5「殺られる前に殺るから」

 その翌日――。


 宮廷では月に二度、定例昼食会が催されることになっており、今日ちょうどその日に当たっていた。

 皇族と元老院との、テイのいい親睦会である。


 宮廷昼食会には皇帝ニールセンと長老たちと大臣、そして皇帝の叔父上、ヴィンレット・アイゼンもそのメンバーに名を連ねている。


 本日、皇帝ニールセン、体調不良でご欠席と相成った。




 昼食会の始まる少し前に、ヴィンレットは宴の間に姿を現した。

 全身、深い青色の礼服に身を包み、派手な宝飾品で全身を飾り立てている。歩く度にシャラシャラと涼しげな音を立てるので、背後から近づいてきても誰だか分かるほどだ。

 そして、甘く上質な香りをいつも通り纏わせている。

 ヴィンレットは、大臣たちと昼食会の打ち合わせをしていたロビンを見つけると、シャラシャラと近づいてきた。


「首尾はどうだい、ロビンちゃん」


 ロビンは大臣たちに一礼し、その場を離れた。そして、ヴィンレットの腕を引っ張り、壁際へと促した。


「どうもこうも……ニール様、伏せっちゃいましたよ」


 ロビンは渋々、ヴィンレットに事の顛末をすばやく説明した。

 すると、ヴィンレットは堪え切れないといったふうに、柄にもなく豪快に笑ってみせた。


「わははは。さすがは日陰っ子だね。目眩起こして倒れて足を怪我するなんて、ただのバカじゃないか、わははは」


「あ、アイゼン公! 昼食会にはお偉方もたくさんいらっしゃってるんですから、あまり過激な発言は控えてくださいよ、もう……聞かれたらどうするんですか?」


 ロビンは辺りを気にしながら、叔父ヴィンレットの発言を諌めた。

 すると。


「バカにバカと言ってどこがいけないんだい、ロビンちゃん。言っとくけどね、僕に何かを意見できる人間なんて、この国にはいないんだよ。それでも言ってくるとすれば、それは君だけだ」


 そう言ってヴィンレットは、白手袋のはめられた右手の人差し指を、ロビン少年の鼻先に突きつけた。

 払いのけるわけには、いかない。

 普段なれなれしい口をきいてしまっているが、本来なら身分違いで言葉も交わせぬほどの地位の高い人間だ。

 ロビンは鼻先に指を突きつけられたまま、弁解を試みた。


「そんな、意見だなんて……そんなつもりでは。それに、一応立場上はニール様はアイゼン公に意見できる気がしますけど……?」


 一応、と冠してしまうところが何だか悲しい。

 ヴィンレットはようやく指を引っ込めた。


「立場上は、ね。確かに」


 こればかりは仕方のないこと。

 皇帝の座は、ニールセンのみに与えられたものなのだ。




 ヴィンレットは一息つくと、整えられた茶色の短髪を、意味もなくかきあげ、話題を変えた。


「怪我したんなら、どのみち舞踏会は無理かな。僕はね、ジル殿さえ来てくれたら、ニールセンがいてもいなくてもどっちだっていいんだよ」


 間違いなく、本音だ。


「……きっと、そうでしょうね」


 ロビンは立場上肯定したくなかったが、今までの話の流れをすべて知っている身としては、こうなることは当然の展開だ、と思わざるをえなかった。


「一緒に連れ立って来たら来たで、あいつより僕の方がいい男だって証明する絶好の機会となりえるし、来なければ来なかったでジル殿とゆっくりと語らうことができる。ロビンちゃん、そのくらいはちゃんと考えてくれるだろう?」


「僕はアイゼン公に逆らえる立場じゃないですからね」


 身分もそうだが、ロビンはこの皇帝の叔父に多額の借金をしているのだ。

 立場弱すぎである。


「けど……絶対あとが怖いですって。ジル様のことが絡むと人が変わっちゃいますから……。なんか、ニール様のお部屋に武闘家プージーの書物なんかが落ちてまして……寝所の織布も滅茶苦茶に裂かれてて。かなり精神状態も参っていらっしゃるようで。……ヘタすりゃアイゼン公、命落としますよ?」


 確かにニールセンは癇癪持ちだが、それを武術などの力に頼ろうとする事は今までなかったのだ。

 ジルが皇后になってから、ニールセンにいろいろな心境の変化が見られるのは事実である。

 ジルにちょっかいをかけてくるヴィンレットに対して、何らかの行動を起こすことも充分ありえる、とロビンは本気で心配していた。

 しかし、叔父ヴィンレットは真剣なロビンの眼差しを最高の笑顔で払いのけた。

 完全に、無敵だ。


「へなちょこパンチでも食らわすのかい、この僕に? ははは、ロビンちゃんそんなに心配しなくても大丈夫だよ。殺られる前に殺るから――なーんてね、ははははは」


「や、止めてくださいよそんな黒い冗談は!!」




 ロビンとヴィンレットには、ニールセンの私室の『書物と織布の本当の理由』を知る由はない……。

 知らないほうが身のためである。

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