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 夕方五時から始まった立食パーティーの会場で、クピド適性試験の最終順位が発表された。


 一位は黒須麗奈、二位は福山瑠美夫、三位はそんなやついたかというような山田誠也という坊主頭の中学生だった。三人は嘉納副会長から翼をあしらったトロフィーを壇上で授与された。


 ちなみに、森村優慈は最終試験が普通の成績だったことが響き、順位は前日の八位から二十六位に後退した。


 クピド適性試験の合格者は九十八名。雷様の村井は九十六位、小学五年生の手塚は五十二位。優慈と同部屋のものはみな揃って合格した。


 会場ではカメラで写真を撮り合う光景が見られ、一番人気は黒須麗奈だった。列をなして彼女を撮影したり、また一緒に撮ってもらったりしていた。その記念撮影好きのものたちが次に被写体として選んだのが、優慈だった。

 

 優慈は精一杯のサービスでカメラに向かってほほ笑んであげたが、そんな笑顔は邪魔で、中には「後ろを向いてもらってもいいですか」と注文を付けるものもいた。二十六位のただの顔よりも背中の青い翼の方に写す価値があったのだった。


 福山瑠美夫は落ち込んでいた。表彰式には出席したが、ビュッフェ形式の食事をすることなく部屋に引き籠ってしまった。


 原因は、「勘違い」だった。


 黒須麗奈は「あなたたちは勘違いしている」と言っていたが、優慈はその答えを彼女にきかなかった。まさか、男ということはないだろう・・・それとも旦那がいるとか・・・日本クピド協会北海道支部のスタッフというだけで、山本朱美さんと同じように一般人なのかもしれない。それなら、結婚していても不思議ではない・・・でも、彼女には翼があった。彼女は愛の能力=愛Qが相当高いクピドだ。それは間違いない・・・だとしたら、勘違いって? 俺たちが勘違いすることって、他に何がある?・・・彼女が男であるという以外に・・・優慈は最良の答えを導き出すことができず、「勘違い」の話を部屋で瑠美夫に伝えたのだった。


 すると、瑠美夫はすぐに答えを出した。

「教えてくれてありがとう、おまえはなんていいやつだ。ああ、確かに俺は勘違いをしていたよ」と言い、瑠美夫は自分の勘違いについて語り始めた。「つまり、こういうことだ。俺は自分だけが条嶋アンナのことを好きだと思っていた。これが勘違いだったのさ」

「わかんねーよ。どういうこと?」と優慈。

「鈍いね、優ちゃんは。まだ、わかんない? 好きなのは俺だけじゃなかったっていうこと。彼女、条嶋アンナも俺のことが好きで好きでたまらなかったのさ。俺らにはそこまで読めなかったけど、一等賞の黒ガキだからその愛に気づくことできたんだ。すげーな、黒須麗奈は!」


 福山瑠美夫はどこまでポジティブなんだろう。優慈は呆れながらも、瑠美夫の考えを否定はしなかった。恋のキューピットとして今後やっていくためには、そういう角度からの発想も必要だろうと思ったからだ。そして、そういう考えができるのは瑠美夫の特異な才能なのだと思った。

 

 それで、午後五時から始まるセレモニーの前に、会場にいた条嶋アンナのもとへ二人で歩み寄った。


 条嶋アンナは瑠美夫に告白されることを心で感じ取っていた。二人が近づいてくると、背中の翼を心持ち羽ばたかせ、瑠美夫に向かって可愛らしくほほ笑んだ。なんて素敵な女の子なのだろうと優慈も瑠美夫も思いながら、二人はアンナの前に立った。優慈に肘で脇腹を小突かれ、瑠美夫が緊張した唇を舌でなめる。

 しかし、求愛の言葉が瑠美夫の口から飛び立っていくことはなかった。言葉を作りだす前に、「あなたたちは勘違いしているわ」とアンナは言った。

「えっ?」

「私はあなたたちが思っているような女の子じゃないの。私は、よ」


 条嶋アンナは自分達よりもちょっと年上の二十歳前後の女性だと優慈も瑠美夫も思っていた。しかし、そうではなかった。彼女は年齢を語らなかったが、第二次世界大戦の終戦前に生まれたと言った。二人は頭で計算する。最少でも五十五、六歳だった。

 その若い顔立ちは化粧でごまかしているのではなく、クピドの特典であるライフポイントのたまものだった。条嶋アンナは三歳からクピドになり、若い頃から多くのカップルを成立させ、二百歳まで長生きできそうなほどのライフポイントを貯めてきた。彼女のところだけ時間がゆっくりと流れているかのように、老化せず、二十歳前後からから肌の艶も体形も変わらなくなってしまったそうだ。


「優秀なクピドは、若く見られるものなの」


 アンナのその言葉とともに、福山瑠美夫の生涯の恋は終わった。


 優慈はビュッフェコーナーでステーキ肉とフライドチキンとポテトフライとサンドウィッチとパイナップルとフォークを皿にのせて、部屋へ戻った。

 ルミオは一番奥の窓際のベッドで、ゲームボーイをしていた。


「布団をかぶって、わんわん泣いているのかと思ったよ」

「泣くか」

 優慈がサイドテーブルに置かれた銀のトロフィーを脇によけ、料理を盛った皿を置いた。瑠美夫はフォークを刺し、ステーキ肉に噛みついた。くちゃくちゃと食べながら、

「おめーはどうして一位になれなかったんだ」と瑠美夫は尋ねた。

「一位? むりだよ、一位なんて」

「おれは悔しいよ、一位になれなかったのが。こんな銀色をもらったって、うれしくねーし」

 瑠美夫は蔑むように銀のトロフィーに視線を落とした。

「二位で上出来だよ。黒須麗奈にはかなわないって。あいつ、愛で人を殺したいって言ってたんだぜ」

「おおっ、怖っ」

「だから、誰にも負けたくないんだって。そんなやつに勝てるか」

「勝てるさ、勝ちたいと思えばな」


 瑠美夫はサンドウィッチをパクつき、フライドチキンを頬張った。


「おれは、黒チビが愛で人を殺しそうになったら、愛でそいつを助けるクピドになる。そいつが憎らしい悪党でもな。あいつ以上に能力があれば愛で人の命を救えるんだ」

「すげーな、瑠美夫君、カッコいいよ」

「おれはぜってーあいつ以上のクピドになってみせるからさ、優ちゃんは、そのカッコいい俺以上のクピドになれよ」

「おれが? むりむりむり」

「まあ、そうだろうな、三十八位だっけ、二十九位だっけ、優ちゃんは」

「二十六位」

「雑魚だよな、二十六位なんて。青い翼なのに全く期待外れだったなと思ってさ。ただ、青いだけで、たいしたやつではなかったよな。ほんとはこんなもんじゃないんだろう」


 瑠美夫は指でポテトフライを何個か口へ運び、汚れた手をシーツの淵で拭いた。


「こんなもんだよ。ただ青いというだけで、まったく能無しさ。俺が努力をしなくたって、勝手に翼が力を発揮してくれればいいのに、そういう魔法はないんだ」

「だったら、自分でその翼に見合うように頑張ればいいだろう」

「何を急にわかったような口をきいてんだよ。アンナにふられたからって、悟ったように言うなよ。

「ふられてねーし。身を引いたんだよ。せっかく俺たちとは違う青い翼が生えたんだから、そいつを活かさなきゃ宝の持ち腐れだって言っているんだ」

「青いから能力がありそうって勝手に思うなよ。むしろ逆で俺にとってはハンデキャップなんだよ」

「俺は親切にアドバイスしてやってんだ」

「何が親切だ。五十半ばのおばさんに失恋したおめーを心配して食いもんを持ってきてやったのに、礼の一つも言わないで食いやがって」

「恩着せがましく言うんなら、パイナップルよりメロン持って来いよ。おれはパイナップルが大嫌いなんだよ、役立たずの翼を着けやがって」

「翼でお前の好き嫌いを当てろってか、何を言ってるんだ、何を愛で人を救うだ。24時間テレビじゃあるまいし。黄色い翼を生やして黒チビと対決するってか。そうなったら携帯に電話くれ、応援にいってあげるから」


 こんな口争いがそれから十分も続いた。話すことがなくなり、それぞれのベッドで横になり、二人とも少し眠った。


 その夜、村井と手塚が部屋に戻って来た時刻は九時過ぎだった。


「わー、トロフィー」

 手塚が銀色のトロフィーを目ざとく見つけ、一番奥のベッドの上にいる瑠美夫のそばまで行った。

「触っていいですか」

「やるよ」

「ほんとうですか」

「バカ、嘘に決まっているだろう。俺はな、思い出を大切にするタイプの人間なんだよ」


 手塚はトロフィーを手にしながら村井に「写真を撮ってください」と頼み、村井はデジタルカメラで撮影した。


「パーティは七時に終わったんだろう。こんな時間まで、どこにいたんだ」と瑠美夫。

「ずっと食堂にいました」と手塚は答えた。

「食堂で何をしていたんだ」

「ふたりで愛の問題を出しっこしていました。あっ、そうだ。ねえねえ、聞いてくださいよ。村井さんたら、こんな問題を出すんですよ。男の人が男の人を好きになったら、僕らは矢を放つべきでしょうかって」

「恋愛の神様クピドがいた神話の世界では男女の愛が基本だから、むずかしいかなと僕は思うんだけど、優慈君はどう思う?」と村井。

「どんな愛も差別しちゃいけないんだから、『心のままに』って囁いてあげればいいんじゃない」

「瑠美夫君は?」

「知らねーよ、そんなこと。今になって面倒くさいことを疑問に思うなよ。明日帰るんだぞ。歯を磨いてもう寝ろ」

「そんなに怒らなくてもいいだろう」と優慈。

「俺は心配していたんだ。問題の出しっこなら部屋の中でもできるだろう」

「だって瑠美夫さんが気をきかせろって言ってたから」と手塚。

「えっ、おまえらはそれで食堂にずっといたの」

「はい」と手塚。

「そうですよ」と村井。

 瑠美夫は笑い出した。

「おまえらはいいやつだな」

「彼女とうまくいきましたか」と手塚。

「ああ。おかげで小学生には見せられない夢のような時間を過ごすことができたよ」

「どんな感じでした」

「この枕を思い切り抱きしめてみろ」

 瑠美夫はベッドの枕を手塚に放った。手塚はそれを抱きしめた。

「もっとだ、もっとぎゅっとだ」と瑠美夫。「キスするようにもっと強く」

「できません」と言って、手塚は力を緩めた。

「何照れてんだよ、枕に恋してんじゃねーよ。矢を放って一生離れられないようにしてやるぞ」

「えっ、そんな。僕の初恋は瑠美夫さんの枕なんですか」

「写真撮るから並んで」村井はみんなを誘った。「手塚っちはそのまま枕を抱いていて、瑠美夫君はトロフィーを持って、優慈君は青い翼をこっちへ向けて。撮るよ、撮るよ・・・ハイ、ツバサ」


 森村優慈ら受験生は翌日クピド適性試験会場のお城をあとにした。現在、このお城は建物も遊園地も木葉に覆われ、廃墟になっている。それ以降、優慈は手塚雅史にも、黒須麗奈にも二度と会うことはなかったが、福山瑠美夫と村井智宏とは腐れ縁なのか、この年のクリスマス実習で再び会うことになる。

















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