22話 飛べた魔女はただの飼い豚

 私は根強い引きこもり豚だ。もう何年も誰からの援助もなく家に引きこもり続けている、プロの引きこもりだと自負している。

 ちなみに基本外へ出るのは外部からは見えない中庭だ。そこで洗濯物を干したり、水浴びをしている。ごみ捨てすら、能力を使って、一歩も外へ出ずに行っている毎日。たとえ能力を使わない方が楽でも、徹底的に人と会わないようにする。それが引きこもり豚のプロ根性だ。

 ちなみに、人が豚小屋にくるのはノーカウントとする。豚はブヒブヒ鳴くしかできないので、やってくる人を拒むのは不可能だ。特に王子とか王子とか王子とか。言い訳のようになってしまうが、私は権力のないただの豚だ。

 しかし私は愛するモノの為にこの制約を破ろうと思う。


 この制約を一度も破った事がないかと問われれば、そういうわけでもない。

 しかし外に出るというのは、私の精神力を大きく削る作業だ。かつて王太子の策略により第二王子と一緒に子供に会いに行った事があるが、その時も恐ろしいぐらいに精神力が削られた。

 またある時は、ちょっとしたすれ違いの果てに第二王子に追いかけられ、外に脱走するしかなくなったこともあった。あの時はおかしいぐらいに一気に体重が激減した。普段から運動をあまりしていない豚なのによくぞ生きて戻ったと我ながら自分のソルジャーっぷりに感動を覚えたぐらいだ。私が妊娠したとデマを流した奴、絶対殺すと、本気の殺意が芽生えそうなぐらいの辛い試練(ランニングトレーニング)だった。

 ちなみに王子は多少息が切れただけで済んだが、私の体は勿論ただで済むはずがなく、【癒しの魔女】を召喚する事態となった。……あの王子、一体何者なのか。

 ともかく、そんなわけで私は外に出るという事に、とても抵抗がある。


「でも、やるしかない。私ならきっとできる」

 私はこれから行う作業のイメージトレーニングをする。中々に難しいミッションだ。しかしこれを終えた時、私はかつてないぐらいの充足感に満たされるはずだ。その未来を思えば、多少の犠牲は仕方がない。

 ほぼ自分から開ける事のない、玄関の扉を開け、私は輝かしい未来に進むための一歩を踏み出した。


「何やってるんだ?」


「見て分かりませんか?」

「分からないから聞いてる」

 真夏の炎天下の中、作業着と軍手、頭にタオルという完全防備をした上で脚立を使って屋根に上っていた私の所に、王子がやって来た。こっそり作業を終えたかったのに、何故ここに王子がいるのか。いや、いつも通りと言えばいつも通りだけど。

 まあ来てしまったものは仕方がない。

「簡単に説明すれば、アイスがまとめ買いできるシステムを家に作ろうと頑張っています」

「簡単でなくていいからちゃんと説明しろ。そして、まとめ買いするな。その時に食べる分だけ買え」

「えっ。一気に六個入りを食べると怒るでしょ?」

「当たり前だ、馬鹿」

「そうすると、食べたいものが買えなかったりするんです」

 お取り寄せアイス系は大抵一個からでは買えないのだ。私がコンビニ視察に向かい知ったものは一個買いが可能だけれど、異界のカタログなどで知った商品はそれができない。

 でも私は、いろんな味に挑戦したいのだ。外さない定番も愛しているけれど、チャレンジャーなあの子も愛したい。どんなアイスだって差別なんかしない。私はアイスを愛す、孤高の豚なのだ。


「それでこれは何なんだ」

「太陽光パネルという、異界の道具を動かす為のエネルギーを作る装置です。これを屋根にセットし、この説明書通りに配線を中に入れてコンセントを作り、私はアイスを溶かす事なく保存できる冷蔵庫を買います。これは誰に何を言われようとも決定事項です」

 誰に何と言われようと、最愛のアイスの為ならば、私は戦う。私は決して間違えない。私は私の為に奇跡の力を使うのよ!

 これぞ、悪い魔女の醍醐味!


「説明書見せろ」

「あ、どうぞ」

 もう少しツッコミが来ると思ったのに、来なかったので、少し物足りなくなっているのは、王子の所為だ。いつも律儀にツッコミを返してくれるから、それがないと、ちょっと寂しい。

「なるほど、分かった。おい。お前ら、手伝え」

「へ?」

 王子が外に向かって声をかけると、ぞろぞろと人が出てきて、私は小さく悲鳴を上げた。な、何? 何なの? どこにこれだけの人がいたの?

「一人でこの作業は無理だろ。どう考えても、太陽光パネルというのが重すぎる。折角だから、お前の護衛を使おう。これは……家の屋根の強度の確認も必要だな」

「ご、護衛?!」

 一瞬で作業工程を考え出してしまったらしい王子がブツブツと呟くが、私は前半の言葉の方が気になる。

「交代で数人家の周りで警護しているが、いつも暇そうだしな。ちょうどいい」


 えっ。いや、丁度いいって。えっ?

 ぞろぞろ出てきた数名の男女を見ながら、私はそろりとその場を後にして、家の中に引き返した。

 プロの引きこもりかつ、野生の豚のつもりだったが、いつの間にか私は王子の飼い豚になっていたらしい。……マジか。護衛なんかいたのか。


 ちょっとだけこの現状に悩んだが、出来上がったコンセントと共に設置された冷蔵庫と、その中で冷やされた念願のアイスを前に、私は外に出なければ居ないのと同じかと気にしない事にしたのだった。

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