第104話
倖田が会社へやって来たその日。
その時の事を、白田へ話す明だった。
104
愛野宅
明自室
就業時間フローラまで迎えに来た白田と共に、外で食事を終えてそのまま愛野家コース。
明の自室のソファに並んで座っている2人と、足元に寝そべっているモエが居た。
男はつい先程、部屋の片隅に置いてある紙袋を指差して「もうそろそろ、あれが何なのか教えてくれる?」と話題を切り出した。
紙袋は明が会社から持って帰って来た物で、中身はスナック菓子や箱のお菓子やらが飛び出して見え、何が入ってるか一目瞭然。
フローラの前で明が車に乗り込んだ時から、ず〜〜〜と白田はその紙袋の意味を知りたがっていた。
「ちょっと今日、色々あって」と何かを含んで言った明の言葉に、移動中や食事中も「まだ教えてくれないの?」と何度も訊いてくる始末。
あまりのしつこさに「同僚達からの差し入れ」と簡単に説明すれば、「え?何で?今までそんな事なかったよね!?」と再び質問攻撃。
こういう粘着的なしつこさは、付き合ってからも変わらないのだと軽く頭が痛くなった。
「差し入れの意図より前に、話さないといけない事がある」
「何?」
白田は手に持っていたマグカップをローテブルに置くと、身体を捻って明の方へと上半身を向ける格好で座り直した。
「今朝、会社に倖田が押しかけてきた」
「え!??大丈夫だったの!?」
「・・・その場に由美が居てくれて何とか・・・・あいつがオレより熱くなって倖田に噛み付くもんだから、オレの方は何とか冷静でいられた・・・」
そして明は、今朝の事を白田に話し始めた。
詳細とまではいかないが、簡単に噛み砕きながら社長の花園が現れて助けてくれたこと。
そして明自身が倖田のせいで精神的に追い詰められ鬱になり、証言や診断書により弁護士から内容証明が倖田に出されていると・・・・そして明が病んでいると真に受けた他部所の社員達が、明に差し入れを持って来たと。
「なるほどね・・・・その場は切り抜けられたのなら、良かった。花園社長が居れば心強いね。勿論・・・桜庭さんもね」
「まぁそれは良いんだけどよ・・・・・ちょっと問題になるかもしれない事があるんだ。お前にも関係する事だ」
巻き込まないでおこうと思っていたのに、今後の倖田の出方次第で巻き込んでしまうかもしれない。
心苦しい気持ちで、真剣な面持ちの白田を見つめる。
「実は、男の恋人が居るって婆に言った・・・もしかしたら、雅の時みたいに諦めると思ったんだ」
「・・・・・・・・・・」
信頼出来る相手ならまだしも、宿敵へのカミングアウト。
白田は明の言葉に一瞬目を見開くも、少し考えてから口を開いた。
「その言い方だと、相手は諦めなかったんだね」
「・・・・・脅しを掛けてきた。お前だなんて知られてないけど・・・・いや・・多分」
正直いって自信がなかった。
自分の交友関係は全てバレていないのだろうか・・・興信所が張っていた場所には、慎重に出入りをしていた。
だがもし、友人関係の一人として白田の情報が倖田の元へ渡っていたら・・・・
その考えが頭を過ると、心臓がヒヤリと冷たくなる感覚になった。
「明・・・」
膝の上に置いていた手に、男の手が重ねられる。
「大丈夫。明と付き合う時から、全て覚悟はしていたよ。それにね、俺も色々考えてたんだ」
「?」
「倖田がどうしても諦めないなら、俺から言いに行こうと思って・・・実は住所を調べておいたんだ」
「は!?」
「顔の広い取引先の人に聞いたら、すぐに解ったよ。その人の会社も倖田の土地だって聞いてビックリしたよ。・・・・・想像していたよりも、富豪すぎて躊躇したけど・・・・それでも俺は、明の事を諦めるように言いに行くつもりだった」
そうだ・・・・都内外れの場所だけではなく、都会や銀座までも土地を持っている。
駐車場や住宅、店舗や会社にも土地を貸し出している先祖代々から続く富豪。
それだけの土地を手に入れていた先祖に感謝すらせず、まるで自分の功績のように威張り散らしている倖田家。
そんな家に生まれた明の母や雅がまともだったのは、倖田久美子が我が子よりも家ばかりを大切にしていたお陰かもしれない。
反面教師が近くにいたからこそ、2人は普通の家庭を求めていた。
そして明も、2人と同じで平穏な家庭を求めている。
働かなくても何不自由なく暮らしていける環境に、何一つ惹かれない。
ただ・・・・太郎と新しい家族のモエ、そして目の前の男さえ傍に居てくれればそれだけで充分。
そしてそんな相手も、自分と同じ思いなんだと知った。
倖田から奪われる前に、まさか相手の住所を調べて乗り込もうとしていたなんて・・・・
「乗り込むとか・・・マジ・・信じらんねぇ・・・」
「どうして?めちゃくちゃ大真面目だったんだけど」
「マトモに会話できない相手だぞ?」
「ん〜〜実はね、乗り込む前に敵を知らねばと思って、雅さんに相談したんだ・・・・・そしたら、雅さんも参戦するって事になって」
「は?」
「今までの事が溜まりに溜まってるみたいでさ・・・それでそんな話してたら、桃さんもブルドーザー乗って、カチコミに行くってやる気になってたよ」
「ブル・・・立ち退きじゃねぇ〜んだから・・・・」
「桃さんの会社って、重機を設計製造している会社だったんだね。社長だなんて初めて知ったよ」
いやいや、問題はそこじゃない・・・・突っ込みたいが呆れて言葉が出ない。
思春期の時の明が、タイマンを張って勝てなかった相手は竜一と・・・雅。
雅が本気で怒った時の恐ろしさは、身を持って知っている。
倖田相手に身も凍る冷たい笑顔でネチネチ文句を言っている白田に、憂さ晴らしに怒り狂って暴れている雅と、ブルドーザーの上で燥いでいる桃を想像すれば・・・・カオスすぎる。
「つか!もう乗り込むなんて事は必要なくなっただろ!?オレに関わるなって弁護士が間に入ってるわけだし、それを無視してオレに近づくと裁判になるって婆も解ってるはずだ。それでも諦めないなら、連絡しろって社長に言われてるし」
「ん〜そうだね・・・・。ちょっと楽しそうだなと思ったんだけどな、残念」
「遠足行くんじゃねぇ〜んだよ・・・」
何をのんきな事を言ってんだ・・・・と盛大にため息を吐く。
ただ・・・そこまで考えてくれていたのは、素直に嬉しい。
倖田に恋人だと知られる事よりも、明が奪われることが白田にとっては重大。
少々無鉄砲な気もするが、常識が通用しない倖田に対抗するにはこれぐらい無鉄砲なのが丁度いいのかもしれない。
「はぁ・・・何か小腹すいたし、丁度差し入れあるし食うか」
食事をしてから少し時間がたった、精神的にもどっと疲れて何かつまみたい気分。
明はソファから立ち上がると、モエを踏まないように移動して紙袋を手に元の場所へ戻ってくる。
「何があるの?」
「甘いのから、塩系もあるけど・・・・」
袋を覗き込む明に、白田も一緒になって覗き込む。
そして突然、袋に手を突っ込んでいた明の手首が掴まれた。
お菓子には付箋でメモ書きしている物や、小さなメッセージカードも一色たに袋の中に入っている。
白田はそれを目にして、急に真剣な面持ちになった。
「明・・・検査していいかな?」
「は?」
「明へのメッセージ、俺も見る権利あるよね?恋人の手に渡る前に、ちゃんと検査させて」
「・・・・・・・」
検査って・・・検問員みたいに何を大層に言ってんだ・・・
カチコミ云々の時は少し嬉しそうに話してたのに、ここに来てジェラシー白田に豹変した。
そんな男に明は呆れた顔で、紙袋から手を放した。
それから差し入れとメッセージメモを、綺麗に一つ一つローテーブルに並べる白田。
そんな恋人の背中を見ながら、「いつになったら食べれるんだろうな?」と足元のモエに呟いた。
105へ続く
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