第49話

日富美と初対面として挨拶を交わす、白田。

彼女に対していい気持ちにはなれず・・・



49



「初めまして、水仙日富美と言います」


地面に敷いたレジャーシートの上で立ち上がり、白田に頭を下げる日富美。

彼女は白田とは初対面だと思っている。

だが白田は2度、彼女を遠目から見ており顔は知っていた。

黒く長い髪が艶やかに、顔のメイクも薄く清楚な可愛らしい女性だ。


「初めまして、白田仁です」


白田も爽やかな笑顔を向けながら会釈。

だが心の中では、複雑な心境。

恋人ではないと聞きながらも、明が彼女に対する態度を見ればいい気はしない。


「日富美ね、フローラの研究所に居るの」


座ったまま持ってきたお弁当を用意し始める由美が、紹介に付け足す。

そこで白田は、彼女が明や由美と同じ会社に勤めている事を初めて知った。

初めて明の家に来た時に声を掛けてくれたのが日富美の母、近所ならば家族ぐるみの付き合いは自然の事。

所謂、幼馴染。

だがそれで会社まで一緒となると、ただの幼馴染とは思えなくなる。

以前明が言っていた、太郎の為にフローラに入ったのだとしたら・・・・彼女が明の後を追って入社したと思われる。

彼女は・・・明の事を・・・

ジリジリと胸の中を炙られる気持ちがした。

勿論そんな事を表に出さずに、顔にはいつもの涼し気な笑顔を貼り付ける。


「へぇ日富美さん頭いいんですね。あっお腹、鳴っちゃった・・・」


「バッチリお腹の音聞こえたわよぉ~~。日富美のと私とで分担して作ってるから、沢山食べてね」


雛山は靴を脱いでさっさと由美の隣へと座り込み、空腹にお腹を抑えている。

明もごく自然に、日富美の横で胡座をかいた。


「お待たせしてすみません。時間なんですがこの後に入ってた予約が無くなったそうなので、時間が押しても良いそうです」


なかなか戻れなかった事を謝罪しながら、鞄を地面に置き白田も明と雛山の間に腰を下ろす。


「そうなの!?ならゆっくり食べれるわね」


嬉しそうな由美に、白田も「えぇ」とにこやかに返事を返す。


「実は俺も作ってきたんです、お弁当」


そう言いながら白田は大きなトートバッグから、2段の重箱を取り出す。

一応皆で食べれるようにと量は多いが、1番の目当ては明。

明に食べてもらいたいと思って、朝早くから起きてキッチンに立っていた。

お弁当の中には明の大好きな、ポテトサラダも。

喜んでくれるかなとワクワクしながら、お弁当の蓋を開ける白田。

それと同時に、日富美も自分が持ってきた弁当を開けた。

凍りつく空気。

2人のお弁当箱から現れたポテトサラダに、その場がシーンとなる。

お弁当のおかずが被ることはあり得ることなのだが、ポテサラを入れるのは珍しい。

白田と日富美が、明の為にと入れたのはその場に居た人間ならば解る。

ただ明だけは、その凍りついた空気には全く影響されていないようで、白田の弁当を覗き込んでいる。


「なぁ、これ生ハム?」


白田の作ったポテトサラダの具材に興味を示したようだ。


「うん、生ハムとツナが入ってるんだ。食べる?」


「ん」


短い返事にコクンと頷く明。

まさか、自分のポテトサラダに食いついてくれるなんて・・・・白田は明争奪戦に勝ったようで嬉しくなる。


「いつも独り占めするから丁度良かったわ、日富美のポテサラ食べたかったのよ」


「僕も頂きます」


気を使ったように、日富美のポテサラに箸を伸ばす由美と雛山。


「おい、オレのポテトサラダ食うなよ」


「まだ言うの!?白田さんのポテサラ食べときなさいよっ」


「どっちも食うんだよっ」


「どんだけ欲張りさんなのよ・・・」


どうやら勝利したわけではなく、明はどっちのポテサラも独り占めする気でいるらしい。

少し残念な気もするが、明らしいと言えば明らしい。


「もう、今日は皆で食べるんだから独り占めは駄目よ」


「えぇ〜」


「また差し入れ持っていくから」


「解った」


日富美の言うことを素直にきく明。

白田の胸の奥底で、再びチリチリと燻る感覚がする。


「私も白田さんのポテサラ食べてみたいし。頂いていいですか?あぁ、この肉巻き美味しそう」


白田の嫉妬など知らずに、日富美はにこやかに白田のお弁当に興味を持つ。


「どうぞ。お好きなだけ」


勿論白田は、彼女へ向けているライバル心など見せないように涼しげな表情。

彼女の胸の内は解らないが、明が長く付き合っている女性ならば裏表も無い清純な人柄なのだろう。

そんな女性に、勝手に嫉妬の炎を燃やしている心の狭い白田。

だが、初めてこんなにも好きになった相手。

やっと明の気持ちも解った今、邪魔が入るのだけは防ぎたかった。


周りから見れば和気あいあいとした食事風景。

異様に目立つ男二人が居るグループは、彼氏、旦那の存在を忘れた女性達の目の保養とばかりに眺められていた。

もしこれが男だけのグループならば、挙ってお弁当を手の持ち乗り込んでいっただろう。

由美と日富美の存在は、お近づきになりたい女性達から明と白田を遠ざけるバリアになっていた。


「ねぇ、愛野君。何で前ぴっちり留めてるの?」


おにぎりを頬張っている明に、首を傾げている由美。

ここに来た時はカーディガンの前は全開だったが、今は全てのボタンを留めている状態。

明は意味ありげに、もぐもぐと口を動かしながら隣の白田を睨む。


「あぁ・・・そういう事ね」


明が何も言わずとも、由美は何かを察したように納得してウィンナーに箸を伸ばす。


「ん?どうかした?」


白田は明にどうしたのと小首を傾げながら、顔を覗き込む。

勿論明の言いたいことは解っている。

明のカーディガンのボタンを留めさせたのは、白田。

たった一枚のタンクトップ姿では、明の色んなモノが見えて刺激が強すぎる。

自分だけが目にするのならば構わないのだが、ここには人が沢山居る。

色っぽい明を目にする人間全員に嫉妬しなければならなく、ブチブチ文句を言う明にカーディガンの前を留めさせた。


「ベッツニ!」


素知らぬ顔をする白田に、明はフンと顔を背けてお握りを再び頬張る。

頬を膨らませて食べる明の姿に、リスみたいで可愛いなぁと眺める白田。

そんななか、時間だけは過ぎていく。

3人が作ったお弁当は、量はあったものの皆の胃袋に全て収まった。

自由時間に余裕が出来た事でこの後どうするかと誰かが切り出す前に、1人の少年が明の元へと走り寄って来た。


「愛野お兄ちゃん、一緒にサッカーしよう」


さっきまで明と一緒にボールを追いかけていた、小学校高学年の少年だ。

すっかり明に懐いたようで、自由時間が伸びたことで遊んでほしいと誘いに来た。


「いいよ。行こう」


少年に笑いかけて、腰をあげる明。


「よく・・・動けますね」


「何言ってるの?雛山君も行くよ」


「えっ!?もう僕、お腹いっぱいすぎて動けないですよ」


雛山の訴えを無視して来いと手招きする明は、既に靴を履いて少年と共にその場を離れる。


「じゃ〜〜オレも参加しようかな」


白田も乗り気になり腰をあげて、靴を履き始める。


「雛山、上司命令だ」


「えぇぇぇぇ〜そんなぁ。2人の体力について行けないですよ〜〜」


悲惨な表情の雛山は情けない声を出すも、上司命令に従うように重い腰を上げた。



50へ続く

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