第24話「自転車に乗るみたいじゃ伝わらない」
「《地の最果てで嘆くもの、命が還る寝床に座すもの、わが身に宿りて天を駆ける力を与えよ》【遊翔/フロート】」
ミゲルがさっそく自分で唱えてみると、魔法はきちんと発動して彼の体は浮かび上がる。
「えっ」
というクロエの驚愕は、
「おお! いけた!」
ミゲル自身の感動にかき消された。
彼の体は一メートルほど上空に浮かび上がり、そしてふらつきはじめる。
「なる、ほど。浮かぶのは楽だけど、バランスをとるのが難しいのか」
酔っ払いの蛇行みたいな動きで彼は空をふらふら動いていたが、すこしずつ安定していく。
「え、ええ、えええ?」
見上げていたクロエはどんどん上手くなる彼の様子に、目を見開いて叫ぶ。
「あれ、まさか地属性の浮遊魔法?」
「バカな、成功しているだと!?」
「うそ、でしょ」
「レアな魔法ほど難しいはずなのに?」
「信じられない」
彼女の叫びで離れたところにいた他の学生たちがふり向き、【遊翔/フロート】を成功させたミゲルを目撃する。
(自転車を乗る要領だぞ、これ)
とミゲルは理解した。
ダメでもともとのつもりだったのだが、自転車でバランスをとる感覚を応用すれば一気に安定してきている。
「自転車に乗れる地球人なら、みんな空飛べんのかな」
と彼はつぶやいて地上に降り立った。
クロエはダッシュで駆け寄ってきて、彼の両手を勢いよくつかむ。
「ねえねえ、どうやったの!? 教えてくれない!?」
「うん、やっぱり言葉で説明するのは難しい気がするんだよなあ」
彼女の反応を予想していたミゲルは、動揺せず冷静に答える。
(だってこっちの世界に自転車ってないもんなあ。どう説明すればいいんだ?)
自転車があるなら話は早かったのに、と彼は内心ため息をつく。
「ま、まあ、魔法って感覚的な部分が大きいものね」
クロエは一応すこしは落ち着きを取り戻し、つかんでいた手を放す。
「そうだね。感覚とバランスの問題だと思うよ」
ミゲルは一生懸命に言葉を探しながら答える。
(魔法が使えないって悔しいもんな! 気持ちはよくわかる)
彼はそういう意味で自分はクロエのよき理解者のつもりだった。
「そっか、バランスか。どうやればいいのかはわかんないけど、アプローチは間違ってないって思えただけでも収穫だよ。ありがとう」
クロエは何とか笑みを作って彼に礼を言う。
「うーん」
魔法書を読みたいのに読めないと言われた自分のようだ、と感じたミゲルは彼女に同情する。
「じゃあこういうのはどうだ? 俺が魔法を使って君の体を持ち上げるんだよ。そうすればバランス感覚はわかるんじゃないか?」
悩んだ末彼はあるアイデアを思いついて提案した。
魔法制御のほうはどうにもならないが、浮遊するバランスが理解できるのは強いと彼は思うのだ。
「ええ!?」
クロエは彼の提案に仰天する。
同い年の男子に体を持ち上げられる構図を想像し、さすがにためらいが大きい。
「つかむなら肩かな? それともロープで縛るかな?」
「ま、まあ肩くらいなら」
悪意ゼロで聞いてくるミゲルに対して、クロエは妥協点を示す。
一瞬だけ警戒したものの、彼に下心らしきものはないと思えたからだ。
「じゃあ肩をつかむよ」
ミゲルは断ってから彼女の両肩を持ち、
「《地の最果てで嘆くもの、命が還る寝床に座すもの、わが身に宿りて天を駆ける力を与えよ》【遊翔/フロート】」
呪文を唱えて魔法を発動させる。
ふたり分の体重をものともせず、ふわりと彼らは浮かび上がった。
「わぁ」
地上から一メートルほど離れても安定している。
「こういう感じでバランスをとるっていうのはわかる?」
とミゲルは聞く。
「ええ」
クロエは風を感じながらうなずく。
(肩をつかんで持ち上げるって意外といけるんだなぁ)
ミゲルは内心シュールな光景だなと思ったが黙っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます