第26話「意外と難しくない」

 クロエは三冊の本を持って戻ってくる。


「わたしが持ってこれたのはこれだけなんだけど」


 と言ってミゲルに差し出す。


「ありがとう!」


 彼は喜んで受け取り、さっそくチェックしてみる。

 六位階【軽送/キャリー】に五位階【磁波/マグネット】。


 そして四位階【重渦/グラビトン】の三つだ。

 

「どれもすごそう。さっそく読んでいい?」


 聞いたミゲルはいまにも地面に座り込みそうだ。


「部屋で読んでくれない? 明日返してくれたら、それでいいから」


 クロエはあわててそう言う。


「そう? じゃあそうさせてもらうよ」


 ミゲルは喜び勇んで寮へと戻っていく。

 彼女がほっとしたところ、ポンと肩を叩かれた。


 ふり向くと同じクラスの女子たちがにやにやしている。


「転入生となかなかいい感じじゃない?」


「違う、そんなんじゃないよ」


 クロエは勘違いだと主張した。


「えー、あんなに大事にしてた地属性の魔法を貸したのに?」


「あんたが男子と話してるところなんて、初めて見たんだけど?」


 ニヤニヤしながら彼女たちは言う。


「はいはい、じゃあそれでいいよ」


 クロエは反論しても無駄だと思い、肩をすくめて寮内に引っ込んでしまった。


「あーあ」


「からかいすぎたかな?」


 女子たちは特に反省した様子もなく、男子寮へと視線を向ける。


「カイトを瞬殺したって話が本当か、聞きそびれたね」


「事実なら仲良くしておきたいよね」


 女子たちはそう言いあった。



 女子たちの話など知る由もなく、ミゲルは自室に戻って借りた魔法書を夢中になって読んでいた。


 そして読み終えて本を閉じて、


「やっぱり一番カッコイイ詠唱は四位階の【重渦/グラビトン】だな」


 と感想をつぶやく。

 彼にとって全部カッコイイのは言うまでもない。


「さすがに寮内じゃ練習できないだろうし、どうしようかな」

 

 と言ってから彼はポンと手を叩く。


「外はまだ明るいんだし、広い場所で練習すればいいじゃん」


 ダメだとフィアナに言われた覚えはないのだし、かまわないだろう。

 自分の中で結論を出した彼は再び寮の外に出る。


 先ほどの運動場に戻ってくると、周囲からの視線が彼に集まった。


「転入生が珍しいのかな。物好きだな」


 気づいた彼はそう言って片づけ、さっそく魔法の練習をはじめる。


「大地に眠るもの、夜の訪れとともにうごめくもの。この身に宿り大いなる力をふるえ【重渦/グラビトン】」


 誰もいない方向に向かって左手を広げると、黒い渦が放出された。


「お、できた。四位階だから一発じゃ無理だと思っていたんだが」


 意外と難しくなかったなとミゲルは思う。

 

(もしかしてレアだからわからなかっただけで、俺って地属性にも適性があったりするのかな?)


 同時にその可能性も考えついた。

 そしてそちらのほうが自然な気がする。


「クロエに教えられるように頑張るか!」


 地属性で悩んでいる彼女には言えないな、と気まずく思うミゲルではない。

 むしろ自分が適性あったほうが、クロエの役に立つのではないか。

 

 そんなまったく根拠のない考えに到達する。


 一方そのころ。


「バカな、あいつ【重渦/グラビトン】を発動させなかったか!?」


 まずは驚きの声が上がる。


「そんな、まさか」


「あいつ一年生だろう? いきなり四位階を発現させられるわけがない」


 そして否定の声が多数あがった。

 四位階は魔法使いとして、ひとつの到達点である。


 学生時代で到達する者はいるが、大半が著名人になるのだ。

 新入生がいきなり足を踏み込める領域ではない、というのが彼らの見解だ。


「そ、そうだよな」


「見間違いかな」


「まあ、四位階なら失敗しても、低位階相当の魔法として発動する場合もあるから」


 だから彼らは自分たちが信じやすい答えに飛びつく。

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