理想の2人と一緒

理想の2人と一緒

「理想の男ここに居ますよ」シリーズ 感謝SS



双葉広告代理店

休憩所



「ん〜〜っ」


デザイン部の事務所から出てきた雛山。

ずっと同じ体勢でPC作業をし、凝り固まった体をぐぅ〜〜と伸ばす。

ちょっと休憩を求めて、休憩所へ向かおうと長細い廊下を歩く。

途中すれ違う女性が浮足立っているが、それに気づくこともなく頭の中はカフェオレか甘いジュースかどちらを買おうか悩む。


「・・?」


ピタリと雛山の足が止まる。

20メートル先にある、休憩所の入り口。

20畳程の広さの場所に、ガラスのパーテーションを置いただけの休憩所。

そのパーテーションの前で、女性達が群がっている。

食堂完備の双葉は、休憩所の外まで人が居るほど混む事はまずない。

お昼休憩でもこんな光景は見たことがないので、雛山は首を傾げながらその集団に近づく。

休憩所の入り口とされている、パーテーションの切れ間を塞ぐ形で女性たちが居る。

一体何があるのだろうと、集団の背後から休憩所を覗き見れば・・・


1つのテーブルセットに座る、男性二人。

それも雛山がよく知っている2人だ。


一人は、同じ会社の営業部のエース、白田仁。

185センチ近い高身長のモデル体型でありながら、芸術的な程に整えられた甘いマスク。

性格も柔らかく、春風そよぐ爽やかな笑顔を向けられると誰もが彼の笑顔の虜になる。

ある会社の女子社員の間では、ミント香る程爽やかな笑顔と名称が付いている。

そして会社を支えていると言っていい程に、仕事が出来る。

常に営業成績トップをキープし、万年表彰されている。

双葉社会人サッカーチームでは、彼が居ると居ないとでは試合の観客の数が3桁違う上に、彼が居れば間違いなく優勝になる。

そんな独身男に、社内の女性がほっとくわけもなく。

鷲森が言うには、毎年のバレンタインは戦争が勃発し、殺伐とした空気が社内に充満すると言っていた。

しかも近隣の会社の女子社員も出待ちをするなど、完全なるアイドルと化している。

そんな彼が同性から妬みの目で見られないのは、やはり彼の嫌味のない性格があるからだろう。


そしてもう一人は、フローラ化粧品会社に務める、取引先担当者の愛野明。

人の手によって創られたかのような、人形のような綺麗な容姿。

フワリと笑うと後ろに淡い色の花が咲き乱れている幻覚が見える程、美しい笑顔。

彼も178センチと日本人の平均身長の上を行き、スラッとした靭やかな体型。

服の下は顔に似合わないへそピアスに、ボクシングで体を絞り綺麗に割れた腹筋があることを雛山は知っている。

性格は・・・・・・・・・。

白田さん曰く、以前は営業部に居たようで白田さん同様に仕事が出来るらしい。

今はフローラの商品開発部にて広告担当として、弊社との取引の窓口をしてくれている。

唐突に予定を覆す事を言ってくるが、大幅に予定がずれ込んでも後のフォローが完璧。

フローラ社長に直談判する最に社長室ではなく、朝マックを持って早朝に社長の家に突撃すると言う怖いもの知らず。

性格は・・・・・・・・・・・・・・。


そんな2人が休憩所に居れば・・・そりゃ〜こういう事になるよな・・・と雛山は納得。

まるで芸能人が居るかのように、黄色い声を発している女性たちに苦笑する。

それにしても、営業モードの明と普段の明とでは180度違う。

休憩所にいる明は、うっとりするほどの笑顔。

その顔に何度か見惚れる事があったが、雛山自身は普段の明の表情が好きだと思っている。

表情筋が死んでる時が多いが、喜怒哀楽を表に出しやすく明が何を思っているか見て解る。

白田もそう思っているようで、明が表情を崩すような事をわざとけしかけてやってるフシがある。


「ちょっと止めなよ」


「えぇ〜良いじゃない」


ヒソヒソと話す女性に、雛山は2人の人物に気づく。

赤い服を着た女性が手にスマホを構え、休憩所に向けている。

それをもう一人のブラウンの服を着た女性が、止めようとしているのだ。

雛山もそれには、流石に引いた。

スマホ画面を覗き込み、良いアングルを探していいる赤い服の女性に近づく雛山。

そして彼女のスマホの前に手を翳す。


「勝手に撮るのは良くないです」


そうハッキリとした口調で、注意する雛山。

注意された女性は邪魔をしてきた人の存在にビックリしたが、実は雛山自身もビックリしていた。

鷹頭にネチネチと虐められても、言い返せなかった自分が・・・まさか顔も知らない女性に注意を促すなんて。


「何よあんた、新卒者でしょ。偉そうに」


「ちょっと赤星さん」


「茶月さんは黙ってて!写真ぐらい良いじゃない、減るもんじゃなし」


そういう問題じゃない。

止める人間が2人も居るのに、自分は悪くないと開き直る女性にムッとする雛山。


「減ります!精神がすり減ります!」


「はぁ?意味分かんない」


もう雛山は引き下がれなかった。

自分が何を言われようが我慢は出来る。

だけど明や白田、そして止めようとしてくれた女性に牙を向く赤い服の女性が許せなかった。


「撮られた人だけじゃなくて、注意した僕やこの人の精神が擦り減るんです!」


「五月蝿いわね!」


赤い服と同じ顔色になる女性。

右手を高く上げ、雛山めがけて振り下ろす。


「駄目っ!」


パシンッ


振り下ろした手は、雛山に当たる前に止められた。


女性の手首を掴んで止めたのは、明だった。

女性は明に気がつくと、目を見開き硬直する


「そんな長い爪じゃ怪我をしてしまう。貴方も彼も、ね?」


花咲き誇る笑顔で彼女に顔を寄せると、相手は既に赤い顔を更に真っ赤にさせる。

明の問いかけにコクンコクンと頷き、目がハート状態。

そんな彼女の手首を開放する明に、彼女は「あのっ」と声を掛ける。

だが明の背後に立っていた白田が「赤星さん」と名を呼びそれを遮った。


「この方は、取引先の方です。くれぐれも失礼のないよう、お願いします・・・・もしもの事があったら、赤星さんは責任を取れますか?」


「!?す・・・・すみませんっ!!」


真っ赤だった顔を真っ青にして、頭を下げる女性。


「雛山君、それと彼女もこっちに」


明は呆然と立っていた雛山と、茶月に手招きして休憩所へ入っていく。


「あっはい」


返事を返してすぐにその後を追う雛山。

だが茶月は、呼ばれた事に戸惑い足が動かない。


「茶月さん」


そんな彼女の背中に手を当てて、休憩所に誘導する白田。

パーテーション越しに、羨ましげな視線が茶月に集中する。


「あのっ私・・・」


「何飲みます?」


何故呼ばれたか解らない茶月はオロオロとするも、自販機の前に立つ明はニッコリと笑い自販機を指差す。


「え」


「おごりますよ。雛山君を助けてくれたでしょ?」


実は赤星の平手打ちを止めたのは、明だけじゃなかった。

彼女は「駄目!」と言葉を発し、雛山の体を押しのけ庇おうとしたのだ。


「愛野さんも、茶月さんも有難う御座います」


雛山は2人にペコペコと頭を下げて、お礼を伝える。

気の強い同僚にタジタジになっていた茶月は、どこか自分に重なるところがあると思っていた雛山。

無意識だったにしても、雛山を庇おうとしてくれた勇気はとても嬉しかった。


「ほらっ雛山君も好きなの選んでいいよ」


「え・・けど僕、助けられた方だから」


「雛山、違うだろ」


逆におごる立場なのでは?と思う雛山の肩に手を置く白田。


「元はお前が、隠し撮りを止めてくれたんだろ。それに茶月さんもね」


「そういう事だから、奢らせて?」


そういう事ならとコクンと頷く雛山。

だが、まだ茶月は少し遠慮がちな様子。

雛山は、彼女の側に行きこっそりと「愛野さんの顔を立てる思って」と呟いた。

その言葉で彼女もそうだと思い直したのか、雛山に笑いかける。


「じゃ〜僕は〜〜〜ん〜〜迷うなぁ」


明の側の自販機に走り寄る雛山。

そこで気がついた、明が手に持っているIDカード。

それは双葉の社員ならば全員持っているIDカードで、そのカードで食堂や社内の自販機がキャッシュレスで使える。

そして使った分の料金は、給料から差し引かれるシステム。

そんなIDカードを明が持っているわけがない。

という事は・・・・・・

雛山は後ろに首をひねる。

後ろの方でニコニコ顔で、見守る様に立っている白田。

まぁそうだよな・・・・・普通ならば取引先の人に奢らせる事なんてさせないだろう。

白田が明に手渡したのは解ったが、さも自分が奢りますよって言ってのける明に笑いがこみ上げる。


「私は・・・これで」


明の顔に釘付けの茶月は、IDカードの存在など気づかないだろう。


「ふふふふふ」


「雛山君、何笑ってるのかな?要らないのかな?」


「いる!いります!!」


口元は笑っているに、目の奥が冷たい明の笑顔に慌てる雛山。

営業モードな明は、少し落ち着かない。

だがこうやって時折見せる明らしさに、ホッとしてしまう自分がいる。


「愛野さん、私も奢ってくれます?」


「・・・・・・・え?」


自販機の前にいる三人に、遠巻きに見ていた白田が入ってくる。

白田の申し出に、首を伸ばして聞こえないとばかりの仕草をする明。

絶対聞こえていただろうと雛山は思うが、その後の2人のやり取りが面白くてニヤニヤとして見てしまう。

何度も奢ってと言う白田に、「何故ですか?」「ちょっと言葉わからないです」と営業モードの顔で言う明に我慢できず吹き出し笑う雛山。

そしていつの間にか、茶月も一緒になって笑い声を上げていた。


楽しげな雰囲気の休憩所。

そんな空気と裏腹に、パーテーションの向こうから指を咥えて見ている女性達の光景はシュールだった。



終わり

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