10「というか、ジル様! ええっ??」
「では今度は、一緒にまいりましょうね」
「もう、二度と行かぬ」
ニールセンはあふれ出た涙を必死に袖で拭った。
少し、落ち着いたらしい。
「――皇后も、どこにも行かせぬ。余は孤独なのじゃ。皇后は余の側におらぬと嫌じゃ」
ニールセンは子供のような駄々をこねる。
同い年のヴィンレットとは、ありとあらゆる面で差が大きく開いている。
「陛下のお側にはロビンさんがいらっしゃるではありませんか?」
「これは余の影じゃ。共におったって、とりたてて楽しゅうないわ」
「それはまた……随分な言い草ですね、ニール様?」
ようやくニールセンに元気が戻ってきたようだ。ロビンは少し安心した。憎まれ口を叩く元気があるなら、大丈夫である。
お輿はゆっくりと進んでいる。
ジルは何かを考え込むような仕草を見せ、向かいに座るニールセンに尋ねた。
「陛下は、この国の法律にお詳しいですか?」
「法律とな? 法律の書があることは知っておるが、その中身は解らぬ。余の代わりに、ほれ、このロビンが知っておる」
ニールセンは右手の親指を、右隣に座るロビンへと指し向けた。
「その通りです。ニール様に法律の事を聞くなど、ネコに道を尋ねるようなもんですから」
ロビンは傍らのニールセンをちらりと見やった。
本人は嫌味を言われたことにすら気づいていない。
ジルの問いは続く
。
「公爵様の次に、皇位継承権を所持しているのはどなたです?」
「いません。実はこの国の帝政は、かなり先細り状態なんですよね。ニール様とアイゼン公が、かろうじて残っているアリエス帝の末裔なんですよ。唯一の救いは、お二人とも十八と、まだ歳がお若いということです。これから御世継ぎが誕生するかもしれないですし……」
ジルは、ロビンの説明を淡々と頷きながら聞いている。
もちろんニールセンにはちんぷんかんぷんな話だ。いつの間にか話の輪から外れてしまっている。
ジルはさらに尋ねた。
「もし仮にですよ。陛下にお世継ぎが誕生したら、継承権はどうなりますの?」
「え? ……仮に、ですね? そうすればその子供が継承権第一位になります。そして、その母である方が第二位を持ち――アイゼン公はその時点で第三位へと下がります」
恐らく、君主制の国家であればどこも同じような仕組みであろう。現に話を聞いていたジルも、ロビン少年の説明は予想通りだったようだ。
「とのことですよ、陛下?」
ジルがはにかむような笑顔で同意を求めるが、ニールセンにはジルの意図するところがまったく読めていなかった。
「余はあまり難しいことは分からぬぞ? 余が死ねばヴィンレットが皇帝だ――ということは分かっておる」
「わたくし、明日、新宮へ参りますわ」
皇帝の住まいである新宮へ、ジルが出向くのは二度目だ。
ニールセンにとって、願ってもないことである。なかなか自分からはジルのもとを訪ねられない、恋愛に関してはヴィンレットの手技の一割にも満たないほど、超・奥手であるのだから。
「おお、遊びに参られるか。では、明日は執務を取り止めにしようではないか」
「訳分からないこと言わないでください……執務は執務ですよ!? いいですね? ニール様もジル様も」
「いいえ、そうではありませんの」
ジルが首を横に振ってみせた。
そうでは、ない――とは?
ニールセンとロビンは顔を見合わせ、ジルの次なる言葉を待った。
「わたくし、陛下と住まいを共にいたしますわ」
ジルのそのひと言で。
皇帝陛下、音もなくふらりとロビン少年の膝の上へお倒れあそばした。
突然の出来事にロビンは慌てふためき、そのままお輿の床板へニールセンの身体を落としてしまった。
失神、そして多少流血――。
「ニール様っっ! し、し、しっかりしてくださいぃぃぃぃっ!! というか、ジル様! ええっ??」
ヴィンレット・アイゼン公爵の皇位継承権が下がる日も、そう遠くない話なのかもしれない――。
(第三話【公爵家の舞踏会編】 了)
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