第5話 飛べた魔女はただの救世主?

「やった。やったわ!!」

 私はスムーズに通る状況に、ガッツポーズした。

 勿論スムーズに通るのは、ズボンがとか、そういうレベルではない。あれだ。穴だ。異界へ向かう穴!

 この世界の穴はどこまでも広げられるけれど、出口のサイズは決まっている。というか、出口サイズは色々選ぼうと思えば選べるっぽいけれど、出たい出口は決まっているのだ。

 その穴をくぐれるだけのサイズに縮んだ私は喜んだ。


「やっと、これで、ブートキャンプをしなくていいのね!!」

「そこは、薬が手に入ってで世界が救われた。めでたしめでたしだろ」

「えっ。別に、世界が滅んでも私は構わないし」

 むしろ私が救われる事の方が重要だ。

 どれだけ苦しかったか。毎日プルプルする腹筋さんに背筋さん。痛みで悲鳴を上げる二の腕さんにふくらはぎさん。【癒しの魔女】の能力を使っても癒しきれない疲れと精神的疲労。

 さらに早急に痩せる為、疲れたからの、アイスをもぐもぐとか、チョコをもぐもぐとか、クッキーもぐもぐとか、私のストレス発散を全部封印されていたのだ。

 死ぬ。心が死ぬ。甘味は心を豊かにする回復薬なのよ!! 低カロリーデザートを食べていただろって言われても、それはそれだ。

 引きこもりの私にとって時間は、三食と毎日の十時と三時のおやつの時間で構成されている。それなのに三食の時間しかもらえないなんて、あんまりだ。

 まあ、それ以外の時間は食べないのかと言われれば、そんな事もないけれど。


 ともかくこの我慢のかいあって、みるみる間に私は豚から魔女に戻り、異界へ渡れるようになった。目から汗が流れ落ちるのは、この我慢の日々とさよならできるからだ。

「……それにしても凄い光景だな。ちなみに俺もこの異界の入口は通れるのか?」

 異界の方に体を入れた為、今の私は生首が空中に浮いている状態。確かに時間帯によってはホラーな光景だ。


「無理ですね。この入口が通れるのは、私か生き物以外ですから。異界の生き物を元の世界に強制送還ぐらいはできますけど」

 前提が、こちらに異界の生き物がいた場合というものがつくが、そんな特殊状況下ぐらいしか、他の生きたものを移動などできない。多分生き物は、物よりもその世界の神の影響が強いからだろう。

「でもいいんですか? 私を信じて。もしかしたらこのまま異界にとんずらしてしまうかもしれませんよ?」

 私が意地悪く言えば、王子は笑った。

「俺はお前を信じる」

「いや。信じられても……」

「帰ってこなかったら、まあ、仕方がないな。俺がそれだけの信頼を得られなかったという事だ」

 王子は私を懐柔しようとも、諭そうとも、脅そうともしなかった。

 全てを……私の選択を受け入れるという顔に、どうすればいいのか分からなくなる。

 ……もう少し王子を嫌えれば良かったんだけど。


「まあ、この家の居心地はいいから、異界に定住する気もないし。いつまでも薬、薬と言われるのも、自堕落生活できないのも嫌だし」

「いや、生活習慣は改善しろよ。そんな生活してたら死ぬからな」

 と言われても、生きるのに執着もないしな。異世界お取り寄せ生活は楽しいし、折角だから太るまでは、異界に渡ってデザート食べ放題もいい。

「まあ、いいや。そうだ【予言の魔女】からどの薬を持って帰ればいいか伝言貰っているんでしょ?」

 無作為に行ったところで、どの薬を購入できるようにすればいいか分からない。そんな事は【予言の魔女】も分かっているはずだ。

 異界には薬と言っても様々なものがある。

 容量用法は、【予言の魔女】に予言してもらって、相手に合わせるしかないだろう。私ができるのは、言われた薬を目で確認し、株取引で増やしに増やした財産でそれを購入するだけだ。

「ああ」

「ならちゃんと用意するよ。毎日ご飯を作ってくれた借りはそれで」

 ちなみにブートキャンプについては、マイナス要素が多すぎるので、借りではない。とにかくこの薬をとってこれば、王子との関係も終わりだ。


 彼は二度と来ないかもしれない。

 ……それが寂しいと思う私は、かなり絆されているのだろう。でもそれが正しい形だ。いつまでも豚に王子が構っているわけにはいかない。

 異界に飛んだ私は、さっさと仕事を終わらせ薬を王子に渡した。

 色々あったけれど、最後ぐらいちゃんと別れの挨拶をするべきだっただろうか? そう思うが、私は特に何も言わなかった。王子も同じだ。いつもと変わらない様子で豚小屋から出て行った。


 これで明日からは元の生活に――と思った時期もありました。

 しかし王子は次の日も普通に来て、喋って料理を作って帰って行った。……ん?

 その後もそんな日々が続き、クエスチョンマークが増えて行く。そしてしばらく経って分かったのは、私は私は世界を救ったという事で、第二王子との婚約が続いている様なのだ。えっ? 破棄でいいよ? そこは破棄で。


 いや、本当に、たまに会いに来てくれるだけで十分だから。だから、私のポテチ没収しないで。は? また豚に戻ったら、世界が滅亡するという予言? いい。その時は諦めて皆で滅亡しようよ。大丈夫、皆で滅びれば怖くないって。


 だから、私のマルゲリータちゃんをかえしてぇぇぇぇ。


「諦めて俺と結婚しろ」

「嫌ぁぁぁぁぁ。婚約破棄するうぅぅぅぅ。第二王子の隣は、美女が良いの!! 豚じゃ駄目なの」

「もう豚じゃないだろ」


 そもそも王子の妻なんて無茶だ。皆、思い出して、私は引きこもり豚よ。グラム98円ぐらいのお肉ちゃんたっぷりの豚ちゃんだったのよ。

 その後私がデブらないよう国を挙げて色々試され、最終的に私はオタク豚と変化した。最近の異世界からの主なお取り寄せは恋愛小説だ。食べ物は見つけ次第王子に取り上げられるし、彼が許す範囲しか間食させてもらえないから、自然とそうなった。


「王子、異世界では婚約破棄ものとか、悪役令嬢ものとかが流行っています。是非、私も婚約破棄を!!」

「しないよ。馬鹿」


 くそう。いつか、いつか、絶対、婚約破棄してやるんだからぁぁぁ!!

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