第8話

明との期限付きの恋人を装うと白田。

そして明の職場のPC内には・・・あるフォルダが・・・





丁度賑わいがピークに達している時間帯。

新宿二丁目は、男性だけではなく女性の姿もチラホラと見える。

白田と明が乗ったエレベーターの箱は、一階に到着し扉が開く。

明は途中乗り込んできた男が降りるのを待ってから、外に出た。

白田が何故、明の恋人のふりをしたのか・・・・

第三者の登場により、明の問いに白田はまだ答えられてない。

まだ顔を合わせて、二回目。

お互いのことを知らず、知り合い程度の関係。

ビルの外へと出た明は、駅前の方向へと歩みを止めずに進む。

そして肩を並べるように、横に立つ白田。


「雅さんの店を期限付きで手伝ってるそうなので、その間だけでも良いんじゃないかなと思ったんです」


それなりに賑わっている道中。

誰も自分たちの会話等気にしないだろうと、白田は明への答えを漸く口にした。

明は横目で白田を見る。

男は進む方向に視線を向けたまま。


「・・・・まぁオレとしては有り難いけど」


期間限定の恋人。

本当に付き合うわけではないが、それでも白田の答えには納得できないところがある。

白田の言葉に甘えれば、少しは雅の店で仕事はしやすくなる。

どんなに高い理想を言っていても、遠慮なしにグイグイ来る客も居る。

何故か自信たっぷりに落としにかかる客に対しては、その鼻先を物理的にへし折ってやろうと手が出た時があった・・・直前に雅に止められ未遂だったが。

口が悪くて暴力的な店子が居ると噂になれば普通ならば悪評となるだろうが、びっくりする程の美男子と噂に追加されればやってくる客も多くなる。


「だけど・・・・」


暫く黙ったまま駅へと進んでいた二人。

前を向いたまま明は、口を開く。


「この前みたいな事がまた起きるかもしれない。知り合いが居る前で、男の恋人が居るなんて暴露されたらどうすんだよ」


いつ何処で、店の客に鉢合わせになるかわからない。

その時に会社の人間と一緒ならば、白田の立場が悪くなるのでは・・・

明が桃ちゃんの吹聴を否定しなかったのは、あの店に白田が来ないことを前提とした黙止。

だが白田がフスカルに顔を出した今は、状況が変わってくる。


「ふっふふ」


明の耳に、白田の含み笑いが届く。

明は隣の男に視線を向けると、整った横顔の白田はおかしそうに口元を緩めている。


「雅さんと同じことを心配するんですね」


「そりゃ・・・するだろう」


「暴露された時は、その時です。そうなった時に考えます」


男の答えに明はポカンと口を開ける。

何事も慎重に事を進めそう男のイメージ。

意外と行き当たりばったりな一面に、明は意外だなと思った。

それとも困っている人間をほっとけない質なのか。

雛山の事といい出会って間もない人間に、躊躇なく手を差し伸べる。


「お前は仏かよ・・・メリットなんて一ミリもないぞ」


下請けとは言え相手は取引先。

お前呼ばわりしたにも関わらず、男は気にもせず明の方へ視線を向けて笑いかける。


「ありますよ」


「?・・・・どんな?」


「愛野さんに貸しを作っておけば、どんどん仕事を貰えるかなって」


「ぷはっ、何だよそれっ」


思ってもない男の答えに、明は吹き出し笑う。

今日ずっと表情が硬かった明。

ここにきて声を出して笑う。

その顔は白田に初めて見せた、自然の明の顔。

男はそんな明の顔をじっと見ていたかと思えば、釣られるように笑顔になる。

目を細めて笑う白田の表情に、明は一瞬笑いを止める。

そして「ミント香るね・・・上手く言ったもんだ」とうんうん頷いて口にする。


「ミント?なんですか?」


首を傾げる白田に、明は不敵にニッと唇の端をあげて「さぁな」と返した。



※※※※※※※


翌日


フローラ

商品企画部



今まで女性の園だった部所だった商品企画部。

男は梅沢だけだったが、今は愛野明もその一人。

本人の希望でこの部所に来たが、普通ならば女性の園の中に入れば馴染むのに苦労するだろう。

だが明は初日から、馴染む気がさらさら無く自分本位に仕事をしていた。

ただ草井から直接の引き継ぎが無かった事に、かなり苦労はしていた。

ブチブチ文句を垂れ流しながら、草井のデスクの中やPC内のデータを全部引っ張り出して大掃除。

部所内の女性陣はそんな明を遠巻きに見ていて、逆にもともと居た社員がこの状況に馴染めずにソワソワしている。

そんな中、唯一明に普通に接するのは同期の由美。

一息つこうと淹れたてのコーヒーを両手に、由美は部所内をコツコツとヒールの音を響かせて歩く。

由美の目指す場所は自分のデスクではなく、明のデスク。

手元の書類に目を通している明の背後に立つと、手元を覗き込む。


「それっ営業部の資料?」


「オレの元取引先から突っ返されたって、元部下が泣きついてきた」


「あっちでもこっちでも大変ね」


未だ営業部に頼られている明。

取り扱うものが化粧品で、会社の売上に繋がる消費者を第一と考えるのが普通。

だが明は、消費者よりも商品を取り扱ってくれる取引先が大切だと考えていた。

店舗や小売店の担当者に商品の良さを知ってもらい、尚且細かく丁寧に気を配っていれば、相手のポテンシャルに繋がり商品を売ってくれようとする。

そんな営業スタイルの明が担当を外れれば、今までの取引先は不満が出る。

まぁ・・・明の見目麗しい顔が見れなくなった事もあるかもしれないが・・・・営業部に今まで通りでなくていいから、少しは明に顔を出して欲しいと要望が殺到したらしい。

商品企画と営業の二足は少しキツイが、スケジュールを調節すれば無理なことではない。

明は突き返された資料に目を通して修正し、それを取引先店舗へ持っていこうと予定を立てていた。

由美はそんな明の事情を知っているからか、「大変ね」とふぅとため息を吐き、手に持っていたコーヒーを明のデスクにコトンと置く。


「え・・・・オレに?」


「そうよ」


目を見開いて由美を見上げる明。

ニヤリと笑ってみせる由美。

次の瞬間明は、バッ!と窓がある方に顔を向けて外の様子を目を凝らしてみる。


「失礼ねっ!雨なんて降ってないわよっ」


ほんの少しの優しさを見せれば、失礼な態度で返す明。

5年の付き合いの中で、そんなに明に冷たかったかしらと少し心配になる。


「サンキュ」


失礼な態度の次には短く感謝を口にする明に、由美は「どういたしまして」と返した。

そして自分の席へと戻ろうとした時、明のPC画面が目に入る。

何も起動していない画面は、スッキリと整頓されてとても見やすい。

だから由美は見つけてしまった。


「あれぇぇぇ?この前ゴミ箱に捨てたダビデファイルがあるぅ。何でだろうぅ」


わざとらしい由美の演技。

明はジロリと目を細めて、由美を見上げる。


「うるせぇなぁ」


「だって~。でっ?なんで戻したのよ」


「仕事もろくにせず、しつこいぐらいに担当者にメール攻撃。挙句の果てには引きつっている愛想笑いの相手の写真を撮り続ける執念。物凄い執着に、写真捨てたら生霊飛ばして来そうだろうが」


「ぷっ・・・はははは。そんなの草井さんが生霊飛ばせるなら、とうに愛野君に憑いてるわよぉ」


「?」


声を出して笑う由美に、きょとん顔の明。


「え・・・ええ?何、もしかして覚えてないの?」


「何が」


「草井さんとの事よ」


「は?会ったこと事ないし、引き継ぎだって休む前日に残っとけって連絡したのに、さっさと就業時間に帰っただろうが」


「いやいや、会ってるから。2年前よ」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


明は二年前何があったかと、首を捻らせて考える。


「お前が街コンで、運命の男に出会ったと騒いでいた」


「そんなの覚えて無くていいわよっ。本当に覚えてないの?」


「全く、これっぽっちも」


「私と日富美(ひふみ)が、あんたの事どれだけ必死にフォローしたと思ってるのよお」


「よしよしと、一二三(いちにさん)が?暫く人は殴ってないはずだけどなぁ」


「んもぅ!」


牛の鳴き声を発した由美は、明のデスクからコーヒーを奪い取りコツコツとヒールの音を鳴らしてその場を離れる。


「おいっオレのコーヒー」


背後から講義する明の声に完全無視を決め込んだ。



9へ続く

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