第29話

フスカルに久々に訪れた白田。

明が側に居ることが嬉しくて堪らなし、邪な妄想も止まらない!?


29



2丁目

フスカル



本日、明が出勤日の日。

火曜日と平日なのでそこまで混んではいないが、暇なわけでもない。

BOX席にも、ちらほらと人が座り。

カウンター席では、以前雛山に声を掛けた枇杷率いるサラリーマン3人組。

そして白田。


「あらっ今日は、ピヨちゃん居ないの?」


BOX席から空のグラスを持ってきた桃が、白田に話しかける。


「えぇ、明日の仕事の準備があるので」


「そうなんだ。今頃、頑張ってるのねぇ」


明日、什器のデザイン画をフローラに提出する日だ。

今回もやる気満々の雛山は、今日ばかりは家に籠もっている。


「そうか・・・残念だなぁ」


白田の席を1つ挟んだ左隣に座っていた枇杷が、桃と白田の会話を聞いてそう呟いた。

桃と白田は、同時に彼の方へと顔を向ける。


「あぁ、ごめん。彼に会うの結構楽しみにしてたから」


「枇杷ちゃん、ピヨちゃん狙いなの?」


「タイプなんだ。あぁ言う可愛らしい子」


「あら〜〜じゃ林檎ちゃんなんてどう?」


「あはははは、たしかに可愛いけど。ピアスが痛々しそうでさ」


白田を挟んで、話し始めた2人。

白田は会話に入ることもせず、こういう店なんだと改めて知らされる。

ここにやってくる客達は、男性が恋愛対象。

だが白田は男の明に恋をしたが、他の男を見ても何とも思わない。

カウンター越しいる、拭いたグラスを棚に戻している明の背中をじっとみる。

自分よりも細く小さいが、明自身は一般的に逞しい部類に入る。

身長も高く、ボクシングで絞った体は誰の目から見ても男らしいだろう。

以前、彼のお腹を触り・・・・興奮した自分が居た。

滑らかな肌に、頬を上気させて我慢するその表情にグッと来るものがあった。

あの時はまだ好きと言う感情に自覚が無かったから、自分が変になったのだと思った。

今では素直に感じる、明を想う感情と・・・・その背中に飛びつきたい気持ち。

綺麗に絞った体は靭やかで、シャツ越しにでも解る細い腰。

抱きしめた体は硬かったが、自分の腕にジャストフィットするサイズ。

首筋に鼻先を近づければ、石鹸の香りに混ざる彼自身の香りに体の芯が熱くなった。

その時の事を思い出すと・・・・

今すぐにあの腰に腕を回して引き寄せ、あの白い項に齧り付きたくなる。


「明ちゃんのお尻、ちっちゃいわよねぇ〜」


耳元で囁かれる桃の声。

はっとする白田に「ふふふ」と含み笑いを残して、さっさとBOXに戻っていった。

断じてお尻を見ていたわけじゃない!と弁解したいが、邪な妄想をしていた事で何も言えない。

そして意識せずとも、桃の言葉にそこを見てしまう。

確かに・・・小さい。

鍋パーティの時に履いていたスキニーパンツは、ほっそりとした脚線美が露わだった。

パンツ越しでも、小ぶりなお尻がハッキリ解ったのを思い出す。

男とは恋愛経験がない白田でも、知識として知っている・・・・あそこを使うと。

明に想いが通じて付き合う事になれば・・・・・あの小ぶりなお尻に・・・・


「ぎゃははははっは!!」


「!?」


BOX席からの爆笑に、白田はビクッと肩を震わせる。

再び邪な妄想から現実に引き戻された。


「はぁ・・・」


まだ明に気持ちを伝えていないのに、邪な想像を二度もしてしまった自分を反省する。

今はもっと健全で、真っ直ぐな気持ちでいるべきだ!と胸の中で誓いを立てて、背筋をピンと伸ばす。


「・・・・・・・・・・・」


だが再びお尻に視線が行ってしまう自分に、駄目だ駄目だと叱咤し視線を上へと上げる。

そして思い出した。

明の左腰。

あの時、左腰を気にしていた明。

踏み込んでいけないものが、あそこにある。

知りたい・・・・知りたいが、また明にあんな表情はさせたくはない。


「はぁ・・・・」


「お前なぁ、さっきから背後でため息ばっかりつくなよ」


いつの間にか正面を見ていた明。

白田の前に立ち、苛立ちげに舌打ちをする。

それは客に対する態度でも、彼氏に対する態度でも酷すぎるものだ。

だがさっきまで他の客に付いていた明が、やっと自分の前に立ってくれた事が嬉しくて、彼の態度なんて全く気にならない。

もう嬉しさがダダ漏れな表情の白田。


「・・・・・・・」


そんな白田の表情を見て、若干引き気味になる明。

この場所に再び戻って来れて、こうやって仕事をしている明を思う存分に眺められる。

もうそれが嬉しくて、堪らない。


「ふふふふっ」


「もう何だよお前、今日めっちゃ気持ちわりぃ〜ぞ」


思わず笑いを漏らす白田。

明に気持ち悪い物を見る様な目で見られても、嬉しいものは嬉しい。

今日一日フスカルでニコニコを通り越しててニマニマが絶えない白田に、明だけじゃなく雅にまで引かれてしまったのであった。



******



「おいっ明、もう上がっていいぞ」


ガチャとレジを閉める雅。

そして店内に残った客を眺めて、雅はバイト終了とサラリーマン三人組の相手をしていた明に声を掛ける。

明は腕時計の針を確認し、少し不満そうな表情をする。


「え・・・まだ40分もあるけど」


「一気に客が帰ったからな。後は一人でやれる。あいつも居るし・・・」


あいつとBOX席に居る桃に視線を送る雅。

店内では恋人だとは内緒だが、フスカルがオープンしたての時から通っている桃が、気を利かせて動くのは不思議な光景ではない。


「時給は?」


「あぁぁもう、11時までちゃんと付けといてやるよ」


「やりぃ〜」


嬉しそうに笑いながら、厨房に入る明。

一時間ぐらいの時給でケチケチしている明だが、根がケチな訳ではない。

昼間の仕事でも充分に生活出来る給料を貰っている。

ただこのフスカルを手伝い、その給料で欲しい物があるのだ。

それは決して安いものではなく、フスカルだけの給料だけでは足りない。

だからせめて少しでも足しに出来るようにと、真面目に働いているのだ。

厨房に置いていたモレスキンのトートバッグを肩に引っ掛けると、店の方へと出る。

そこには丁度会計を終わらせた白田が、明を待つように立っていた。

そこで明は気がついた、今日は・・・・雛山が居ない。

2人で駅に向かうのだと解った途端、体に緊張が走る。


「お疲れさま〜〜〜明ちゃん、また週末ねえぇ〜。白ちゃんも〜〜」


桃や残っている客が、それぞれ2人に声をかけて手を振る。

明はヒラリと小さく手を振り、ささっと店内を横切り扉へ向かう。

その後を、皆に笑顔を向け会釈しながら追う白田。


「・・・・・・」


何も話さずさっさと、エレベーターへ向かい呼びボタンを押す明。

2人きりは初めてではないのに、どういう訳か白田を変に意識してしまう。


「今日は早く帰れて良かったね。明日はうちに来る予定だし」


「・・・ん・・」


短い返事にコクンと頷き、横目で隣に立っている男を見る。

相変わらずのニコニコ顔で、明をじっと見ている白田。

明は咄嗟に視線を外し、上がってくるエレベーターの表示に視線を向ける。

それからエレベーターに乗り、一階につくまで明は話さず。

白田はずっと明を見ているだけ・・・・

その視線に居心地の悪さを感じる明は、外に出たら競歩ばりの速さで駅に向かおうと企んだ。



29へつづく

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