理想の2人と水族館デート
理想の2人と水族館デート
長い片思いを諦める方法の一番は、新しい恋をすること。
そう思って、同僚や由美に合コンをセッティングしてもらい何度か参加をするが・・・・ピンとくる人が居ない。
連絡先を聞かれても、変な期待をもたせるのも嫌なのでお断り。
そんな日富美に、周りの女子は「何度か会ってみないと、その人の人となりは解らないわよ」と説教された。
それもそうだ・・・・
初恋の相手である明も、見た目と中身のギャップが半端ない。
普通の人間なら、口を開けば言葉もキツく無表情の彼に、もう関わらないでおこうと思うかもしれない。
けれど、深く付き合えば彼の不器用なりの優しさが見えてくる。
ポテサラが大好きで、コンバースには目がない。
彼の中身を知れば、全てに魅力を感じるようになる。
浅い付き合いで彼を知ろうとしない人が、どんだけ損をしているか・・・・・・と日富美は思っていたところで、それを言うほど親切でもない。
清楚系で理系の彼女。
フェミニンな雰囲気で大人しいと見られがち、大体の男性は彼女を一目見て守ってあげたいと言う。
だが彼女もまた、普通の女の子。
由美みたいにハキハキと言葉は発せられない分、多少は計算して動く事もある。
腹に末兼ねている黒い部分も勿論ある、ただそれを表に出すと自分が損することを知っているのでしないだけ。
間違った恋愛感を持ったイジメっ子や、ストーカー上司に好かれるぐらいには異性から好意をもたれやすい。
普通に交際を申し込まれることも多かったが、明の事が頭に過ってしまいずっと断り続けていた。
だがいい加減、明の事を断ち切って次へと進まなくてはならない。
彼には素敵な恋人が出来た。
2人が一緒に居るのを見ると、不思議と嫌な気持ちにはならない。
だからもう明に対しての気持ちは無くなったモノだと思っていたが・・・・出会いを求めて知り合った男性と、明をどうしても比べてしまう。
なので「何度か会ってみないと、その人の人となりは解らないわよ」を実行して、友人に紹介された男性と日富美は2人きりで出掛けてみようと思ったのだ。
「いや〜、日富美さんみたいな可愛らしい人に、彼氏が居ないなんて」
休日の駅前で男性と待ち合わせした日富美。
初対面でそう言われると悪い気はしないが、自分の外面だけ見られているようで素直に喜べなかった。
そこから王道のデートスポットである、水族館へと向かう事になった。
連休の初日と言うだけあって、魚もろくに見えない状況の水族館。
魚に一切興味がないような男は、ずっと日富美に話し掛ける。
「何故、彼氏が居ないの?」とか「どんな人がタイプなの?」などの質問ばかりで、水族館に来た意味がない。
日富美としては久々の水族館で、優雅に泳ぐ魚を見たいところ・・・・
実は海洋物や水産物に詳しい日富美。
父からプレゼントしてもらった【海の生き物図鑑】を眺めるのが好きだった少女時代。
水槽の横の説明プレートを見なくても、その魚の特徴等は頭に入っている。
それを知っているのは、仲の良い友人だけ。
普通に話していた時は、大抵の人は日富美の魚好きを変わり者として見、「マイナスになるから言わないほうがいいよぉ」と助言する人も居た。
きっとこの男が水族館を行き先に指定したのは、紹介した友人の提案だろう。
「あれっあそこ、物凄い人だかりできてますね」
男はある一角のコーナーを指差す。
そこには女性達の山が出来ていた。
「可愛いラッコかペンギンが居るんですかね?」
そう男が言うが、その水槽の前には【タカアシガニ】と記載している。
カニに女子が群がっているとは思えない。
それか、いつの間にか世の女性達の間でカニブームが来ているのだろうか・・・
首をかしげている日富美に、その女性たちの山が開けた。
「焼いて食べるのが一番美味いよな。あれだけ足が長けりゃ、身もすげ〜って」
「そうだね、一杯も食べれるかなって量だろうね」
水族館あるある、泳いでる展示物を食用に例える人。
まさかそれが、日富美の知り合いだったとは・・・・
女性たちが群がっていたのはカニではなく、開けた山から出てきた美形カップル。
休日の水族館は家族連れやカップルや女性グループが目につく、男性だけのグループはまず珍しい。
その中でも飛び抜けた、モデル体型で芸能人も真っ青の顔の整った2人なら、そりゃ〜魚を差し置いて展示化してしまうだろう。
「うわ・・・・芸能人かな。2人とも背高いし、顔ちっさ」
隣に立つ男が、2人を見て呆然と感想を述べる。
ここは・・・知らぬふりをするのがいいのだろうか。
「あ・・・イチニ」
日富美がどうするべきかと悩んいる間、明の方が日富美の存在に気がついた。
しまったと思う日富美。
気づかれる事はこの際いいのだが、2人のデートの邪魔をするのが悪い気がした。
「ははははっ。家出る時も一緒で、向かう先も一緒かよ」
明は笑いながら、日富美の前へと歩み寄る。
今日家を出る時、明とバッタリ出会った。
そのまま話しながら駅に向かったのだが・・・・まさか、ここで再会するなんて。
「えっ知り合い?家出るって・・・」
狼狽える男に、困ったように笑う日富美。
そして明の後からゆったりした足取りでやってくる白田は、気分を害した風でもなくいつもの笑顔。
「こんにちは。偶然だね」
「こんにちは、白田さん。偶然家を出るのが一緒で、まさかここで会うなんて」
「誰?」
白田と当たり障りない会話の中、明が日富美のデート相手を顎でくいっと指す。
初対面に対して、失礼な態度。
男は少しムッとした表情になる。
「ええぇ〜と友人に紹介されて・・・」
何と言えばいいのか。
カレシでもないし、友人でもないハッキリしない回答の日富美に男はズイっと一歩前に出る。
「水仙さんと交際をと思ってます、微井田(びいだ)です!!」
「!?」
まだお互いの事を知らないのに、気が早いのでは!?と日富美はビックリした表情で男を見る。
「ふ〜〜ん・・・イチニとね・・・」
明の視線が鋭くなる、男より少し身長が高い明は上から見下すように視線を向ける。
「仕事何やってんだ?長所と短所は?家族構成は?長男じゃねぇ〜だろうなぁ」
ズイっと男に詰めるように顔を近づける明。
相手の素性を聞き出そうとする明は、父親的発言。
微井田はさっきの勢いはどこかへ、明の迫力に押されてタジタジになり一歩後ろに退く。
「いいかぁ。こいつと付き合いたければ、まずオレに挨拶しに来いよ」
「明」
明の肩を抱いて、微井田から遠ざける白田。
それはこの場もあるからと気を使っている行動だと思ったが、「近すぎるから」と明にポソリと小声で言う白田の声が日富美の耳にも入り、相変わらずのヤキモチだと判明。
「ごめんね、水仙さん。邪魔して。明、連れて行くから」
「いえ。こちらこそ、ごめんなさい」
「あぁ〜?まだこいつの事、何一つ聞いてねぇ〜ぞ」
「あっほら明、あっちに脂の乗ったサバが泳いでるよ」
「どれ?」
白田は明を誘導するように、肩を抱いてそのままサバの大群が泳いでる浴槽へと向く。
そして明の肩越しに、日富美に振り返りヒラリと手を振った。
それを見て日富美は、ニコリと笑いかける。
「何・・・彼」
「ごめんね、幼馴染なの。私の事心配し過ぎて、あんな事言ったの。気にしないで」
いつもと逆転。
明の事を母親のように甲斐甲斐しく世話をやいていたのに・・・
明が結婚を報告しに来た彼氏を、値踏みするような態度を取るとは思ってなかった。
それがおかしくて、日富美はふふふと笑いを漏らす。
「・・・・何で男同志で水族館なんて来てるんだ?あの2人なら女も選り取り見取りだろうに・・・」
「2人とても仲が良いから」
「本当に?」
水槽の前の2人。
白田の手は明の肩から腰へと回されている。
どう見ても・・・・・仲が良いだけには見えない。
そんな2人を、デートの時はあまり隠そうとはしないんだと日富美は関心してしまった。
てっきり明が嫌がるものだと思っていたが、ごく自然な2人の空気感に自然と口元が緩む。
「えっ!?もしかして、付き合ってんの?」
2人の背中を微笑ましくも羨ましく思っていた日富美の横で、微井田は大袈裟に驚いて見せる。
そんな彼に、少しイラッとしてしまう。
「えっホモってやつ?うわぁ・・・勿体ない」
「勿体ない?」
相手の口から発さられた差別的な言葉に、日富美は怒りがこもった目で男を見る。
「だってあんなに顔良いのに、宝の持ち腐れじゃない?本当、勿体ないよ」
「勿体ないのは、この時間・・・」
日富美の握られた拳にギュッと力が込められる。
「え?」
「私の大切な2人にそんな事を言う微井田さんと過ごすより、一人で居る方がよっぽど有意義だわ!!」
「な!?」
水族館内で喧嘩を始めるカップル。
そう思った客たちの視線が、2人に降り注ぐ。
「彼氏がなかなか出来ないってあいつが言うから、今日は付き合ってやったのに!」
観客たちの好奇な目に晒されて、負け惜しみみたいに言う男。
「付き合うまでもなかったなぁ〜」
いつの間にか日富美の背後に立っていた明。
鮮やかな営業モードで微井田に笑いかける。
見る人を魅了する微笑みに、男は惚けたように何も言えない。
「お前にこいつは勿体ねぇ〜よ。さっさと消えろ猿」
再びいつもの無表情に戻った明は微井田を睨み、シッシッと追い払うような仕草をする。
「ほらっ、イチニ行くぞ」
日富美の手を掴み、呆然としている微井田を置いてその場を離れる明。
向かう先には、白田が待っていた。
「あんな奴と一緒に居なくていいだろう」
「けどっ」
「彼と一緒にいると時間の無駄でしょ?一人で回るより、どうせなら一緒に見て回ろう」
白田の言葉に、会話を聞かれていたのだと知った。
確かにいつもより声が出ていたかもしれなない、頭にきて思わず周りを気にせずに言い返してしまった。
白田の申し出に、デート中の2人の邪魔をするようで気が引ける。
「良いんですか?」
「明から聞きましたよ。魚に詳しいって」
「こいつ本当にすげ〜から、お魚野郎も真っ青」
「もう師匠に野郎なんて付けないでよ、お魚君様よ」
「師匠?」
「イチニが密かに師匠だと思ってるだけ」
海の生き物に関しては右に出るものは居ない、日富美が密かに憧れている人。
日富美は好きな事に対して、ひたむきに知識を取り入れて勉強している人はとても素敵な事だと思っている。
だが所謂オタクとされている人は、一般的に変わり者扱いされる傾向にある。
オタク文化の日本なのに、堂々と出来ない矛盾。
好きなモノを内面に秘めるしか無い自分とは大違い。
テレビの向こうで目をキラキラさせて、堂々と好きなモノを語っている師匠の姿は輝いて見えた。
それは語るものが魚じゃなくても、他に対しても同じように感じていたと思う。
そして先程の2人。
付き合ってる事を隠そうとせずに、ごく自然体な姿だった。
人の目なんて気にせず・・・・この人が好きだと隠さずに。
「そうなんだ。あの人を師匠としてるなら、期待大だね」
「そんなっ大それた事じゃないですよ」
「なぁ、あのラッコは何て名前だ?」
「ポッケって名前じゃない?」
「えっそんな種類のラッコいるのか?」
「種類じゃないわよ。ラッコの名前聞いたでしょ?」
「ちげ〜〜よ、その名前じゃね〜よっ」
「明、あっちのラッコめちゃくちゃ可愛いよ」
「あ?どれよ」
「あ・・・違った。ガラスに映った明だった」
「お前な・・・」
「それはホモ・サピエンス・サピエンスの愛野に分類されてるんです。好物はポテトサラダなんですって」
「本当に!?水仙さん、詳しいねぇ」
「おい、お前ら」
ラッコがぷかぷかと浮かぶプールの前。
あ〜だこ〜だと話しながら、海の動物たちを眺める3人。
いつの間にか日富美の立ち位置が、美男子2人に挟まれていた。
周りの女子から羨ましい視線を向けられるが、水族館を堪能している日富美は気づかない。
時に笑い、時に関心し、時に感動し、好きなモノを隠さずに3人で過ごす水族館での時間はとても有意義で楽しい時間だった。
終わり
いつも有難うございます!!
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