服
鮫
憧憬
いつからだろう。
小綺麗に着飾っている華やかな女性の側を通る時、ほんの少しの敵対心を抱き、ささやかな抵抗として息を止めるようになったのは。
風が冷たくなってきた11月。突然吹いた強風に、落ち葉が飛ばされ足元を掠めていく。
紺色のニットのセーター、スエード素材のスニーカー、栗色の髪の毛の上にはちょこん乗ったベレー帽。
帽子が風に飛ばされないように、可愛い仕草を意識して、頭をおさえた。
今まで色んな服を着てみた。
清楚なワンピース、スポーティーなパーカー、大人っぽいハイネック、可愛らしいフレアスカート、ワークスタイルな襟シャツに、カジュアルなスキニーパンツ。
髪の毛を巻いたこともあった、アクセサリーで飾ったこともあった、メイクもコンタクトも変えてみた。香水だって試してみた。
だけど、『かわいい』って一言言ってくれたのは、ナチュラルな服の時だけだった。
『かわいいね』って、ただ一言。
私にだけ向けた言葉が欲しくて、必死になっていた。
その頃から私は貴方のことが好きだった。
12月。コートを着ないと外に出られない寒さ。
何を着ようか迷って、ダッフルコートを選んだ。
私に似合うものを、私らしく着こなせるようにと思って買ったコートだった。
だけど、貴方の隣を歩くにはほんの少し子どもっぽい気がして、その日以来、そのコートはしまい込んだ。
それでも私は貴方のことが好きだった。
1月。貴方がコートを買ってくれた。グレーのロング丈のダッフルコートだった。
またダッフルだ、って思ったけど、貴方と一緒に買いに行って、『すごい似合ってる』と褒めてくれたから、お気に入りになった。
貴方がよく着るグレーのコートと、どこか雰囲気が似ていて、隣を歩くのに少し自信を持った。
変わらずにずっと私は貴方のことが好きだった。
2月。酔った貴方が雑誌を見ながら『お団子髪とか似合うんじゃない?』と提案してきた。
髪の長さが足りなくて、まだまだお団子を作れない長さだったけど、「今度試してみるね」と返した。
その後のデートで、小さいながらショートヘア用のお団子を作って出かけた。
一言『その髪型、顔でかく見える』と言われた。
だけど私は貴方のことが好きだった。
3月。普段人付き合いを全然しない貴方が、珍しく誰かと連絡を取っていた。
『今度綺麗な女性2人と飯行くわ』貴方はそう言って、私とはまるでタイプの違う女性の写真を見せてきた。
ロングヘアで、緩めのウェーブがかかっていて、大人っぽいメイクに、清楚で上品なフェミニンな服を着た女性だった。
『可愛いよなあ〜』私と見比べながら、貴方は言った。
胸が痛いけど、それでも私は貴方のことが好きだった。
4月。何を着ても、何をしても、貴方の目には私が映らなくなった。
髪を切っても、新しい服を着ても、貴方は気づかない。
テイストを変えた服を着てみた。女性らしい服を買ってみた。気づいてもらえなくて、だけど見て欲しくて、「これ、どうかな…?」と聞いてみた。
『似合わないね』と貴方は言った。
「だよね、似合わないよね」そう言って笑うことしかできなかった私から、貴方はすぐに目を逸らしてスマホのゲームに視線を移した。
初めて褒めてもらえた時の服を着た。
唯一『かわいい』と言ってくれた服だった。
「…これとかは?」恐る恐る聞いた。
『なんでもいいというか、どうでもいいというか…笑』
声だけで笑って、こちらに見向きもせず、指はスマホの液晶を滑っていく。
ああ、終わったなぁって、ぼんやりと思った。
春。可愛らしい服装の女性が増える。
私はまた、彼女たちに理不尽な嫉妬を覚える。
私が怖くて着られない服を、女性らしさを全面に出しながら優雅に着こなす彼女たちが、羨ましくて妬ましくて仕方がないのだ。
そして、尊敬と羨望の目で追ってしまう。
いつからだろう。
小綺麗に着飾っている華やかな女性の側を通る時、ほんの少しの敵対心を抱き、ささやかな抵抗として息を止めるようになったのは。
彼女たちのようになりたいと思いつつも、また一つ自分の殻に籠るようになったのは。
服 鮫 @pochimaru
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