9話 飛ばした王子はただの美少女

「異界の最近の流行りでは、悪役令嬢が婚約破棄されるで、更に悪役令嬢は豚設定も多いらしいですよ」

「へー」

 今日もいつもの如く豚小屋に通う王子は、生返事をしながら私がお取り寄せした本を隣で読む。と言っても、今は文章を読むために、異界の単語を覚え中らしい。……脳筋の癖にどうやら彼の脳内筋肉は出来がいいらしく、簡単な書物なら私に聞かなくても読めるようになってきている。流石は、グラム1000円ぐらいの高級肉男だ。より一層、さっさと婚約破棄すべき案件ではないだろうか?

 この国の偉い人はどうかしている。

「その設定、私に似ていると思いません?」


 まあ、今の主流は豚が痩せて結局婚約破棄しなかったり、別のいい男と結婚するものな気がするけれど。これは黙っておこう。私は流行っているからと言って、何でもやればいいなんていうミーハー豚ではないのだ。


 そんな事を思っていると、緑の瞳がジッと私の方を見て来た。何故か不機嫌そうな顔だ。

 折角豚の方から婚約破棄がしやすいように話題をふってあげているというのに、何が気に入らないんだろう。

「お前、前から俺に婚約破棄、婚約破棄と言ってるがな、本当に俺が婚約破棄したらどうするんだ? ああ?」

 王子の癖に、彼は口が悪い。異界にいるヤンキーという人種に近い気がする。第二王子なのに、こんな調子でいいのだろうか?

「引きこもって、グルメレポートとか?」

「だろ? 絶対破棄しない。というか、引きこもらなくてもしないけどな」

 世界は救われたはずなのに、私が救われないのはこれいかに。

 何故、この神々しい美貌の王子は、いまだに豚との婚約を破棄しないのだろう。いや、【予言の魔女】が余計な予言をしたからだけどさ。私だけだよ。国家計画で、私のダイエット計画が議論されるのは。意味分からん。食べるものぐらい自由にさせて欲しいものだわ。……時折隠れて罪の味を堪能していたりするけど。


「私の幼馴染がいてくれれば……」

「は? な、なに? お前、まさか、好きな奴がいたのか?!」

 王子が凄い動揺している。流石に横恋慕はマズイと思ったのかもしれない。豚に付き合ってくれるぐらいいい奴だしな。

「あははは。いるわけないじゃん」

 だがしかし、いるわけがない。

 いたら豚にはならないだろう。


「好きなのは俺だよな?」

「その鼻折ってやりたい」

 くそう。そうだよ。好きだよ。好きじゃなきゃ、世界救わなかったよ。でもさ、自信ありすぎじゃないだろうか? まあ、豚相手じゃ、相手が逃げるだろうけど。私と付き合えるのはこのお人よし王子ぐらいだ。


「昔ね、凄い美少女と知り合いだったのよ。空気読めない子で、口調も乱暴だったけど、すごく可愛くてね。あ、そう言えば、王子と同じ金髪と緑の瞳だったわ。親の都合で外国行っちゃってそれっきりだけど、絶対その子が帰ってきたら一目ぼれするわね」

もしそうなれば、私の立ち位置は、やっぱり悪役令嬢ね。

あら。無実の罪で婚約破棄されるのかしら? 最近読んだ小説では、別の王子様が出てきてハッピーエンドになってたけど。うーん。私の場合は引きこもればハッピーエンドじゃない?

こっそり食べるにしても、最近カップ麺、全然食べさせてもらえないのよね。四人前ぐらいの巨大焼きそばとか、ガッツリ食べたいし……幼馴染、戻ってきてくれないかな?


「……そいつと俺が結婚してもいいのかよ」

「うん。美男美女カップルは目の保養。本当に可愛くて、可愛くてね。実を言うと、すっごい好きなの。女じゃなかったら結婚を申し込んでたわ。今、何してるのかしら。その子が世界を助けてって言ってきたら、私も素直に痩せたかもしれないぐらいの子よ」

 孤児だった私とは違って、いいところの子だったような気がする。あの頃はよく分かっていなかったけど、貴族令嬢だったのではないだろうか? 口調が乱暴だったのは、きっと身分を隠す為にあえてそうしてた可能性が高い。

 そう思うと、私よりずっと王子とお似合いだ。 


 私が幼馴染の美少女を思い起こしていると、王子がぷるぷる震えた。やはり豚と婚約するのではなかったと思っているに違いない。今になって、そんなかわいい子がいたのかと後悔しているのかも。分かる。腹いっぱい食べた後に、もっと美味しそうなものを見つけた時の悔しさ。私も何度も味わった。

 

 今からでも探せないだろうか。でも、可愛い子だし、もう結婚してしまっている可能性もあるわね。そうでなくても貴族は子供の頃に婚約者がいるとかよくある話らしいし。でも権力を使えば――。

「本当、お前は馬鹿だ!! くっそ。くっそ。さっさと俺と結婚しろ!!」

「は? 何で?」

 何故半ギレしながら地団太を踏んでいるのか。カルシウムが足りていないんじゃないかしら?

 しかしその数秒後、私はとんでもない真実を知る事になった。

 ……時の流れというのは、本当に残酷だ。

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