第82話

初めてのバイク体験に、緊張する雛山。



82



明と白田がサービスエリアを出てから、少し時間を遡る。

雛山宅前。

緊張気味な表情で、竜一が乗ってきたバイクを前に立ち尽くす雛山。

これからの初体験で胸はドキドキである。


「お前、頭ちいせぇなぁ」


渡されたハーフヘルメットを被っていた雛山。

留め具の紐が余りすぎてダルダルになっている。

それに気付いた男は、雛山の正面へと移動して青年を見下ろす。


「上向け」


言われたとおりに上を向く。

紐を調節する男の手の動きを、顎当たりで感じる。

青空を仰ぎながら、自分の家の二階部分が視界に入った。

なにげにそっちに視線を向けると、窓際に母と父が立っている事に気付く。

それも雛山の部屋の窓。


えぇ〜〜何してんのぉ〜〜!?


雛山と竜一の方を見下ろしている2人に、息子の友人が気になっての事だろうと予想はつく。

昔は形だけの友人を、家に連れてきたことはある。

だがそれはゲイだとバレる前の事。

離れていった友人が二度と家に来ることもない。

息子には長く付き合うような友人は居ないと・・・・口には出さないが2人は心配していたのだろう。

そこからの突然家を訪れた男。

歳も離れているし金髪の強面となれば、親としてはどういった友人!?となるはずだ。


「出来たぞ」


「あ・・・お手数をおかけしました」


「ありがとう、だろ?」


「有難う御座います」


男の手がパンパンと雛山の頭をメット越しに叩く。

そしてそのままバイクにまたがり、自らもメットを被る竜一。


「乗って良いぞ」


「・・・・・はい」


どうやって?

腰より高いバイクの後ろに、どうやって乗り上げればいいのか・・・・返事はしたものの、行動に移せない。


「俺の肩掴んで、このステップに足を掛けるんだ」


雛山の戸惑いに気付いたのか、男は顔を横に向けてそう指示をしてくれた。

その指示の通り竜一の肩に手をおいて、左足をステップに掛けてそのままよいしょと体を持ち上げ無事に座ることが出来た。


「やった、出来たっ」


思わず口についた言葉に、前の男がクスリと笑う気配を感じた。

子供っぽいと思われたかもと、恥ずかしくなる。


「あまりスピードは出さないようにするけど、怖かったら言えよ」


「はい」


「落とされないように、ちゃんと掴まっとけよ」


え?何処を?

と訊く前にエンジンが掛かる。

すぐに発進すると勘違いした雛山は、とっさに竜一のウエストに手を回してギュッと力を込めた。

一瞬、男の背中がビクリとするものの・・・・相手は何も言わずそのままバイクを発進させた。


想像していたよりも揺れも無く、体を撫でる風が心地良い。

10分も走っていればバイクに慣れて、周りの景色を見れる余裕まで出てきた。

バイクとは無縁だった自分が、誰かの後ろに乗せて貰える日がくるなんて・・・

明と白田に出会いが転機となり、自分の環境が大きく変わっていった。

初めて体験する事も多い中、【格好いい】イメージだったバイクをも体験出来た。

たったそれだけでも、お膳立てしてくれた明に感謝してしまう現金な雛山。

竜一と会う前日まであれだけ悩んで気が重かったのに・・・いざ顔を合せれば、相手は何とも思ってないような素振り。

男が言った通り本当にスピードを制御して走ってくれている心遣いに、子供のような扱いも気にならなくなった。


『本当に行かなくちゃいけないですか?』


つい昨日、そう明にLINEを送った。

そんな雛山に明は『そんなに行きたくねぇ〜のかよ』と呆れた返事が返ってきた。

そして続いて

『あいつは今まで出会った中で一番、情のある奴だぞ。子供好きで、昔はあの顔で保育士になりたいって言ってぐらいだしな』

そんな竜一の昔の夢に、思わず吹き出してしまった。

夢の保育士から、どうボクサーに切り替わったのか・・・・接点がなさすぎて謎。

ほんの少し竜一の面白い一面を知ったお陰で、当日は緊張はしたものの会いたくないと思う気持ちは無くなっていた。

【あの顔で保育士】

明が言ったその発言を思い出す。

雛山は男の背中に身体を預けながら、思わずふふふと笑いを漏らしてしまった。



******



「そんなに本気で走るのか?」


大きなスポーツ用品店が入っている建物の駐車場にバイクを置き、ようやく落ち着いて会話が出来るようになった。

一階にエレベーターが降りてくるのを肩を並べて待つ間、今日呼ばれた経由を雛山の口から聞く竜一。


「出来れば・・・体力つけたいなぁと」


「なるほどな。靴は確かに有った方がいいが、ウェアは居るか?手持ちの服で十分だろ?」


「そうなんですけど、白田さんが続けるなら形から入れって。良いものを揃えた方が、続けやすいとか」


「身体を動かすのが好きな人間なら、どんな形でも続けれるけどよ・・・・康気は何かスポーツやってたのか?」


ごく自然に呼ばれた下の名前。

雛山はドキっとして、過剰に反応してしまう。

変に意識してしまった気持ちを何とか抑え込み、平然を装う。


「全然です」


「・・・・ちなみに体育は得意だったか?」


「常に休みたかったです」


雛山の言葉に、何も言わなくなる竜一。

相手の反応が気になる、チラリと横目で男の顔を見上げる。

竜一は、困ったように苦笑いしている。

運動音痴。

自分に当てはまる言葉。

思いつきで走るもんじゃないのかもしれない・・・・


チンと音と共にエレベーターが到着して扉が開く。

誰も乗っていない箱に、竜一は早々と乗り込む。


「それなら続けるのは難しいかもな」


「う・・・」


自分でも自信がなかったが、人からそう言われると確信に変わる。

肩を落としてエレベーターに乗り込む雛山に、男はとんでもない事を言い始めた。


「うちに来ればいいじゃねぇ〜か」


「えっ!?」


「1人でやるより効果はあると思うぜ」


「やっだって、普通のジムじゃないんですよ!?」


「倖田。じゃなくて明みたいに、身体絞りに来てるだけの人間も居るぜ。人それぞれに合ったプログラム作ってるしよ」


「ん・・・・・・」


「何も不慣れな奴にいきなりハードな事は言わねぇ〜よ。おっ着いたぞ」


用品店がある階に到着し、扉が開く。

先を歩く竜一に、難しい顔して後に続く雛山。

確かに・・・高いランニングシューズを買ったところで三日坊主で終わる気がする。

だからと言って、普通のスポーツジムではない所で身体を動かすことがどんな感じが想像がつかず、続けられるかも予想も出来ない。

二度顔を出しているので、ジム内の雰囲気は解っているが・・・・明が身体を動かしているのを見ると、一般人にしてはハードに見えた。

あれよりもソフトだと想像しても・・・・腹筋10回が限界だ。

いや・・・10回も危うい。

あまりにも運動が出来ない姿を見たら、彼はどう思うのだろう・・・と前を歩く男の背中を見つめる。

失礼な物の言い方をする男だから、きっと腹を抱えて笑いそうだと予想する。


断ろう・・・


雛山はこれ以上醜態を晒すのは嫌だと、ジムの件は断ろうと決めたのだった。



83へ続く

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