに振り返った。


 すると、頭に青い小さな円形の帽子を被り、それと同色の祭服を着た神官のプライがアルドの言葉にうなずく。


「そうですな。お手間をとらせて申しわけない、アルド殿。上官のチルリル殿の命で、メルロ区の様子を見てくるようにとのお達しでしてな。かくいう私も、どうしてもこのメルロ区に暮らす人びとが元気かどうか気になって仕方ないのです。ちょうど教会本部に居合わせたアルド殿に護衛をお頼みしてしまい、面目ないのですが……」


「いや、謝ってもらうようなことはなにもないよ、プライ。オレもメルロ区の様子は気になるし、なにかオレにもできることがあれば、なんだって手伝わせてもらいたいからさ」


 メルロ区は、神の恵みが失われてただでさえ疲弊していくゼルベリヤ大陸の中でも、さらに貧困に苛まれている集落だ。


 住んでいる時代や大陸は違っても、同じ世界に住むメルロ区の人たちのことを気にかけるのは、アルドにとって当然のことだった。


 アルドの温かい人柄に感銘を受けて、プライは自分の胸に片手を当てて頭を下げる。


「ありがとうございます、アルド殿。貴殿のような方がいてくださるだけで、我々は救われる思いがいたします。本日は、長老にご挨拶申し上げてからメルロ区の様子を見て回りたいと思っておりますゆえ、さっそく長老のところに向かいま――……おや?」


 プライがそう言いかけて、メルロ区へと続く坂道を下り始めようとしたそのとき、坂の手前でうろうろと坂を下りては上り、下りては上りを繰り返している人物が目に入った。


 プライと同じ青い祭服を着ているようだから、ゲヴュルツ教会本部の神官なのだろう。


 その神官はまだ若い青年で、赤橙色の髪に深い青色の瞳の優しげな容姿をしていた。


 青年はアルドたちに気がついていない様子で、眼下に広がるメルロ区を遠くから眺めては、小さくため息を吐いている。


 あきらかに挙動不審な神官に、プライは首を傾げながら、青年を驚かせないようにそっと後ろから声をかけた。


「……そこのお若い神官殿、メルロ区になにかご用でございますかな?」


「わ、わあっ!?」


 そっと声をかけたにも関わらず、青年は大仰にびっくりして後ろに飛び退いた。


 プライとアルドを目に入れるなり、青年は驚いてわたわたと頭を下げる。


「こ、これは、神官のプライ殿ですよね……!? お見苦しいところをお見せいたしました!」


「いやいや、こちらこそ突然声をかけてしまって申しわけない。して、見ない顔のようですが、新人の神官殿でいらっしゃいますかな?」


 顎に手を当てて悩むプライに、青年は姿勢を正して自分の胸に片手を当てる。


「はい。僕は、今年から新しく神官職に就任いたしましたカミロと申します。若輩者ですが、何卒よろしくお願いいたします」


 神官の青年――カミロは、礼儀正しく言って、プライとアルドに深々と頭を下げる。


(プライと同じ神官さんなのか。なんだか優しそうな人だなあ)


 物腰柔らかそうな青年だから、きっと多くの人に好かれる神官なのだろうな、とアルドは思う。


 そんなことを思いながら、アルドはカミロにそっと片手を差し出した。


「そうか、カミロはプライと同じゲヴュルツ教会の神官さんなんだな。オレはアルド。訳あっていろいろなところを旅してる流れの旅人だ。よろしくな」


「はい、よろしくお願いいたします。この出会いを神に感謝いたします、アルド殿」


 カミロも手を差し出して、アルドとカミロはにこやかに握手を交わす。それをほほ笑んで見守っていたプライが、カミロに問いかけた。


「それで、カミロ殿はこんなところでなにをしていたのですかな? メルロ区にご用がおありなら、遠慮せずに集落に入っていかれればよろしいのでは?」


「あ、いや、それが――……」


 プライの的確な指摘に、カミロが言いずらそうに口ごもる。


(なにか訳ありか……?)


 アルドはプライとお互いの顔を見合わせてから、カミロに向き直る。


「あのさ、なにかメルロ区に入りずらい事情でもあるのか? もしよかったら、オレたちで力になれそうなことがあれば、協力させてもらうよ」


 アルドが笑顔で申し出ると、カミロは申し訳なさそうな表情をしたあと、すがるようにアルドとプライを見上げた。


「ありがとうございます、アルド殿、プライ殿。お恥ずかしながらひとつ相談がございまして、おふたりにお話を聞いていただけてもよろしいでしょうか?」


 真剣なまなざしのカミロに、アルドは力強くうなずく。


「もちろんだ。オレでよければいくらでも相談にのらせてもらうよ」


「私もアルド殿と同じく、なんなりとご相談にのらせていただきますぞ。聖職者として困っている方の手助けをするのは当然の義務でございますし、それになにより、カミロ殿は私と同じ神官、同業のよしみもありますからな」


 プライが、どんっと自分の胸を叩く。


 アルドとプライの好意的な笑顔を前に、カミロはほっとした様子ではにかんだ。


「あ、ありがとうございます……! 本当に、今日、この場でおふたりにお会いできてよかったです! それで、あの、その相談の内容なのですが、じつは僕は、もともとはこのメルロ区の出身なのです」


「なんとっ!」


「そうだったのか!?」


 プライが驚いて後ろにのけ反り、アルドもぽかんと口を開ける。


 ここの出身ならば、普通にメルロ区に入っていけばいいんじゃないだろうか。なにかそうできない事情でもあるんだろうか。


 アルドが思案しているなか、カミロが申しわけなさそうに眉尻を下げる。


「……ですが、僕はもともと生まれつき体が弱かったので、メルロ区の暮らしに馴染めずに、小さいころに栄養失調になって体を壊してしまったんです……。それで、母の苦渋の決断で、物心がついた頃に教会本部に移り住むことになったんです」


「おお、なるほど……。そういった事情で本部に住み替える方も多いと聞きますな」


 プライが励ますように言って、カミロが、はい……、とうなずく。


「それで、本部に移り住んだ僕は、自分なりに必死に勉学に励んで、こうして神官見習いの職に就くことができたんです。……メルロ区のみんなは、当時、本部に移り住むことになった母と僕を、責めることなく快く送り出してくれました。メルロ区を離れて本部に移るということは、本部に住む人間が増えるということなので、メルロ区への配給が減ってしまうことにもなりかねないのに……」


 神の恵みが失われたゼルベリヤ大陸は、人びとが暮らしていくための資源が有限になっているのだと、アルドは聞いたことがあった。


 結晶地帯で形成されているゼルベリヤ大陸は、他のミグレイナ大陸やガルレア大陸と違って、作物が育ちにくく、山から湧き出る水源にもあまり恵まれていないので、人びとが生きていくための十分な食べ物や飲み物を自給自足できないのだ。


 だから、ゼルベリヤ大陸の人びとは、その有限な資源を、大陸に恵みをもたらすといわれている神を探す使命を負った教会本部の神官たちに優先的に回して、それで余った分をメルロ区のような旧教会圏の人びとに配給する仕組みになっているのだと聞いていた。


(だから、教会本部に住む人が増えちゃうと、その分、旧教会圏で暮らす人たちにまわす資源が少なくなっちゃうんだろうな……)


 だからカミロは、メルロ区から教会本部に移り住んだことを申しわけなく思っているのだろう。


(とくにカミロは、真面目で責任感が強そうだからな)


 そんな彼のことだから、人一倍責任を感じているのかもしれない。


 自分になにかできることはないだろうか。ゼルベリヤ大陸の神を探す手助けができればいいのだけれど……。


 アルドが悶々と悩んでいると、カミロが遠慮がちにほほ笑んだ。


「僕は、本部に移り住んで十分な暮らしができたおかげで、こうして無事に体も丈夫に育って神官にもなれたんです。だから、メルロ区のみんなにお礼を伝えようと思ってここまでやってきたんですが、なにぶん気が回らなくて、手ぶらでやってきてしまって……。それで、なにかメルロ区のみんなに恩返しできるようなものがないかって考えていたんです」


「ああ、それでこんなところで立ち往生してたんだな。カミロはメルロ区出身なのに、どうして集落に入っていかないのかなって気になってたんだ」


 アルドが笑んで言うと、カミロが恥ずかしそうに後ろ頭をかいた。


「ええ、お恥ずかしながら悩んでいるうちに時間が経ってしまって……。それで、僕なりに考えたのですが、みんなへの感謝の気持ちを伝えるには、やはりみんなを一番喜ばせることができる資源を――食べ物を届けるのが一番いいと思ったんです」


「食べ物、ですな。それは良い考えではありますが、どうしたらいいものか……。教会本部に掛け合って配給を多少なりとも増やしていただくということもできるかもしれませぬが、交渉も必要になりますし、承認に時間もかかりますからな」


「はい、そうですよね……」


 プライのアドバイスに、カミロはちんやりとしてうつむいてしまう。


(うーん、食べ物の配給か……)


 アルドは、カミロの言葉に、なにかいい方法はないかと考えてみる。


 なにか、カミロのために自分にできることはないだろうか。世界中を旅している自分にしかできないことが、きっとあるんじゃないだろうか。


(世界中を旅している――……そうか!)


 アルドは、ふとある考えが思い浮かんで、ぽんと手を叩く。


「なあ、オレ考えたんだけどさ、メルロ区で炊き出しをしたらどうかな?」


「え? 炊き出し、ですか……?」


 驚いて聞き返すカミロに、アルドは力強く拳を握ってみせる。


「ああ。よかったら、オレがいままでいろいろな大陸を旅してきた経験を活かして、他の大陸に渡って食べ物を集めてくるっていうのはどうだろう? それで集めてきた食材を使ってメルロ区で炊き出しをして、ささやかだけどみんなをもてなすってのはどうだ?」


 少し大ごとになってしまうかもしれないが、自分には、他の大陸を自由自在に渡る力がある。その力を活かして、自分にしかできないことでカミロのことを支えたいのだ。


 アルドの提案に、プライが、ぐっと拳を握って身を乗り出した。


「おおお、それは良い考えですな、アルド殿! 炊き出しの許可は、私のほうから上官のチルリル殿に頼んでおきましょう。事情を説明すれば、チルリル殿ならわかってくださるはずです」


 カミロは思いがけない提案に目を輝かせながらも、顔の前でぶんぶんと両手を振った。


「あ、あの、アルド殿のお考えはとても素晴らしくてありがたいです! ですが、メルロ区だけそういった特別に炊き出しを……というのはよろしいのでしょうか? もしかしたら、メルロ区のみんなは自分たちだけ申しわけないと言って断るかもしれません」


「あ、そ、そうか……。メルロ区だけ特別扱いをするわけにはいかないよな」


 考えが浅かったかな、とアルドが眉尻を下げると、プライが首を横に振った。


「いやいや、それは心配いりませぬぞ、カミロ殿。さきほども申したようにチルリル殿に許可をとりますし、それに、メルロ区の炊き出しが上手くいきましたら、他の区にも炊き出しをしてまわるいうこともできましょう。それで旧教会圏の皆が少しでも元気になってくだされば、私たち神官にとってこれ以上ない喜びでございましょう。では、その奉仕活動を、カミロ殿、あなたに責任者になっていただくというのはいかがですかな?」


「え、ぼ、僕が責任者に……?」


 驚くカミロに、プライは満面の笑顔でうなずく。


「そうですとも。最終的にはチルリル殿に確認をとることになりましょうが、カミロ殿に炊き出しの奉仕活動の責任者になっていただき、旧教会圏をまわりながら人びとの様子を見てきていただければ、私たち本部の神官も安心でございますぞ。私としては、ぜひともカミロ殿にその役目をお願いしたいのです」


「それは、すごいことじゃないか、カミロ! このメルロ区での炊き出しをきっかけに、他の旧教会圏のみんなにも元気になってもらえるといいよな!」


 アルドが明るく言うと、カミロはその言葉を聞いて、はっと顔をあらためた。


 旧教会圏に生まれたカミロだからこそ、同じ旧教会圏に住む人びとを元気づけることができるんじゃないだろうか。


 カミロもそれを思ったらしく、決意を固めたように自分の胸に片手を当てて、アルドとプライに頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……! おふたりのおっしゃるとおり、旧教会圏に生まれた僕にしかできないことで、神官としての使命を果たしたいと思います。それで、もしよろしければなのですが、メルロ区の炊き出しのために、おふたりのお力を僕に貸していただいてもよろしいでしょうか……?」


 アルドとプライはお互いの顔を見合わせたあと、満面の笑顔でうなずいた。


「ああ、もちろん! オレでよければ手伝わせてもらうよ。オレも、メルロ区のみんなや他の旧教会圏のみんなに元気になってもらいたいからな」


「私も、いち聖職者として協力させていただく所存ですぞ。それに、さきほども申しましたが、同じ聖職者のよしみもありますからな、私がカミロ殿のお力になるのは当然のことです」


「本当に、ありがとうございます、アルド殿、プライ殿……!」


 カミロは、感動で頬を紅潮させて、もう一度深々と頭を下げてくれた。


(……誰かのためになにかをしようって本気になれる人って、かっこいいよな)


 きっと、プライやカミロのように、人びとを救うために一生懸命になれる人たちが神官になるのだろう。そんな神官たちが人びとのために神を探すのだから、きっといつか神は彼らの前に姿を現してくれるはずだと、アルドはそう思わずにはいられなかった。


「それではさっそく準備に取りかかりましょうかな」


 プライが言って、少し考えるふうに顎に手を当てる。


「では、私めはいったん教会本部に戻ってチルリル殿に許可をいただきにいってまいります。カミロ殿にはメルロ区の長老にお頼みして炊き出しの準備を始めていただき、アルド殿には食料集めをお願いしてもよろしいですかな?」


「はい、かしこまりました!」


 カミロが姿勢を正して言って、


「わかった。食料はオレに任せてくれ!」


 アルドも拳を握って言う。


(食料集めか……。この時代で食べ物が豊富そうなところっていうと、ガルレア大陸の山ノ国ガダロ、それから海ノ国ザミあたりがよさそうかな)


 ガダロにはおいしい山菜が豊富にありそうだし、ザミには採れたての新鮮な魚介がありそうだ。山菜に魚介ならば、きっと栄養も満点だろう。


(――……よしっ! オレはオレにできることを頑張るぞ!)


 自分は神官ではないけれど、メルロ区の人たちのためになにかできることがしたいという気持ちはプライやカミロと一緒だ。


 それなら自分は、ふたりの役に立てるような、自分にしかできないことでみんなを応援したい。


 教会本部へ向かうプライと、メルロ区の長老に会いに行くカミロを見送って、アルドは山ノ国ガダロへ向けて出発した。



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