第113話

太郎が、久美子に送り続けてきた手紙。

それは縁を切った息子の日々の出来事を、綴ったものだった。



113



愛野宅



「最初は、手紙を読まずにいたの・・・・だけど捨てる事が出来ずに、何通も溜まっていくばかりで。雅宗さんが隠していた手紙に気がついて、手紙を読んだのよ。あの人は貴方と一緒で婿養子だから、私に対してあれこれ言う事はなかったのに・・・・手紙を読みなさいって。私が幾ら突っぱねても、何度も何度も言ってきたわ」


いつも久美子の影になっていた、祖父の雅宗。

倖田へ婿入りした彼も、また肩身が狭い立場。

だが元々は会社を立ち上げた人間だった彼は、太郎に比べても父親らしい毅然とした態度の祖父だった。


「あんなにしつこく私に指図する雅宗さん、あれが初めてよ。だから・・・折れて手紙を読んだわ」


もう何通手紙を書いたか、太郎も覚えていない・・・

手紙は、ゲイである雅を知ってもらうための手段だった。

人と少し違うだけで、世間は異質だと判断する。

社会に出れば、嫌でも厳しい現実に直面するだろう。

それでも自分で自分を否定する事も出来ず、傷つきながらでも生きていかなければならない。

恋人の裏切り・・・職場での孤立・・・沢山の困難をつき進むには雅1人では辛すぎる。

だからせめて、味方が必要だと思った。

明や太郎は勿論のこと、一番の味方が肉親であれば彼ももっと強くなれると思ったのだ。

だから、久美子に手紙を送り付けていた。

雅は元気でやってますよ。

雅の就職先が決まりました。

明と殴り合いの喧嘩をして、部屋の壁に穴が開きました。

大学時代の恋人と別れました。

何気ない彼の様子から、家での出来事や、彼が傷ついて落ち込んでいる事も全て手紙にした。

久美子から何一つ、返事も電話もなかったが・・・読んでくれていると願って、諦めずに送り続けていた。


「あの子が好きで、その道に進んだわけじゃないと知ったわ。その道を突き進む事しか、あの子には選択肢は無かった・・・どんなに世間が冷たくても、その道しかあの子には無かったのね・・・。あの子に何度も、戻ってきなさいって言いたかった。だけど一番あの子を傷つけたのは私だから、顔を合わせられなかったの。だからせめて、あの子の人生が上手くいくように影で動いていたわ」


目に涙を溜めて、素直に気持ちを口にする久美子。


「ずっと顔を合わせずに居るつもりだったけど・・・・成長した明にあった時、我慢でなくなったの。雅が無理なら、明だけでも・・・・そう思って、無我夢中になって追いかけて・・・・傷つけてしまったわ」


「・・・・?」


初めて聞いた、明と久美子の再会。

2人に何があったのか・・・・太郎は疑問に思うも、ここ最近明の行動がおかしかった事に合点がいった。

明が何も言わないという事は、心配を掛けまいとしたのだろう。

だがそれは父親として、寂しい・・・・

少しは頼りにしててもいいのにと、太郎は沈痛な気持ちになった。


「実は、雅宗さん・・・今は人工呼吸器で生きながらえてるの」


「え・・・そんなに悪いんですか!?」


病院に居るであろう祖父の状態に、太郎は驚いた。

まさかそこまで酷い状態だったとは、思っていなかった。


「えぇ・・・・。私の一存で生きてますが、それも見てるのも辛くなってきました。3日後、装置を外そうと思います」


「・・・・・・・・」


「それまで、せめて雅と会わせてあげたいの。私がその場に居ればあの子も来づらいでしょうから、来る日は連絡してください」


「解りました。雅君には僕から伝えます」


「お願いしますね」


久美子自身の要件は終わり、彼女はスクリと立ち上がった。

玄関へと向かう久美子に続き、太郎もその後を追う。

そして無かった筈の明の靴が、太郎の目に飛び込んできた。

もしかして帰ってきてるのか?と2階へ続く階段を見上げる。

だが2階の廊下は真っ暗なままで、太郎は首を傾げた。


「あら・・・」


ガラガラと引き戸を開けた久美子は、小さな驚きの声を発する。

太郎は靴を履き、久美子の影から外の様子を伺った。


「犬を飼ってたのね」


門扉の前で、久美子が乗ってきた車を見つめて座っているモエ。

昨夜は明が泊まりで出かけると、モエを磯野さんの家へ預けていた。

それが今この場所に居ると言うことは、やはり明も帰って来ている・・・

そんな事を知らない久美子は、犬へ近づくと目線を合わせるように身をかがめた。

モエは相変わらずの落ち着きで、久美子に顔を寄せてクンクンと鼻を鳴らしている。


「あの時・・・欲しがっていた犬を飼ってあげてたら、少しは変わっていたかしら・・・・」


あの時・・・

太郎は彼女が言った言葉に、昔の事を思い出した。

明が小学生の時に、犬を拾ってきたのだ。

あまり物欲が無かった明が、初めて久美子に飼いたいとお願いしたが、彼女は頑として「駄目です。捨ててきなさい」と一歩も譲らなかった。

元々雅の口の悪さを真似していた所はあったが、久美子に対してババァ呼ばわりしたのはその時からだった気がする・・・


「実は私も、昔明と同じ様に犬を拾って来た時があったの・・・だけど、父に「駄目だ」って言われて・・・。だからあの時、本当は私も飼ってあげたかったのよ」


モエの頭を優しく撫でる久美子の表情は、懐かしいあの日の事を思い出しているようで少し悲しげに見える。


「雅宗さん、アレルギーなんですよね」


「知ってたの?」


「はい・・・」


太郎は、目の前の人が悲しいほどに不器用なんだなと思った。

自分も不器用だが・・・まだ本心を隠さないだけマシだ。


「明は家族の中で誰に似てると思います?・・・僕は、久美子さんに一番似てるんだと思うんです」


「私に?」


「思ってる事を口にせず、冷たい態度で自分を守ろうとするんです。本当は優しい一面もあるのに、敢えてそれを外に出さない」


「・・・・・・」


「とても不器用で、誤解されやすい・・・・。ですが今の明は、恋人の彼のお陰で思ってることを口にするようになりました。まだまだ不器用ですが、手に入れた幸せを逃したくないから、素直でいようとしてるんだと思います」


「太郎さん・・・」


久美子は体を起こして、太郎に向き合う。


「明に、本当にごめんなさいと伝えて。ご友人にも失礼な事を言ってしまったと。それと・・勤め先の代表の方に、改めてキチンと謝罪に行きます」


久美子は一体何をしていたのだろう・・・

本当は知りたいと思うが、ここは黙って彼女の言葉を受け入れ「解りました、伝えておきます」と頷いて見せた。

その太郎の言葉に久美子は満足したのか、細く微笑むと愛野の家を後にした。



114へ続く

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