第108話

可愛い恋人から、突然のお泊り要求。

期待と緊張で、童貞のようにソワソワしてしまう白田だった。



108



白田宅



身体が緊張しカチカチなのに、胸の鼓動は激しい。

自分の家なのに、まるで見知らぬ場所のような感覚に陥る。

現に着替えを用意している手元が、クローゼットの中で彷徨い探している物が見つからない。


「なぁ。先に入っとくから、着替え洗面所に置いといてくれよ」


寝室の入り口から明の声が掛かった。


「う、うん。解ったよ」


返事を返した自分の声が、微かに上ずっている。

明の足音が遠ざかったのを確認し、白田はその場に座り込んだ。


「はぁ・・・こんなの反則だ」


それは今からシャワーを浴びようとしている、明に向けられた言葉。

30分程前・・・・

朝日が昇りかけている頃、フスカルを後にした。

付き合う前ならばそこで別れタクシーで帰宅していたが、興信所の事が一段落した後から白田が愛車で明を家に送り届けていた。

勿論アルコールは閉店頃には抜け切るように、調節して飲んでいる。

今日も何時ものように、明の家に向かおうと駐車場を出た時だった。

明が爆弾を放り込んできたのだ・・・


『なぁ、お前ん家泊まってもいいか?』


車の中でそう言われた時、まるで日本語をど忘れしてしまったかの様に、頭の中は?マークがいっぱいになった。

反応出来ずに居た白田に、明は『何で無反応なんだよ。もしかして、部屋汚いとか?』と笑いながら続けた事で、漸く宿泊をご希望されたのだと理解できた。

勿論、願ったり叶ったりだった状況に、白田は二つ返事で返した。

だがそこからだ・・・いつもは何気ない会話をしながら帰る道のりが、白田の頭の中はあらゆる妄想が止まらなくなり終始無言。

甘い期待もあるが、それ以上に妙に気持ちが焦り緊張で手汗を掻く始末。


キスは数え切れないほどした・・・

あのキャンプの日以降、お互いの身体に触れる行為も・・・した。

だが未だ最後まではしていない。

何度か流れで最後までいきそうになるものの、場所が明の家なだけに・・・・出来ずじまい。

桃からの贈り物は、寝室のクローゼットの中に大切に仕舞い込まれたまま。

それがやっと、未開封のパッケージを開けれる日が訪れのだ。

明から家に泊まりに来たいと言ったのだから・・・きっと、彼も期待してくれている。


白田は明の着替えを用意するよりも先に、桃から貰った物を紙袋から取り出しベッドの方へと向かう。

流石におもむろに置いておくのはムードがないと、ナイトテーブルの引き出しにそれを仕舞う。


「これでよし」


引き出しの方へと指差し確認をし、再びクローゼット方へと体を向ける。

だが3歩進んでピタリと足を止めると、180度回転。

何故かベッドに戻り、今仕舞った物を取り出すと今度は逆側のベット脇へと移動した。

そしてもう一つのナイトテーブルの引き出しに、それを仕舞い直した。

ただ単に、利き手の方が取り出しやすいだろうという考え。

スマートな男らしからぬ落ち着きのない白田は、今度は既に整っているベッドを再び整え始めた。

皺一つない完璧なベッドメイキング。

枕の位置を微調整しつつ、それを少し離れて見たり・・・

それから既に明るくなっているベランダの窓に気づき、遮光カーテンは閉めた方ががいいのかと悩みだす。

カーテンを閉めてみたり開けてみたり、ベッドサイドのテッシュ箱の位置を変えたり、やっぱり枕の位置を修正したり・・・それだけで時間は過ぎていく。

そんな無駄な事をしてい間に、明がシャワーからあがっている事すらも気が付かない。


「なぁ、着替えは?」


バスタオルで身体を拭き終わった状態で、寝室に入ってきた明。

バスタオルを首に掛け、コンビニで買ったグレーのボクサーパンツを穿いているものの、今の白田には充分刺激的。


「あっっ、は・・早かったんだね。待ってて」


できるだけ明の身体を見ないようにと視線を向けず、クローゼットから自分の部屋着を取り出した。

本当は明が戻って来るまでに、軽い食事も作っておこうと思っていたのに計算が狂った。


「サンキュ」


取り出した着替えを明に手渡し「お腹は空いてる?」と気遣う。


「いや、寝る前は食わないから。お前も入ってこいよ」


「うん、そうする」


普段通りにしているつもりでも、自分の笑顔が緊張でぎこちない気がする。

それを明に悟られるのが嫌で、白田はさっさと寝室を出て風呂場へと向う。

それから煩悩に頭を支配されながら、シャワーを浴びた白田は、いざ出陣!とばかりに気合充分で寝室へと戻ってきた。


「明、お待たせ」


必死に平常心を装いながらながら、明に声を掛けたが・・・・・・


「・・・・・・・」


本人は、ベッドの上でご就寝。

布団すら被らず、寝息を立てている明に・・・・白田は膝から崩れ落ちた。


うん・・・・何となく、予想はしてた。

『いや、寝る前は食わないから』と言った明に、あれ?とも思ったけど・・


緊張している様には見えなかった、いつもどおりの明。

本人は普通に、泊まりに来ただけ・・・・

フスカルから1時間掛けて自宅に戻るのが、億劫だったのかもしれない。


「ふふふ・・・」


期待していたのは自分だけだったのかと思ったら、笑いがこみ上げてきた。

だけど、腹立たしいなんて事は微塵もない。

白田はゆっくり立ち上がると、ベッドで眠る明の傍へと歩み寄った。

丸くなって眠っている彼を起こさないように、注意を払いながら明の下敷きになっている布団を抜き取り身体にかけてやる。


「全く・・・何処までもマイペースなんだから」


歴代の彼女に振り回されていた時は、色々と面倒だと感じていた。

だけど今は違う・・・・

明のペースについて行けず、翻弄されれているのも悪い気分はしなかった。

それだけ彼にメロメロなんだと、酔っている自分さえ居た。


明の寝顔を覗き込み、そっと前髪をかきあげ顕になった額にキスを落とす。

本当なら、この寝顔を見ながら隣で寝たいところ・・・

だが期待で熱を帯びた体では、眠ることなど出来ない。

明が目を覚ました時の為に、食事を用意しておこう・・・・

恋人の頬のラインに沿うように、指の背を滑らせ「おやすみ」と囁くと白田はベッドから離れた。



109へ続く

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