第69話

明からのキス。

誰も居ない非常階段でお互い何も言わず、口づけを交わす。



69



非常階段



尻もちをついた体制の白田の足を間で、膝立ちの明。

白田の頬に手を添え上を向かせ、ひんやりとした唇を男の熱い唇に押しつけている。

触れるだけのキスだが、白田の頭は真っ白だ。

予想していなかった明の行動。

明の唇が微かに震えている・・・

それを感じた途端、一気に愛おしさがこみ上げる。

彼の背中に手を回し白田は顔を角度を変えて、啄むように明の唇にキスをする。

何度も何度も・・・・・

彼も答えるように、白田の体に寄り掛かる。

言葉にしなくても、どれだけお互いに想っているのかその行為だけで感じることが出来た。

夢中で浅いキスを繰り返す。

唇の感触を確かめるように、ふにふにと啄む。


鷹頭に見せつける為に明の唇の端にキスした時から、ずっと彼の唇を意識していた。

まるで性に目覚めた思春期のようなはち切れんばかりの欲望をいつも隠し、彼の薄ピンク色の唇に微かな憂いを乗せる度その唇にキスしたいと思った。

それが・・・まさか、明からしてくれるなんて・・・

そして、やがて明の熱い舌が白田の口内へと侵入してきた。

くらくらと目が眩む。

手を繋いだだけで顔を真っ赤にしていた明が、こんなに熱烈で大胆な事が白田にとっては嬉しい。

もっともっと、深く口付けたい・・・・そう求める心の声に従おうとした白田の耳に、第三者の声が入った。


「白田さん遅いですねぇ〜」


フスカルから出てきたのか、雛山の声が廊下から響いてここまで届く。

離れていく明の唇。


「もう上がって来ていい頃なのに・・・」


「エレベーターこの階で止まってるわよ〜?」


雛山に続いて、由美の声もした。

廊下からは見えない位置に居る2人。

ビルに入る前に着いたと一報を入れてしまった事を、今更悔やむ白田。

廊下の2人の気配を、何も言わずに窺っている明の表情は真っ赤だ。

だがしっとりと濡れた唇が、何とも色っぽく見える。

白田は明の髪に手を差し入れると、我慢できずに自ら唇を寄せた。

濡れた明の唇の形をなぞる様に舌を這わせる。

下唇の形を堪能すれば今度は上唇に、そして彼の唇を甘噛みし・・・誘うようにうっすら開いた彼の唇に自分の舌を・・・


「愛野君も、どこいっちゃったのよ〜〜〜」


ガバッと明の体が離される。

名前を呼ばれて、焦ったのだろう。

それでも白田は明の体を放さず、彼の首筋に顔を埋め形の良い耳たぶを甘噛する。

微かに「んっ」と呻く明に興奮して体に熱がこもる。

さらに明の体を抱き込み、ガッチリと逃さないように力をこめる。


「タバコ吸いに行ってるって、言ってましたよね」


「なら、非常階段?」


2人の会話に、流石にもう潮時を感じた白田。

明の耳を愛撫していた白田は名残惜しそうに溜息を付き、明の体を支えて立ち上がる。

二人分の足がこちらへ近づいてくるのを感じ、「そんな顔じゃ何してたかバレるから、落とし物探しに行って」と彼の耳元で囁く。

頬が上気し熱を帯びた瞳が艷やかな表情の明は、白田の言葉にキュッと口を閉じて顔に力を入れる。

そして、カンカンと音を立てて非常階段を下りて行った。


「すみません、明が物を落としちゃったみたいで」


非常階段の入り口から、廊下へと顔を出す白田。

あと数メートルの距離で非常階段に到着しそうだった2人に、何事も無かったかのような爽やかな笑顔を向ける。


「あぁ、やっぱり来てた〜〜。もう遅いから心配したのよ」


「明さんは居ないんですか?」


「下を探しに行ってる」


「何落としたの?」


由美の言葉に、白田は「えぇ〜」と言葉を濁す。

そう言えば、何を落としたか聞いてなかった・・・・


「あった」


タイミングよく、1階下の踊り場から明の声がした。


「愛野君。なかなか戻って来ないから、太郎さん心配してたわよ。それと、ポテトサラダもう無いから」


「はぁ!?」


下の階に向けて言い放った由美の言葉に、明は驚きの声大きくガンガン!!と乱暴な足取りで階段を上がってくる。


「誰の許可貰って、ポテサラ食った!?」


皆の所まで上がってきた明は、いつも通りの表情。

目くじら立てて文句を言っている彼が、今までここでキスしまくってましたとは誰も思わないだろう。

そんな彼に、思わず細く笑ってしまう白田。

その笑いを感じた明は、ジロリと男を睨む。


「もう許可なんて要らないでしょ、ほら行くわよ」


一番に非常階段を後にする由美、その後を追う雛山は「白田さん来てくれて、太郎さん喜びますね」と廊下に声を響き渡せながら言う。

白田は明に先にどうぞと促し、彼が非常階段を出ていくとその後に続いた。

前を歩く彼の後ろ姿を目にすると先ほどの生々しい記憶が蘇り、ニタニタと口元がだらしなく緩んでしまう。


「締りねぇ〜顔だな」


首を捻って白田の表情を目にした明は、それだけ言うと前へと顔を戻した。

そんな彼の耳と項が赤くなっているのに気付いた白田は・・・


明!!めっちゃ可愛い!!!


そう叫びたい衝動に駆られるのを必死で抑え込んだ。




70へ続く

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