第101話
体を動かすことを日課としていた雛山の変化に、いち早く気づいた鷲森。
彼女の言葉に、俄然やる気がでる雛山だった。
101
双葉広告代理店
デザイン部
「あれ?雛山君」
出社してきた雛山と挨拶を交わした直後に、鷲森は首を伸ばして青年をマジマジと見る。
「はい?」
「何か・・・してる?」
「?してるとは?」
鷲森の質問に首を傾げる雛山に、彼女はわざわざ席を立ち青年の全身が見える場所まで移動してきた。
「何か、変わった気がするのよね。何だろう・・・」
顎に手を当てて、雛山を見ながら考える素振りを見せる鷲森。
そんな彼女に苦笑いするしか出来ない雛山。
そんな時、雛山の背後からポンと肩を叩く人物が居た。
「雛山、最近ボクシングジムに通ってるんすよ。それでじゃないっすか?」
仲よさげに雛山の首に腕を回し、肩を並べて立つ鷹頭。
「え!?そうなの!?凄いじゃない」
「いや、ボクシングをしている訳じゃなくて、スポーツジム代わりですよ?それに、週イチでまだ3回しか行ってませんし」
たった3回で成果がでるとは思ってないが、明の言われた筋トレは家でコツコツと続けていた。
もしかしたら、そっちの成果かもしれない。
なんせ最初は10回の腹筋でもひぃひぃ言っていたのに、今では20回は軽くこなせてしまう。
継続は力なり。
そんな言葉を実感できている。
「解った、ほっぺがシュッとしてるのよ。ほらっ」
鷲森は雛山の顎を掴むと、無理やりに横を向かせた。
「うん、頬から顎にかけてのラインがシャープになってる。元々太ってるわけじゃないから、パッと見た感じじゃ解らなかったのね」
「雛山、良かったな。メニューこなすのしんどいって言ってたけど、こうやって変化に気付いてくれる人が居たら、やって良かったって思えるだろ?」
「うん」
確かに、自分じゃ気付かなかった変化を人に教えてもらえば、今後のやる気にも繋がる。
相変わらずジムでのメニューはハードだと感じるし、明が同じ日に入っていなかったら辞めていたかもしれない。
とりあえず1ヶ月通い続けてから本格的に続けるか否かを考えるつもりだったが、鷲森の言葉に続けてみようかなと思えた。
「週イチでも、汗を流すって気持ちいいよなぁ」
「鷹頭君、高校で野球してたって言ってたわよね」
「そうなんすよ。スポーツ全般は好きだけど、社会人になったら遠のいちゃって。休日は昼まで寝ちゃってるし・・・・もう腹回りがヤバいっす」
「ねぇ鷹頭。なら、一緒に僕と通ったら?」
「え!?ボクシングジムに!?」
思わず口をついて出た提案に、自分でも良い案だなと思えた。
鷹頭も一緒に通ってくれたら、もっと頑張れる気がする。
「良いじゃない!知り合いが居たほうが、気が楽だろうし」
「・・・・まぁ、それは良いんですけどねぇ・・・。愛野さんに関わったら、また白田さんに・・・・」
肩を落とす鷹頭の言葉に、あぁ〜そっちの問題かと雛山も一緒に肩を落とす。
「ん?愛野さんがどうしたの?白田さんが何なの!?」
そこら辺の事情を一切知らない鷲森は、興味津々とばかりに前のめりになる。
自社のイケメンと、他社のイケメンの名前が出たのだから、女性としては気になるところだろう。
「いえっ、何でもないんです。あっ!!もう、始業時間になっちゃいますよ」
雛山は事務所内の時計を指差し、空いた手で鷹頭の背中を押してその場から去るように促す。
そんな雛山の思惑を察知した鷹頭は「じゃ」と自分のデスクへと向かい、雛山も側にあった椅子にさっさと着席。
聞けず終いの鷲森は「えぇ〜気になるぅ」とボヤきながら、トボトボと雛山の向かえの席へと戻って行った。
雛山は彼女が椅子に座ったのを確認すると、かばんの中からスマホを取り出しLINEを起動させる。
『白田さんはジムに通ってないし、一度見学に来てみたら?』
と鷹頭にメッセージを送った。
友達と一緒に何かをする・・・・そんな経験がない雛山にとって、鷹頭がジムに通ってくれればどんなに楽しいだろうと、2人で運動しているシーンを頭に思い描く。
良い返事が返ってくるのを期待しつつ、スマホをカバンの中へと仕舞った。
******
早朝。
今日から電車通勤に切り替えた明。
相変わらずの込み具合の電車を体験して、駅から出ると一気に開放感を感じる。
だが歩道にも、これから会社へ向かう人達で溢れかえっていた。
その波に乗るように、明もフローラへ向かって歩きだす。
バイク通勤がこれほど快適だったんだと、バイクを返してから気付いた。
物置にあったバイクだからと、雅はそのままバイクを明に譲ってもいいと言ってくれたが・・・・通勤には便利だが、寄り道する時は不便。
営業として先方からそのまま帰宅する事もあったり、バイクに積めないほど荷物が多い時もある、それに一番厄介なのは雨の日だ。
雨の日はスーツの上に、厚着&レインコートのフル装備で乗らなくてはならないので、不快な思いをしてバイクを走らせていた。
もうこの際、車を買おうかとも思ったが・・・自車での通勤は条件がある。
役員でも無いし、府内に住んでいる明にはその条件に当てはまらず、車で来ても外のパーキングを使用しなくてはならない。
月額で借りれるパーキングは遠い・・・それはそれで面倒だ。
だが・・・・車を購入するのはいいかもしれない・・・
今しがた、横の車道を走った一台の車を見てそう思った。
アウトドア向けの軽ワゴン。
休日はああいう車で、アウトドアをしに行くのもいい・・・
助手席には白田が乗り、後部座席にはモエが大人しく座っている。
そんな光景を想像して、口元が緩む。
先週末から、愛野家の一員となったモエ。
白田と飼い主のもとへ相談しにいったのだが、色々と話している内に「モエも愛野さんを信頼していますし、最後まで責任持って飼ってくれるならば」と譲り受けのだ。
ただ昼間は留守になる愛野家、番犬としてモエを留守番させるのも考えたが、このまま犬兄弟達と別れさせるのは可愛そうだと思い、昼間だけは飼い主の家へと預ける事となった。
今日は仕事が終わり、白田が車で迎えに来てくれる予定。
その後買い物を済ませ、モエを迎えに行って2人と1匹で愛野家へと戻る。
ただそんな味気ない予定でも、明にとっては就業時間が待ち遠しく思える。
ほんの小さな幸せを感じられる毎日。
そんな幸せを心の中だけでひっそりと噛み締めている明だったが、それは度々外に溢れ出てしまっているようで・・・・社内では明の変化に気付いた人間も居た。
今まで悪評だった明の噂に、新たに好意的な噂が出始めているが本人は一ミリも気付いていない。
「おっはよ〜〜〜」
パシンと肩を叩かれ、挨拶と共に横に並ぶ由美。
「ん〜〜」
「今日は、そのまま営業部へ行くんでしょ?」
「そ」
由美の言葉に、短いながらも返事を返す明。
フローラの会社が近づいてきた頃、由美と内容のないやり取りをしながら広場へ向けて足先を変える。
その瞬間・・・
「・・・?」
明の視界の端に、見知ったシルエットが入り込んだ。
それが何なのかと明の瞳が車道へ向けられた瞬間、ピタリと足を止める。
「?どうしたの?」
急に立ち止まった明に、釣られる由美。
明の視線の方角には、車道に止まった一台の高級車。
そしてその車の横には、着物姿の年配の女性が立ち真っ直ぐ明を見ていた。
102へ続く
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