飛べない魔女はただの豚
黒湖クロコ
飛べない魔女の物語
第1話 飛べない魔女はただの豚
「もう、我慢の限界だ。婚約を破棄させてもらう」
「どうぞ、どうぞ」
「ちがぁぁぁぁう。そこは、何故ですの?! とか、それだけはやめてとか、色々あるだろ」
「いや、別に……。貴方の料理が食べられなくなるのは辛いけど……」
私はむっちりした自分の丸っこい指をみる。一応さっきまで食べていた海苔塩ポテチの証拠は隠滅できているはず。だとしたら、やっぱりそりが合わなかったのかなぁと――。
「お前、俺の料理だけじゃなくて、異世界からまた海苔塩ポテチお取り寄せして食っただろ」
「な、何故それをっ?!」
「口の周りについているんだ、馬鹿!! 本当に、馬鹿!! 頼むから、間食するな。痩せろ」
「見た目で婚約破棄なんて酷いです。破棄しましょう」
「違うわ。今のは、お前に発破かけるための言葉に決まってるだろ。見た目とか、もうそういう次元じゃないんだよ。お前が痩せないと、世界が滅ぶんだよ!! 真面目に、俺に恋してダイエットしてくれ」
そう泣き崩れるイケメンを前に、困ったなぁとむっちりした頬を掻く。
何故こんなことになっているのか。
それはこの目の前で泣き崩れたイケメンの説明からする必要があるだろう。
この金髪サラサラで、緑の瞳のイケメンはこの国の第二王子様だ。将来的には、領地貰って、公爵様になるそうで、平民の私からすると、凄いねぇの一言に尽きる。というか、想像力低いんで、公爵って偉いけど何する人なのかよく分かっていない。それぐらい平民の私と相手は住む世界が違うのだ。だから正直、婚約破棄は全然オッケー。今だって、王様に命令されて仕方なく婚約しているだけだし。
では何故、ただ平民の私が王子様と仕方なしの婚約した後、痩せろと王子様に罵倒されているのか。
それは私はこの世界で、唯一の【異界渡り】の能力を持った魔女だからだった。
この世界には、魔女ないし魔法使いが一定数生まれる。彼らの特殊な能力は世界に富をもたらす為、とても大事にされた。大抵が貴族の血筋で生まれるが、時折私のような平民からも生まれる。そうすると、能力が高い魔女や魔法使いだった場合は貴族が養子にしたり、結婚を申し込み、その血を貴族の中に取り込む。きっとこの繰り返しが、魔女や魔法使いのほとんどが貴族の中で生まれる理由なのだろう。
ちなみに王太子である第一王子の婚約者は【癒しの魔女】で超美人。確か公爵家のご令嬢という話だ。美男美女でお似合いのカップルで、私も異界渡りの能力を駆使した鏡で、時折覗いてはによによしている。美しい者は眼福だ。
ただ、残念なのが、第二王子の婚約者だ。【異界渡りの魔女】、つまり私なのだが、豚である。第二王子が美形であるが為に、残念以外のなにものでもない。せめて古典文学、美女と野獣みたいな感じに表現してみたいが、私の醜さは野獣じゃなくて豚だ。とにかく太っている。ぽっちゃり可愛いを超えている。その上、引きこもり。いや、本当に豚なもんで、人前出たくないから引きこもったのだが、能力の所為で予想以上に快適になってしまった。できればこのまま過ごしたい。
そんなわけで、美男美女カプに萌える私からすると、豚はお呼びじゃない。本当に、破棄して構わない。そして美女を娶って、私をニヨニヨさせてくれというのが、私の正直な気持ちだ。
「飛べない魔女はただの豚だ」
「そうですね。私は豚です。ぶひぶひ。ポテチを食べるのがお似合いで、お洒落して第二王子の隣を歩くのはちょっと……。あ、私のおすすめ聞きます? 銀髪が美しい【氷の魔女】とか、赤髪の愛らしい【炎の魔女】が見た目的にはお勧めです、ブヒ」
「わざとブヒとか入れるな馬鹿。いいか、よくきけ。太りすぎて異界に飛べないと、もうすぐ起こる疫病を治す薬が異界からお取り寄せできない。初めの患者たちを治せなければ疫病は世界を巻き込んで蔓延して、人間は皆滅ぶんだよ。そう【予言の魔女】が言っているんだ。俺はお前を更生させるまで、絶対婚約は破棄しないからな」
くっ。人が折角現実逃避したがっているのに。
でも仕方がない。問題は【予言の魔女】による予言だ。どうやら、もうすぐこの世界は滅亡するらしい。その理由は病気だ。この世界の医療知識では到底治せないらしく、この滅亡の未来を変えるには、私が異界に渡って薬を持って来る必要があるらしい。
だが一つ問題があった。
私の能力は異界渡りだが、異界の美味しいものを食べ過ぎて太り、更に容姿を笑われて過食に走って太り、引きこもった事で更に太り、異界へ渡る為の穴を通れなくなった。異界から物を取り寄せする能力はあるが、それは私が知っているものという制約がある。だから私が知らない薬は取り寄せられない。そして、取り寄せられないと病気が治せなくなり、皆で仲良く滅亡だ。
最初にその予言が出た時、私をあざ笑い引きこもりにさせた人達がこぞって出てくるように言った。でも無理だ。私は私の城を見つけてしまったのだ。脅されようがなにしようが、太りすぎてて、私を見る目が皆豚だと言っているのが分かる。知ってる。私は豚だ。そして豚な私は外に希望などない。私は異世界の美味しいものを食べて、滅亡の瞬間を迎えるのだ。すまん。みな、最期の瞬間まで頑張れ。
次に来たのは権力ある人達だ。私に外は楽しい。お洒落は楽しいと、色々吹き込みに来た。でも動くのは辛いし、豚がおしゃれしても楽しくない。なので、私は首を横に振った。私はチョコとポテチと炭酸飲料とインスタントラーメンと――とにかく美味しいものがあれば、それで幸せだ。
馬鹿にされても食べていれば忘れられる。お洒落などしたら、また似あわないと馬鹿にされるではないか。だったら最初からしない。
次は親兄弟をと考えた人がいたようだが、私は一人っ子だし、親族はいない。優しい両親がいたら、そりゃ世界を守る為に動いただろうけど、彼らは既に死んでいる。
だから皆諦めるか、私を巻き込まずに助かる方法を探せばいいと思う。
そう思っている時に最終兵器として投入されたのが、可哀想な第二王子様だ。普通ならこんな豚と結婚なんてさせられないだろうに、世界の危機の為人身御供になった。それは流石に同情する。
どうやら予言の魔女は厄介な事に、新しい案を出さず、私が恋すればきっと世界は救われると言ったらしい。馬鹿野郎。豚にできるのは食べることだけで、恋なんてできるわけがない。私は面食いだ。ものすごい面食いだから第二王子の顔は超好みだ。予言の魔女、良く分かってる。でも私は面食いだけど、面食いだからこそ、完璧な美が好きだ。第二王子の隣には豚では駄目なのだ。
豚の婚約者にされた第二王子は毎日やってきては私に話しかける。そしてダイエットをしろと色々発破をかけた。
この婚約破棄もその一環だ。よくやられるので、最近あまりドキリともしなくなってるけど。もう一手考えようぜとも思うけど、思うけど……少しだけ私は痩せてきている。
第二王子は義務でここに居るのだと分かってる。私を思いやるようなきつい言葉も、優しい彼の手料理も、毎日会いに来てくるのも、義務だ。義務だけど、引きこもりの私はそろそろ絆されてきている。
彼を殺したくなくなってきていた。それは恋なのか、友情なのか、良く分からない。分からないけれど、独りぼっちの私の言葉をちゃんと聞いてくれたのは彼だけだ。
聞いた上で酷い事は言うけれど、でも私を醜いと笑う事だけはしない。それは最初からだ。目を見れば分かる。たぶん義務だけではなく、本当に優しい人なのだ。
「あのさ。もしも私が痩せても……一緒に居てくれる?」
「は?」
「婚約破棄された後に、たまにでもいいから、遊びに来てくれる?」
婚約破棄は当たり前だ。して構わない。でも忘れないで欲しい。世界が滅ばなかった後、私は長い時を独りぼっちで居なければならないだろう。だからたまにでいいから思い出して、声をかけて欲しい。
「婚約破棄は冗談だ。しないから、痩せろ。世界が滅ばなくても、お前が病気で死にそうだ。お前はここで死んでいい奴じゃない」
「うん。分かった。いいよ。ダイエット、頑張るよ。じゃあ、まずは低カロリーのお菓子をお取り寄せしないと」
「お前、また異世界の食べ物を?!」
「いや、異世界にはダイエット食品なるものがあってね、低カロリーで素晴らしいんだよ」
「違うだろ。それ。食べたら痩せるじゃなくて、カロリー低いだけで食えばちゃんと身につくやつだろ。お前は、俺の料理を食ってればいいんだよ。異世界からはダイエット器具を取り寄せろ。そこらへんに転がっているのも含めて、俺が隣で使うのを見ててやる」
いや、だって、王子の料理、美味しいけどさ。でも、異世界のお菓子も美味しいんだもの。
……でも、流石にタイムリミットが迫っているし、これ以上ごねるわけにはいかないか。お腹につける奴とかは、低温火傷したし、あんまりつけたくないんだよなぁ。
「さあ、始めようか」
「えっ。今から?」
「ダイエットすると決めたんだろ?」
ニコリと笑った笑顔は素敵だけどなんか怖いんだけど。
えっ。マジ? 本気?
かくして、私と王子のダイエット攻防&婚約攻防は始まったのだった。
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