真っ白い部屋
郁崎有空
真っ白い部屋
目を覚まして最初に見えたのは、真っ白い天井だった。
あまりに馴染みのない景色に少しずつ違和感を覚え、やがて飛び上がるように起きる。
寝転がされていた床がだいぶ硬く、後頭部がずきずきと痛む。床もまた非現実的な白だった。
制服姿で、外靴を履いているのに、手にはもっているはずの鞄がない。ポケットからスマホの類も消えている。
隣には、もう一人制服を着た女の子がいる。ツインテールに、左手首には包帯を巻いていて、幼さの残る顔。そっちも鞄の類はなさそうだった。
「……うげっ」
顔見知りであり、いま一番いてほしくなかったやつだった。私はすぐに真っ白な壁につくまで距離を取り、警戒する。
見たところ、ここはデスゲーム空間というやつでだろう。あまりにコッテコテな上にチープすぎる空間のため、逆に疑わしいけれど。もしかしたら、いわゆるアレかもしれない。
インターネットでたびたびジョークとして出る、一部界隈で有名な——
「んっ……」
もう一人の女子生徒——
彼女が困惑するようにきょろきょろ見回して、こちらを確かめる。
「……
「名前で呼ぶんじゃないよ」
三角座りで、キッと彼女を睨みつける。
しかしそんな私の気持ちを読み取る気もなく、智路瑠はこちらに四つん這いで寄ってくる。
あまりにイラつき、私は靴を履いた足裏でバンとわざと大きく鳴らした。
「ご、ごめ……」
彼女が怯えた様子で最初いた位置に戻っていくのを見て、こちらも「フン」とバカにしたように鼻を鳴らす。
この空間の周囲を見回す。見たところ、なにかあるようには見えない。それどころか、扉や通気口や穴のような類も見られず、どうやってここに入れられたのかすら分からない。
そもそも、どうしてこんな場所にこんなやつと二人で入れられたのだろう。私がなにかしたにしては、こいつもなんの事情を知らないのはおかしすぎる。
そもそも、私はこいつに手を下してた主格犯じゃない。智路瑠まわりでピンポイントに誰かに恨まれる筋合いなんかないのだ。
息を吸って吐くのを三回繰り返す。そこまで大きくもない完全密室の割に、空気がこもってる印象はまったくない。ここがなにか普通じゃない場所だと確信する。
立ち上がって、壁の四隅を歩いて確かめてみた。しかしまるで、なにか穴があるようには見えない。錯覚のようなものもなく、ただプラスチックのようにつるつるの床がそこにある。
そもそも、ここに来る前に私はなにをしていた。足を止めて、ふと振り返ってみる。
確か、放課後だった。なんとなくやってる部活の後に、同じ部活だからなんとなく付き合ってる友達と薄っぺらい話に合わせて歩いていたところだった。それからの記憶は、まったくなかった。
気持ち悪い。攫われたような記憶も、途中で視界が暗くなったような記憶も存在しない。本当に気がついたらここにいた。現実にしては脈絡がなさすぎる。夢だったと思いたいくらいだ。
その場の壁にもたれかかり、頬をつねってみた。
痛い。ただ、それだけ。それ以上は、何度やっても変わらなかった。
「ねえ、
「……なに?」
「ここどこ?」
「知らないよ。むしろこっちが聞きたい」
本当に、こいつと一緒に閉じ込められるいわれはない。せいぜい、こいつがイキったクラスメイトに嫌がらせされてるところをはたから笑って見てただけだ。それは私以外もやってることで、私だけが呼ばれる理由にはならなかった。
正直、こいつは苦手だった。こいつと関わりでもしたら冷やかされるというのもあったが、なにかと鈍臭いところや、いかにもバカという感じの受け答えをしているのもあり、はたから見ててもイライラさせられていたのだ。
さっさと学校来なきゃいいのに。来なきゃそもそも嫌がらせなんかされないし、そこまでして学校を来る理由がわからない。余計なことで騒ぎを起こして、仕掛けたバカが悪いにしても、こいつも大概迷惑だ。
思えば、まわりはバカばっかだった。学校で上手くやっていけなかったバカ、こんなものに執念して色々やってたバカ、なにもしなかったくせに表向きの同情だけは一丁前なバカ、普段偉そうなことばかり言うくせにそういう対処をめんどくさがって雑な対応してた大人のバカ、食卓で誰かを罵倒するためになんとなくでテレビをつける大人のバカ。
そして、こんなところにバカと二人で監禁しやがった悪趣味なバカにも苛立っている。
何の理由があって、こんなことをしたのか。どっかから見てるやつは、果たして何が見たいのか。もしかして、ここで死ぬのか。何故こんなところで死ななければならないのか。まだ私は中学生で、これから何もできてない今を変えようと思っていたところだったのに。
衝動的に壁を蹴った。それで壁がどうにかなるということもなく、ただ痛みだけが走る。思わずその場に足の指先を抱えてうずくまる。
「大丈夫?」
「うるさい!」
涙が出てきた。ムカついて、床をガンガン叩く。どうにもならない。ただ手が痛くなるだけ。
どうして、どうして、どうして。
どうして、私がこんな目に遭わなければいけないのだろう。やるなら、智路瑠をいじめてたバカやら、大人のくせに何もしなかった教師のバカを閉じ込めればよかったはずだ。そしたら勧善懲悪で最高エンタメの誕生で、みんな死んで痛快爽快大団円だったはずだ。私と智路瑠なんか閉じ込めたって、なにひとつ楽しいエンタメではないだろう。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
床にだらしなく仰向けに転がりながら、衝動的に、声の限りに叫び出していた。もしかしたらこれで、この部屋の近くにいた誰かが気づいてくれるかもしれない。閉じ込めたやつが満足して元に戻してくれるかもしれない。誰かが助けてくれるかもしれない。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて——
「相原さん!」
がしりと肩を掴まれる。
ムカつく顔が、目の前にあった。叫び声が枯れて、喉が痛い上に過呼吸状態になっている。
こいつのせいだ。こいつのせいで閉じ込められたんだ。こいつがいたから、なんか理不尽な理由で私も巻き込まれてここにいるんだ。
「どうしたの! 相原さん!」
「うるさい! 触るな! 死ね! 全部お前のせいだ!」
智路瑠のお腹を、勢いづけて蹴り飛ばす。彼女は空気人形のようにたやすく浮き上がり、よだれを吐き出して床に転がる。
よだれの一部が、べちゃりと手についた。他人のよだれほど汚いものはない。怖気がたち、それがまたさらなる苛立ちに変わる。
倒れた彼女に馬乗りになる。生き物らしくばたばたと抵抗するが、それも別に抑えきれないものでもなかった。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
子供っぽいツインテールの髪をがしと乱暴に掴み、衝動的に彼女を殴り続ける。何度か外して床を殴り痛かったが、ここまできたら止められなくてそれでも続ける。智路瑠は鼻やら口やらの血で汚れた顔で声を絞り出す。
「ぃだ、ぁ……やめ、でぇ……ごべ、んな、ざぃ……ば、だじ、まだ、なに、か、ぢだ、がなぁ」
ふと、バカだと冷笑する自分の思考が頭に浮かぶ。しかし、それでも私はそれを振り切って彼女を殴る。やめた後に報復されて、今の優位にある立場が壊れるのが怖かったからだ。
もしかしたら、こいつは凶器を持っているかもしれない。私はとっさに、体勢を少し変えて智路瑠の制服のポケットを漁っていく。
右ポケットにカッターナイフがあった。リストカットしてるという話はあったが、まさか普段からこんなものを持っていたとは思わなかった。
「がえじ、で……」
「返したらどうするつもりだ? 私を殺すのか? そうなんだろ! こんなもん持ってたらそうするよなあ! お前人間だからそうするよなあ!」
「じな、い……がら……」
カッターナイフをこちらのポケットに入れて、そのまま胸に一発。鳩尾の詳しい位置が分からなかったし、フィクションで見るようにそれで気絶することはなかったが、痛がったので結果オーライだった。
そういえば、と。胸を殴る感触のなさに、ふとひとつの興味が湧く。
こいつ、本当に胸があるのだろうか。実は男なんじゃないだろうか。体育の時間に着替えるようなことはあるし、水泳の時間になんの違和感なく女子用のスク水を着ているのを見たことあったが、そこまでちゃんと見たことがなかった。
怒りが快楽に変わる。私は乱暴に彼女の制服を裂こうとする。
「な、なにぢで……!」
しかしどうにも、上手く裂けない。制服は思いのほかしっかりしていて、それがもどかしく、すぐにポケットのカッターナイフを出して刃を出す。
「暴れたら死ぬぞ!」
「いやぁ! やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ——痛ぁ!」
悲鳴を上げながら暴れる彼女の制服を、高ぶる感情を抑えて乱雑に切る。あまりに動いてくれたせいで途中で刃が素肌に当たって、彼女がまた声を上げる。
耳障りだった声が、心地よくなっていた。気づけば私の口角が上がっていることに気づいて、私はいま人生で一番楽しいんだと気づく。
切りながら、何度か殴り、どうにか乱雑ながら切れた制服や下着を上下ともに乱暴に脱がして、彼女の裸を見つめた。
控えめながら確かにある乳房に、股に縮れ毛のもじゃついた突起物のない陰部。彼女は確かに、男のそれではなかった。
「うえ、え、えぇぇぇ……」
智路瑠が力なく嗚咽し、泣きだした。股のあたりからは黄色っぽい液体も漏れ始めている。
それでわたしも、頭が真っ白になった。こんなことしてどうするんだ、と。こいつなんか脱がして、なにがしたかったんだと。
私、なんでこんなバカなことしてたんだと。
カッターナイフを取り落として、もつれる足で遠くの壁際へと逃げる。報復されると思ったが、戻って取りに行くことなど考えられなかった。
それからずっと、彼女の泣き声を聞きながら、私はその場で震えていた。
*
結局、気がつけば私はパジャマ姿で家のベッドの上にいて、次の日の朝になっていた。冬なのに寝汗がひどく、すぐに着替える。
あれは、夢だったのだ。ただはっきりしているだけで、ただの悪い夢だったのだ。
そう思い込みながら、いつものように着替えて、いつものようにご飯を食べて、いつものように歯磨きをして、いつものように友達と合流して学校へ行く。そうしてなんてことなく、いつも通りの日常へと帰るつもりだった。
教室へ来て、適当な友達に挨拶する。だけど途中で、私はバランスを崩して床に転がり、近くの椅子の背もたれに頭をぶつけた。
「ヒッ……!」
彼女の席に、智路瑠がいた。もちろん、いてもなにも不思議なことではない。むしろこれは私がおかしいのだ。
クラスメイトが私を嘲笑った。智路瑠をいじめていたやつらが、新しいおもちゃでもできたように私を煽った。私はどうにか誤魔化さないとと思いながら、ただ必死に智路瑠から逃げるように自分の席に戻った。
立ち上がる一瞬、智路瑠の顔がちらと見る。
衆目がこちらに向いてて、誰一人気づいた様子もない。しかし、私はそれをちゃんと捉えていた。
彼女もこちらを見て、あきらかに怯えていた。
*
あの謎の密室監禁事件から、一か月が経つ。
智路瑠が不登校になり、次は私がいじめの標的になった。あの時、智路瑠ごときに間抜けな反応をしていたのが滑稽だったから、という理由らしかった。
最悪の部活が終わり、外靴の裏にべっとりと張り付いたガムを必死に指で剥がして、ベタベタの残った靴の中に足を入れる。
気持ち悪い。
バカの唾液にこんなに触れてしまった。それでも嫌がらせは無駄に手が込んでいて、友達も私から距離を取り始めて、私一人ではどうにもできなかった。
目の前に映る全員を殺したかった。それでも、この世には「バカを殺していい法律」なんてものはどこにも存在しなくて、法に逆らい罪を犯す勇気もない私にはそれももちろん叶わなかった。
ふと、智路瑠のことを思い出す。
彼女もこんなことを思っていたのだろうか。知らず知らず、私も恨まれていたのだろうか。結局、彼女のことなどなにも分からないまま、彼女は学校から逃げてしまった。
そう考えていたところで、通りがかった一軒家の表札を見て反射的に足を止める。
〈赤池〉
彼女の家なのだろうか。それとも、まったく関係ない誰かの家か。
分からないが、私はすがるようにその家のチャイムを鳴らした。
『はーい?』
智路瑠じゃない女性の声。母親の声だろうか。
「あ、あの、その……」
「はい?」
たった一ヶ月で、話すのも苦手になっていた。何か言うたびに否定されていたら、誰だってこうなる。いや、もしかしたら、元から人とこうして積極的に話してこなくて、元からこうだっただけかもしれない。
いまとなっては、どうだったかなにもわからない。
「ち、智路瑠さんのクラスメイトの相原ですっ!」
どうにか早口で答えた。ちゃんと伝わっただろうか。
少しして、家の玄関扉が開く。中から四十代ほどの女性が顔を出す。どうやら、ちゃんと伝わったようだ。
智路瑠に似た気弱そうな雰囲気で、どこか少しやつれたような顔をしている。
「上がって」
よかった。どうやらここは、ちゃんと彼女の家みたいだ。
私は躊躇いながら、中へと入る。
靴を脱いだ時、いまだこびりついたガムの残りが足裏で粘ついているのを感じた。このまま玄関に上がるわけにもいかず、どうにか足裏の粘つきを均してから家に上がる。
そしてその様子を、女性は眉尻を下げてじっと見つめていた。
「あなたも、いじめられてるの?」
「え……」
「あ、いえ……ちろも前に、同じようなことしてたなと……」
「…………」
同じようなことがあったのか。
遠からず、あるいは決定的に、彼女の不登校に加担した身でどうにも答えづらくて、その場で黙ってただ俯く。
「あ、ごめんなさい。いきなりそんなこと言われて、困りますよね」
「いえ……」
部屋を上がって、二階へと案内される。
「ちろの友達ですか?」
「ええ、まあ……」
彼女に会えないことが怖くて、つい嘘を吐く。こんな嘘、すぐバレるだろうに。今更、そんなことがバレたら殺されてしまうんじゃないかと、違う恐怖が湧き上がってくる。
智路瑠の母親が扉をこんこんと叩く。
「ちろー、クラスの友達来たけど」
「…………」
返事はないが、物音はした。確かにこの先に、彼女がいることが分かった。
ガチャリと錠が解かれ、扉が開く。
暗い部屋の中、もはや結んでもいないボサボサの長髪の智路瑠が顔を出した。ピンクのパジャマの上に、青い上着を着ている。
晒された左手首には、横一線に何重も傷がついていた。
「……!」
彼女が私の顔を見て、化け物でも見たように足がもつれ尻餅をついた。
「っどうしたの! ちろ!」
「あ、いや……ごめん…………ひさびさだったから、驚いちゃって……」
「本当に?」
「……うん。だから、心配しないで」
「ならいいけど」
彼女の母親がこちらを警戒するように見つめながら、道を空ける。
私は冷や汗が出るような思いで、部屋の中に入った。私と彼女の二人で、扉が閉まる。
こちらに気を遣ったのか、真っ暗な部屋に電気が点けられる。そのままベッドの上に案内されて、私は彼女の隣に座った。
部屋には、間抜けな顔の生き物のぬいぐるみやらゲームやら漫画やらが散らばっていて、当然のことながら彼女も普通の子なのだなと感じる。
「なんで入れたの?」
「え……」
「私、別にあなたの友達でもなんでもないし。それに、私……」
とっさに、制服の袖で目を拭った。あんなことした側が泣くのは、ずるいと思ったからだ。
「ねえ、相原さん」
「……なに?」
「変なこと聞くかもだけど……真っ白い部屋に飛ばされたこととか、ある?」
「……うん」
「そっか……」
彼女がベッドの上でうずくまる。彼女の顔に、怒りや憎しみの類は感じられない。
それが逆に、どう反応すればいいか、とにかく居心地が悪かった。
「学校はどう? わたしが消えてどうなった?」
「……私が、いじめの対象になった」
「あ……」
彼女が申し訳なさそうに俯く。
私はすぐに訂正するように、ふらふらとだらしなく手を揺らす。
「あ、でも別に学校に来てほしいとかじゃないよ。学校来ても、あいつらの暴力の正当性を煽るだけだし」
「じゃあ、なんでここに……」
「それは……」
なにも考えていなかった。
ただ、すがる先が欲しかった。何故それで、よりにもよって自分が一番酷いことをした彼女にすがろうと思ったのか、自分でもよく分からない。
ただ、あの真っ白い部屋に私と閉じ込められた彼女ならと、あの体験に希望を感じていたのかもしれない。
「白い部屋のことで……」
「え……」
「ごめん。あんな状況で気をおかしくしてたとはいえ、あんなことした。殴った跡は残らなかったけど、それでも怖かったと思う」
「…………」
「怖かったよね? だから、学校にも来なくなって……」
返事がない。それがなによりも怖かった。
ここにもすがる先がないとなれば、私の居場所はどこにもない。そしたら、私は……
彼女はぼんやりと考えて、ようやく口を開く。
「うん。怖かったし、痛かった。悪意を向けられることはあっても、あそこまで本気でわたしを殴ってくきてあんなことする人は初めてだった」
「……ごめん」
「あと、恥ずかしかった。なんで脱がしてきたの?」
「……ごめん」
いままで見下してきた相手に、何故だか肩身が狭くなる。いたたまれなくなって、いますぐ逃げだしたくなってくる。
それでも、ここで逃げたら二度と彼女に会えない気がして、帰る気にはなれなかった。
沈黙が続いて、そろそろ追い出されるんじゃないかと思ったところで。
智路瑠が、ぼそりとつぶやいた。
「脱いで」
「……は?」
「だから、脱いで。……いまでも意味わかんなくて、恥ずかしかったんだから。反省していると思うなら、相原さんも全部脱いでほしい」
数秒置いて、ようやく話を呑み込む。
そうして、少し恥ずかしく思いながら、どうにか立ち上がって智路瑠の前に立つ。いまはただ、彼女のためにできることなら、なんでもしたかった。
彼女の前で重い制服を一枚ずつ脱いでいって、下着とソックスだけの姿になる。
智路瑠は顔を赤らめながら、ただじっとこちらを見ている。
「なんだか、いけないことしてるみたい」
「……言わないで」
ためらいがちに、下着を外した。そこそこに膨らんだ乳房が、ふるると彼女の目前に晒される。
すべて脱いで、恥部を隠さないでそのまま智路瑠の前に立つ。彼女の次の言葉を待った。
彼女は生唾を飲んでから、前のめりがちなつぶやいた。
「……でかいね」
「普通、だよ……」
「全然普通じゃないよ。わたしよりでかいもん」
「それは……」
「ていうか、そこの毛も剃ってるんだ?」
「智路……赤池さんが、あんまりにもじゃついてたから……」
「そうだった、恥ずかしいな……」
「ていうかもう……服着ていい?」
「だめ」
「えっ」
「相原さんの裸体、これだけ綺麗で二度と見られないかもだもん。あと、もうちょっとだけ」
「いや、別に……二度とってことはない、けど……」
「本当?」
「それでいいなら、何度でも来て見せてもいいけどー……」
暖房のせいなのか、自分の内側からのものなのか。熱っぽい頭が、とんでもないことを口走らせた。
何言ってるんだ。このままじゃ私は、服を脱ぎに智路瑠の家に通う羽目になってしまう。
彼女はふふっと、突然口を押さえて噴き出した。私の言葉か、それとも私の困った顔か、それともこの滑稽な姿か。あるいは、それらが組み合わさった結果かもしれない。
「じゃあ、お願いしようかな」
「……服着ていい?」
「まだだめ。それじゃ反省にならないし。わたしは無理やり脱がせられたんだから」
「それは、ごめんだけど……」
心の中で、ようやく安堵が生まれる。
これからずっと、この家に通って、彼女に会うことができる。そのことに、私はどこか救われたような気がした。
いまの私は、きっと彼女のどんな提案も呑みそうだ。服を脱ぐ以上の提案など、そうそう存在しないだろうから。たとえそんな提案があったとしても、私はつい呑んでしまうだろう。そして、そのことにどこか期待する私もいる。
もちろん、そんなこと彼女に言うつもりもないけれど。
真っ白い部屋 郁崎有空 @monotan_001
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