日出づる町と吉柳
麦野みやび
(1)青春欠乏症
京都から神奈川に移ってもう二年少し経った。
厳密に言うと私の元々のねぐらは大阪であったが、今出川通をほぼ毎日歩いては一時間を二、三時間にも感じてしまうような講義を受ける生活を四年もしていたので、私の大学時代における居住地は四捨五入すれば京都と言っても過言ではなかった。
この二年で私は考えた、何か京都にとても大きな忘れ物をしたのではないかと。
もちろんここで語る忘れ物とは物理的に存在して触れられようものではなく、触れることの決してできない概念的なものである。その忘れ物は京都にいざ舞い戻りさえすれば手に戻る気はするが、幾分今の稼ぎがそれなりに良いので気持ちを振り切って乗り気にもなれぬ。
忘れ物が具体的に何かと説明することは簡単である。私の忘れ物とは心傷的な問題なのである。
私はろくな大学生活を送らなかった。加入したサークルにはわずか一ヶ月で顔を出さなくなり、まともな友人とも呼べる者もおらず、恋人もできず作らずで思い描いていた筈の薔薇色大学生活ではなくドブ色大学生活を過ごすことになった。
ドブ色大学生活を四年過ごしたときにはもう遅し、私には取り戻せない四年間が重くのしかかる。それが忘れ物である。
ここまでならまだ良かった。さらに私は不幸にも神奈川へやって来てから森見登美彦という京都を京都たらしめる一方で京都を破壊することを生業とする男の小説に出会ってしまった。森見登美彦の書く作品は、読み手の青春に物足りなさと切なさを植え付ける厄介極まりないものであり、未だに森見登美彦に魔法をかけられ青春欠乏症を患う人間も少なくない。残念であるが療法は未だ特定されていない。
無論私も森見登美彦により青春欠乏症を患ってしまった。結果として取り戻せない四年間に対してさらに後悔と絶望の念が重く重くのしかかったのである。
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