scene 5. ストレンジャー・イン・パラダイス Ⅲ

 スパをご利用の際はお声をおかけください、とサーラに云われていたのでそうすると、彼女はなかに先客がいないことを確かめ、通路に『PLEASE DO NOT ENTER入らないでください / Cleaning in progress清掃中』の看板を立て、貸し切り状態にしてくれた。

 なんだか申し訳ないような気もしたが、サーラはお客さまは少ないですし、お気になさらず、と云った。まあ、自分たちがいるとわかって騒ぎになれば、そのほうが迷惑がかかるかもしれない。ルカたちはありがたく心遣いに甘えることにした。

 プールやサウナ部分は男女共用で、シャワールームとロッカー、ゆっくりと寛げそうなチェアと、フリードリンクやスパ・ワッフルの置かれたテーブル、ウォーターサーバーなどがある広い脱衣所だけが男女別になっていた。温泉水が配合されたスキンローションなど、充実したバスアメニティが並べられた洗面台を見て、これで男性用なら女性用はどれほどの設備だろうと想像しながら、温水プールへと向かう。

 さらりと肌触りの良いタオル地のローブを脱いで、間隔をおいてずらりと並べられているラウンジャーに掛けると、三人は子供のようにはしゃぎながらプールへと飛びこんだ。

「――わはっ、気持ちいい!」

「思ってたよりぬるいね、泳ぐにはちょうどいいかも」

「ほどほどにしとかないとあとでバテるけどな」

 スパという、躰をリラックスさせるのが主な目的であるプールでは、泳ぐといってもコースを守って静かに泳ぐ程度で、大声で騒いだり必要以上に水飛沫をあげたりしないことがマナーだ。が、このときは貸し切りにしてもらったことで、三人はなにも気にせず思う存分に楽しんだ。

 泳ぎを競い、ばしゃばしゃと水をかけ合い、水中から脚を引っ張って驚かせる。がぼっと一瞬沈み、体勢を立て直して顔をあげるとルカは「やったな!」と泳いでユーリに近づき、仕返しにスイムパンツをずり下げてやろうと水中に潜った。――が。

「……いま気づいた。ユーリおまえ、なんだよその小っせえパンツ」

「ん?」

「なになに、どうしたの?」

 騒いでいたのが急に静かになり、どうしたのかとテディも寄ってくる。ルカは云った。

「ローブ脱いですぐ飛びこんだから気づかなかったけどさ。こいつ、すげえの穿いてやがるんだよ」

「すごいのって?」

 テディがきょとんとする。ルカとテディはビーチなどでもよく見かける膝上七、八センチほどのサーフパンツを穿いている。が、ユーリは――

「……ほんとだ。すっごい……」

 ユーリの前で潜ってみたテディは、笑うのを堪らえるように手で口許を押さえた。

 ユーリが穿いているのは、競泳用の黒いビキニタイプのパンツだった。極限まで小さくしたようなそれは、大事なところをかろうじて包み隠しているという感じで、その形をくっきりと浮かびあがらせている。

「よくそんなの穿けるな。どんだけ自信があるんだよ」

 ルカが半笑いで云う。するとユーリはちら、と視線だけをルカに向け、ふふんと笑った。

「おまえは自信がないのか?」

「俺は美意識に自信があるから、そういうものを選ばないんだ」

「美意識ねえ……そのだぶついたパンツは決して美的なセンスのあるものだとは思えないが」

「露出しすぎるのは悪趣味だって云ってんだよ」

 なんとなく火花が散る雰囲気のなか、そうと知ってか知らずかテディがぼそっと呟いた。

「つい笑っちゃったけど、でも似合うとかっこいいな。俺も次はそういうの穿いてみようかな……」

「おまえはだめ」

「おまえは絶対に穿くな」

 ふたりがほぼ同時に云うと、テディがなんで、と頬を膨らませた。


 プールを充分に堪能すると、三人はその後ジャクージで躰を解し、サウナで汗を流した。シャワーを浴びて脱衣所のチェアに坐ると急にぐったりと疲れを感じ、ウォーターサーバーの水を飲みながら休憩する。

 用意してきた新しいシャツに着替えてフロントにいたサーラに声をかけ、いったん部屋に戻ってからすぐにレストランに向かうと、夕食にちょうどいい時刻になった。





 夕食は伝統的なチェコ料理をアレンジしたフレンチ風のコースだった。サーラが配慮してくれたのか、観葉植物の陰になった窓際の隅のテーブルに案内され、サインや握手を求められたりすることもなく、ゆっくりと食事を楽しむことができた。

 だが、なんだかレストラン内はざわざわとしていた。テディは、こちらを見ないようにしながらも自分たちのことを話題にしているのじゃないかと云ったが、どうやら違うようだった。ぼそぼそと食事をしながら話している他の客たちの表情は皆なんとなく険しく、とてもホテルで贅沢なフルコースを楽しんでいるといった雰囲気ではない。

「……なんだろ? なんかおかしな感じだよね」

「まさか、スパが使えなかったって不満に思われてるんじゃないだろうな」

「ええ、俺たちの所為だってのかよ」

 ちょっと気になりはしたが、仮にそうだったとしてもどうしようもない、とルカは肩を竦め、三人は黙々と食事を続けた。


 腹を満たし、部屋に戻ろうとエレベーターに乗りこんだとき。閉じようとする扉の隙間から、制服姿の警官が見えた。なにかあったのだろうかと気にしながら部屋へと戻ると――程無く、ノックの音がした。

「はい?」

 サーラかな、と小声で呟きながらルカがドアを開けると、そこには洒落たシャツとジャケットを着た、中年の男が立っていた。

「……どちらさん?」

 怪訝そうにルカが尋ねると、その男は「お寛ぎのところすまんね……こういうもんなんだが」と、バッジと警察官の身分証を見せた。ちょっと驚いて、部屋のなかから様子を窺っているテディとユーリを振り返り、視線を交わす。

「警察がなんの用?」

「ああ、まだ知らなかったか……、実は階下したで事件があってね。ここへはさっきも来たんだが、不在だったんで」

「事件って、なにがあったんですか?」

 ドアのところまで来たテディがそう尋ねると、男は云った。

「殺しだよ」

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