第103話

祖母との対立の最中、現れたフローラの社長。

どうやら花園社長と倖田は、何かしらの縁があった。



103



何を言っても一方通行の相手に、苛立ちが募る。

この場に由美が居てくれて良かった。

そうじゃなかったら・・・・白田への脅しの言葉が出た時点で、相手が女性だろうが老人だろうが手が出ていたかもしれない。

だが何とか冷静を保てるのも限界に近い・・・由美の腕を掴んで、この場から離れようかと思った。

そんな矢先。

遠巻きで見て居たがや達から、気合いの入った挨拶が飛び交い始めた。

そして背後に居た由美も「おはよう御座います」と、張った声が発せられる。

やっと異変に気がついた明は、左側から誰かが近付いて来るのを感じて視線を向けた。


「桜庭さん、おはよう御座います。愛野君も、おはよう御座います」


いつも穏やかな笑顔の、フローラ代表取締役社長の花園からの挨拶。

明も、瞬時に丁重な動作で挨拶を返す。

本当ならば、社長よりも先に挨拶をしなければならない立場。

だが花園はまったく気にしない様子でニコヤカな表情で明に頷いて見せ、そのまま倖田へと顔を向けた。


「倖田久美子さん」


花園の口から、出てきた祖母のフルネーム。

明の背後の由美が、小さな声を発して驚いているのが解った。


「先日弁護士からお送りさせて頂いた内容証明は、まだ御確認されていないのですか?」


そんな花園の言葉に、明は目を見開く。

雇われた興信所だけではなく、まさか倖田直接にアクションを掛けてるとは思わなかった。


「私は興信所に依頼をしただけです。行き過ぎた調査をしたのは、興信所が勝手に行った事。私には何の責任もございません」


「ちゃんと目を通してはないのですね」


「どういう事です?」


「愛野明君の親族でもあった、貴方の心無い行為により、彼は大変なストレスを抱えて日々過ごしていました。それは仕事に支障を来たすほどに」


ん?まじで?

確かにストレスは感じてはいたが、仕事ぶりは至って変わらないはず。

それどころか、白田と恋人になれて逆に気分よく仕事をこなしていたと思っていたが・・・


「それは彼の上司や、同僚達からの証言も取ってあります。そうですね、桜庭さん」


突然振られた由美。

再び明の背後で「え」と小さく呟くも、すぐさま明の隣に立つと真っ直ぐ倖田を見据えてこう言った。


「はい、それは見ていられない程に傷心しきっていました。まさか元!親族がこんな仕打ちをするなんてと・・・・日々嘆いていました。そんな彼を見ていたからこそ、先程はつい感情的になってしまいました」


【元】を強調する由美。

悲しそうな表情でそう言ってのける由美に、主演女優賞を送ってやりたいほどの即興の演技。

横目で由美をチラリと見ると、由美も意味有りげに明に視線を送った。

至って普通に仕事をしていた筈だが、上司の由美がそう捉えていたのなら・・・・きっと、自分で気付かずに傷心しきっていたのだろう。


「医務室での診断書もありますよ」


診断書・・・確か数日前に、上司の梅田から言われて社内にある医療室に行った。

そこで専属の医者に「最近どうですか?」と聞かれ、他愛ない話をした記憶がある

確か最近見た映画の話とか、どこの美容院で髪を切っているのだとか・・・医者の愛娘のノロケ話とか・・・

決してストレス感じてます、なんて事は口には出してない・・・・だしてないが・・・もしかしたら医者の目から見て、気が触れるほどのストレスを抱えていると思われていたのならばそうなのだろう。


「愛野君は我社の大切な社員であり、戸籍等関係なく守るべき大切な家族だとも思っております。彼にはこれ以上傷ついてほしくないと・・・貴女に接触しないように、警告文をお送りさせて頂いたのですよ」


淡々とした花園の話しに、倖田はみるみる顔が赤くなり唇が微かに震える。


「そんな事、飲めるわけがないでしょ!この子は、倖田の跡取りです!!部外者は黙ってて!!」


いつもの上から目線の物言いは消え去り、ヒステリックに叫ぶ祖母。

明は自分の会社の社長に、食って掛かる祖母に頭が痛くなる。


「久美子さん・・・昔のまま・・・何一つ変わってませんね。50年経ってもなお、思い通りにいかなければそうやって感情的になるんですね」


「え・・・?50年?」


2人には何かあるのでは無いかと感づいていたが、50年前の知り合いだったとは・・・・明は花園を呆然とした表情で見る。


「そう・・黙っててすまないね。久美子さんと私は、中学校の同級生なんだよ」


「・・まじか・・・」


「そんな事、覚えてないわ!」


「そうですね。虐める側には記憶になくとも、虐められた側は一生覚えているものなんですよ」


「「!!???」」


これには明も由美も、驚きすぎて言葉を失う。


「貴女に虐められて、登校出来なくなった生徒も居るのに・・・そんな事もお忘れでしょうね。そして私もその一人ですよ」


「・・・・・・」


「もしかして、誰かを虐めた事すらも覚えてませんか?貴女は貧困の家庭や片親の家庭の生徒に、常に威張り散らしていました。相手がどんな気持ちになるかなんて、想像すらしないんでしょうね。私も貧困であり母子家庭でした・・・・私の事を幾ら酷く言ってもまだ我慢できましたが・・・ただ貴女は私の母の顔に出来た火傷痕を、散々ひどい言葉で罵って笑いものにしましたね」


顔にできた火傷痕・・・。

幼少期の花園を庇い、出来た痕。

その痕を気にして着飾る事をしなくなった母の為に、フローラを設立した花園。

いつもニコニコと笑って、いつまでも若く綺麗な花園の母親に・・・・祖母は・・・どんな言葉を言ったのかは、想像できる。

母親を大切に思っている花園にとっては、倖田の言葉に耐えられなかったのだろう。


「最低・・・だ・・・こんな人と血が繋がってるなんて思いたくない・・」


「違うのよ明。それは子供の頃の話で」


「花園社長も言っただろう、虐めた側は覚えてなくても、虐められた側は覚えてるって。その通りだ・・・『貴方達は居なかった、倖田には要らない人間だ』オレや親父だけじゃなくて、息子の雅にまで言った言葉だぞ。あんたは覚えてなくても、オレも親父も覚えてる。雅だってオレ達以上に、今でも深く傷ついてる!!いいか・・・・愛野家の家族はオレと親父、雅の3人だけだ。お前の方が!!!・・・オレたち家族にとって不要だ・・・」


「・・・・・・」


倖田は悔しそうに顔を歪ませると、何も言わずさっと身体の向きを変えパタパタと早足でその場から立ち去った。


「諦めたかしら・・・」


「さぁ・・・・」


由美の呟きに、明は曖昧な返事を返す。

正直・・・わからない。

なんせ、弱みを握らせる事になった。

ああ言えば雅の時のように、あっさり引き下がると思ったのだが・・・・裏目にでてしまったかもしれない。

これ以上余計な事をしなければと、祈るしかない・・・


「社長、すみませんでした。祖母がそんな酷い事をしてたなんて・・・」


「君が謝ることじゃないよ。彼女とはもう家族じゃないだから。それにさっきも言った通り、フローラに務める社員たちは私にとっては家族だと思っているよ。もし、また何かあったら私のプライベート番号に連絡しなさい」


わざわざ【プライベート番号】と口にする相手に、明はぷっと吹き出しそうになるのを必死で我慢する。

他の社員の手前、会社内では普通の社員として接しなくては・・・

そして「そろそろ始業時間だ」と社長の手で肩を押されながら、会社へと向かって足並み揃えて歩き出す。


「そんなにオレ、ストレスでやばかったんですかね・・・」


「聞くところによると〜〜。笑顔が増えたり、鼻歌を奏でながら機嫌よく仕事をしてたと耳にしたが・・・・心身ともに疲れすぎて、空元気になってるのだろうと私は思っていたんだがな〜〜」


白々しい代表取締役社長。

流石にこれには、明も声をだして笑った。


心強い味方・・・・倖田に癒えない傷を付けられた過去があるから、余計に明の事を気にかけてくれていたのだろう。

いや・・・もしかしたら、これが花園の復讐だったのかもしれない。

倖田にとって大切な存在を奪う・・・・言い方は悪いが、結果として祖母以外誰も傷つかない。

色々と因縁があったお互いの家庭。

花園の復讐の駒だったとしても、それはそれで構わない。

偶然とはいえ、この人と出会い、フローラで働ける奇跡に心の底から感謝した。



104へ続く

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