第13話「当然のセキュリティ」

「右が男子寮、左が女子寮ね」


 とクロエは黒いレンガ造りの六階建てを指さしながら言う。


「青い屋根が男子寮、赤い屋根が女子寮ってわかりやすいでしょう?」


「たしかにね」


 ミゲルは言われて初めて屋根を見て、それからうなずく。


「六階建てってそんなに人数いないの?」


 と彼は問いかける。


「ああ。寮住まいの人は多くないよ。通いのほうが多いかも」


「ふうん」


 ミゲルは全寮制ではないことを初めて知った。


「質問があったらわたしに聞くか、それか寮監に聞くかするといいよ」


 とクロエは微笑む。


「魔法書はどこに行けば読めるの?」


 彼は彼女の言葉に甘えて、いま一番気になっていることを聞く。


「それなら図書館が一番だよ。いま来た方向とは逆にある、あの緑色の建物がそうだよ」


 とクロエが指さした方向に目をやると、緑色の壁と白い屋根の建物が映る。


「おおー、いまからでも行けるかな?」


 ミゲルはそわそわしながら問いかけた。


「うん、七時までは開いているはずだから、まだ二時間くらいはあるよね」


 とクロエは答える。


「じゃあ行ってもいい?」


 ミゲルは彼女に確認するという分別を見せた。


「いいよ」


 彼女が笑って許可を出すと、あっという間に彼の姿が見えなくなる。


「そう言えば教科書のこととか図書館の説明しなかったな……フィアナ先生が説明したのかな?」


 クロエはふと気づいて首をかしげた。

 だが、ミゲルの様子を思い起こすと話しかけても無駄だろう。


「どうしようかな」


 と彼女は迷う。



 結論から言えばクロエの予想は正しかった。


 いまミゲルは新しい魔法書を読むことで頭がいっぱいであり、他のことは右から左へ通過してしまうだろう。


 図書館入り口のゲートで引っかかり、担当の職員に呼び止められてしまったのが、彼の焦燥感をあおった。


「転入生が来るとは聞いていたな。図書館の説明はまだだったのか?」


「ええ」


 ミゲルはじれったく思うのを我慢し、中高年の警備員の質問に答える。

 

(出入り禁止にされたくない!!)


 という想いが彼に礼儀を守らさせた理由だった。


「図書館は盗難対策として、魔力の登録が必要なんだよ。図書館以外の施設も必要になることがあるから、覚えておくといい」


 と警備員は言ってから彼の姿を見直す。


「君が嘘をついているかどうかわからないから、今日のところはお引き取り願ってもいいかな? 制服を着ているか、先生がたが一緒だったらよかったんだけどね」


「そ、そんなぁ……」


 ミゲルは入館を断られてがくっと肩を落とした。


 身の証を立てられない人間は入れないという、当然のセキュリティに納得できるだけに無念だった。


「くう……」


 警備員に同情がこもった視線を向けられていたミゲルは、やがて血の涙を流しそうな勢いで彼は立ち上がて決意をする。


「フィアナ先生を連れて来れば解決のはず……職員室どこかわからないけど!」


「まあ先生がたが保証してくれるなら、な」


 警備員はそれなら問題ないとうなずく。


「よし、そうと決まれば」


「あ、やっぱり入館断られたんだ」


 向きを変えた瞬間、クロエの姿が目に入る。

 

「クロエ……」


「だってあなた、説明してないのに突っ走っちゃうから。わたしも説明後回しにして悪かったけど」


 驚くミゲルに彼女はバツが悪そうな笑みを向けた。


「警備員さん、フィアナ先生から転入生をよろしく頼まれたと、わたしの証言があってもダメでしょうか?」


 そして彼女は警備員に話しかける。


「ちょっと待ってくれ。魔力確認、クロエ・キャンベルさんか」


 入り口付近のマジックアイテムを操作した警備員は、ため息をついた。


「まあ君のことは確認できたから、特例として認めていいよ。ただ、何かあれば君の責任ってなるわけだが」


 と当然の発言をする。


「大丈夫です。ミゲルくんがやるとしたら、魔法書を読むのに夢中になりすぎて、閉館時間になっても帰らないくらいでしょう」


 クロエはにこりと微笑む。


「め、女神」


 ミゲルは思わぬ救いの手に感激して彼女を称える。


「それは大丈夫なのか……? 違う意味でやばいのでは?」


 警備員は常識的な反応をしたが、彼の味方はいまここにいなかった。

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