第10話「商談の場に乗り込んで」

 ギルバート・デア・ストレイド43歳。

 猫背でなで肩、腰痛持ち。

 顔立ちが薄く弱々しく、男性としての力強さのようなものは一切感じられない。

 代々続く貴族の家に産まれたせいか、性格がおっとりしていて激することもない。


 だが好人物だ。

 領民の声にもよく耳を傾け、飢饉とあらば税を先延ばしにし、時に倉庫を解放して食料を施すことすらある。


 それだけ聞けば名君なのだが、問題はその優しさが誰に対しても分け隔てなく与えられることだ。

 屋敷を訪れる怪しげな商人たちにすらそれは例外ではなく……だから時々まがい物を掴まされ、法外な損害を出すことがある。

 それらが重なった結果、とうとうストレイド家は没落することになってしまう……。

 

「つまりはそういうことなんだレイミア。良くも悪くもこれはお父様の性格に起因する問題であり、僕らは断固たる行動によってそれを阻止しなければならない」


「うん、わかったよお姉さま。ともかくこの『あくとくしょーにん』をなんとかすればいいわけだね?」


 口々に言い交わしながら応接間に突入した僕たちを、お父様は不思議そうな目で見つめた。


「……ふたりとも、どうしたんだ?」


 テーブルを挟んでお父様と商談をしていたのは、チビで目つきの悪いハゲ商人ガノン。

 

「ええと……こちらはお嬢様がたで? これは大層可愛らしい……ですが、さすがに商談の場に臨席させるというのはいかがなものかと。……というか今、わしのことを悪徳商人と言っていたような……?」


 ガノンはいかにも不愉快そうに僕らを見るが……。


「ほう、これがタンカ地方に伝わる焼き物。朱泥、紅泥、紫泥に黒砂鉄を加えた一品ですか」


 僕は構わずテーブルの上の壺を手に取った。


「ちょ、貴様何を……っ?」

 

 思ってもみなかった僕の行動に、ガノンが声を荒げた。

 商売相手の娘に、しかも貴族の子女に対して貴様・ ・は無いだろうが、それだけ苛立っているということだろう。

 

「その手を離せっ。それは小娘ごときが気安く手に触れていいようなものではないのだぞっ。競売にかければ300万クラウンは下らない……っ」


「そうか。ならば離そう」


『え』


 皆があ然とする中、僕は言われた通りに手を離した。

 万有引力の法則に従い、壺はそのまま地面に落ちてガチャンと割れた。


「ばっ……ばっ……このっ……このクソガキぃぃぃっ!」


 この事態にガノンはいきり立ち、顔を真っ赤にして詰め寄って来た。


「貴様なんてことをしてくれたんだ! 大事な商品を割ってくれやがって……そうだ、弁償! ストレイド男爵、娘の不始末の落とし前はつけてくれるんでしょうなあー!?」 


「そ、そ、それはもちろん……」


「300万クラウンですぞ!? 1クラウンたりともまかりませんからな!?」


 顔面を蒼白にするお父様を、ガノンはかさにかかって責め立てるが……。

 

「いいえ、その必要はありません」


「はあああーっ!? 小娘、何を言って……っ」


「正確には、それだけの価値が無いというべきですかね」


 僕は床に落ちた壺の欠片を手に取ると、断面をみんなに見せた。


「ほお、これはまた綺麗に割れたね……?」


 壺の破片を手にしたお父様が、不思議そうな顔をした。


「わかりますか」


「うん、うん……これはおかしいな」


 古い家系であるストレイド男爵家には、高価な壺がいくつもある。

 お父様にも年相応に子供だった時代はあり、当時いくつかの壺を割ったとも言っていた。

 中にはタンカ製のものもあったらしく、ならばこそ、この違いがわかるはずだ。


「先ほども少し触れましたが、タンカ製の壺は朱泥、紅泥、紫泥に黒砂鉄を混ぜて繰り返し叩き、焼成します。壺の表面は滑らかな質感と明快な光沢を示しますが、壺の内壁には適度な隙間空間を形成します。ここまでフラットな破断面が出来ることはあり得ない。つまりこれは大量生産品の偽物だということです」


 ゲームで得た知識を披露すると、皆が「おお……っ」と一斉にどよめきを上げた。


「お姉さますごーいっ! すごいすごい! なんだかよくわからないけどすごおおーいっ!」

 

 レイミアはびっくり顔で手を叩き──


「アリア様……なんと明晰な……っ」


 僕らを追うようにして部屋に入って来たベスが口に手を当てて感動し──


「ふ、ふ、ふ、ふざけるな! でたらめばかり言いおってこの小娘が!」


 ──ガノンは激昂して僕に掴みかかって来ようとした。


「それ以上おかしなことを喋らないよう、口を縫いつけてやろうか!」


「ゴミが、汚い手で僕に触れるな」


 僕は拳を固めてガノンを迎え打とうとしたが……。


「──やめなさい」


 静かな──しかし力強い声を発したお父様が、僕とガノンの間に立ち塞がった。


「お父様、ここは僕が……」


 構わず前に出ようとする僕を、お父様は手で制した。


「……お父様?」


「控えていなさい、レイミア」


 お父様はそう僕に告げると、ガノンに向き直った。

 普段のおっとりぶりからは想像もつかない厳しい調子に、僕は困惑した。


「ガノンさん。あなたとのおつき合いはこれまでにさせたいただきます。理由は……言わずともわかりますね?」


「くっ……だ、だが……弁償自体はしていただきますぞ? 何にしろそこの小娘がわたしの壺を壊したのは確かなのですから。300万とは言わないが、せめて50万は……」


 ガノンはこの期に及んでなおも利益を得ようと必死だが、お父様は一歩も引かない。


「今までの取引の記録はすべて残してあります。品物と、それに付随した証明書も。合わせて商会連合に訴え出ればどうなるかおわかりですね? フェザーンの街だけではない。商会連合の関わるすべての都市で、あなたは商売出来なくなる」


 とどめとばかりのお父様の一言に、ガノンは完全にノックアウト。


「くそっ……覚えていろっ! この恨みは絶対晴らしてやるからなっ!」


 などと、小悪党感丸出しの恨み節を残して去って行った。

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