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いかにも東京から観光旅行できました、っていう感じのオーエル二人組だった。彼女たちは双子のように似ていたが、他人であった。彼女たちは長老に恋愛の悩みを打ち明けた。どうやら二人は同じ男を好きになってしまったようだ。
「彼も私たちのどちらかに好意があるらしいのだけれど、はっきりしなくて。それで彼の気持ちを知りたくて、ここへ来ちゃいました」
「つまり私たちのどっちにラブラブなのか教えてほしいんです」
「ええと、吉田さんは獅子座のA型で、あっ、彼は吉田健介って言うんですけど、髪形が巨人の星の花形に似ていて、会社では花形君って呼ばれているんです。背が高く、モテ男で、バレンタインデーのチョコも義理じゃなくてたくさん届くんです。チョコをあんなにもらう社会人の男はそういません」
「その彼が私たちのどっちを選ぶかを教えてほしいの。できますか」
「もちろんできますよ、私はクピドの長老ですからね。でも、事実を知ることが二人にとって幸せかどうかはわからないがな」
「どういう意味でしょうか?」
「言ってることが、わかりませんけど」
「彼が二人のどちらにもまったく好意を寄せていないこともあるということだ」
「それはないと思いますよ。吉田さんは私のことが好きなはずです」
「いいえ、私のことが大、大、大好きなのに、彼ったら、テレ屋さんだから言いだせずにいるんです」
「あら、恵ちゃんはおかしな夢を見ること。私は、吉田さんと結婚している夢をよく見るの」
「和ちゃん、かわいそう。吉田さんとの結婚を夢で終わらせようとしているのね」
「ふん。なにさ。私はあなたより吉田さんとのつきあいが長いんだから」
「会社の席が隣同士なだけでじゃない! それとも恵ちゃんは、席が隣なだけで妊娠すると考えてるの。そう言うのもおつきあいって言うんならご自由に。どっちみちデートの回数は私の方が多いんだから」
「ちょっと吉田さんと一緒に営業回りへ行ったことまでデートの回数に入れるつもり! でも仕方がないか、営業回りを抜かしたらデートの回数はゼロになっちゃうもんね」
「一緒にお茶を飲んだこと、あるもの」
「あらっ、お茶だけなの。私は食事をしたことがあるの」
「お昼におそばやさんへ行って、二人で鴨南蛮を食べたと、何度も聞いたあの話ね」
「羨ましいから記憶に残ってるのね」
「たった一度の話をしつこく聞かされたから覚えているの。そんなのもうどうでもいいから、この際、はっきりさせましょう」
「ええ、いいわ」
「負けたらおとなしく引き下がってね」
「引き下がるのはあなたでしょう。悪いけど、結婚式には呼ばないから」
「私は和ちゃんを呼んであげる。友人代表としてスピーチをさせてあげるわ。花婿の吉田さんは昔私の憧れの人でしたって、話す内容も考えてあげるわ」
「ちょっとムカつくんですけど」
「私もかなりイラッとしてるんですけど」
「ここへ来なさい」
長老は言い、前屈みになった二人の肩に手を掛けた。
「はっ、はっ」
その時、優慈は初めておじいさんの背中の翼がはためくのを見た。ひどく年寄り臭い翼できれいではなかったが、生命力を感じた。相手が思っていないのに結び付けるのは相当エネルギーを使うようだ。心電図がピクッとなって、医者が脈をとった。そして「いまのは、なしですよ」と忠告した。
「わかっておる。しかし、この娘たちがあまりにも可愛いのでつい張りきりすぎた」長老は言った。
「で、どちらと結ばれるんですか」女の一人が尋ねた。
「それは、今度彼と会った時のお楽しみだ」
「ああっ」
田中が苛立った声を上げた。「ちょっとこれはどっちと結ばれるのか、続きになっちゃったみたいじゃありませんか。さて、どっちだろう。斎藤さんは、どっちだと思います?」
「私は白い服の子」
「どっちの?」
「髪の長いほう」
「どっちの?」
「胸が大きいほう」
「どっちの?」
「ヴィトンのバッグを持ってた」
「どっちの!」
「あああっ! こっちから見て、右にいた子!」
「森村ベビーはどっち?」
「どっちでも同じじゃん」
「おっとまた森村君らしい投げやりな言葉攻撃ですか」
「田中さんは気になるの」
「神経質だからね、気になっちゃって、気になっちゃって」
「じゃあ、じいさんに聞いてみたら」
「長老もわからないと言ったらどうしよう。心配症なのでとても聞けません」
「じゃあ、僕があとで聞いてやるよ。で、今の教訓は」
「教訓?」
「何か教えてよ」
「そうだな、クピドにとって女の友情は糞みたいなものだ。これでどうかな」
「試験に出る?」
「さあ」
「僕、じいさんの力に感動しちゃった。相手が思ってもいないのに強引に結び付けることができるんだね」
「君ぃ、何を感動してんの、そんなのクピドの基本じゃないか」
「田中さんもできるの」
「できるに決まってるでしょう。土産屋で店員はなんて言いましたか」
「田中さんは優秀なクピドだって」
「えっ、聞こえません。大きな声で!」
「優秀なクピド!」
「つまり、普通のクピドができるんだから、優秀な僕ができるのはあたりまえじゃないですか。長老は心臓に負担がかかったようだけど、僕なら息を乱さずにやってのけられますよ。優慈君だってすぐにできるようになるでしょう」
「相手はまったく思っていないんでしょう。僕はそういうカップルをつくるの、ちょっと抵抗あるな」
「何言ってるんですか。優慈君、いいですか。最初から相思相愛のカップルはほとんどいません。多くの男女はどちらかの一方的な片思いによって結び合うのです。やがて大河になる源泉の一滴のように、片思いこそ愛の源であり、その思いをかなえてあげるのが、我々クピドの一番の仕事なんですよ」
次はナルシストの男だった。アトミックボーイみたいに黒髪がぴょん、ぴょん立っていた。細いブルージーンズに赤いシャツ、黄色いスカーフを首に巻いていた。
「おじいちゃま、聞いて、聞いて」と男は言った。「僕みたいに、かっこいい男の子になると、スゴークもてちゃうわけ。ワルぶったって、ワルぶったって、ワルぶったところがステキダゾって言う女の子がいっぱ集まって来るわけ。赤ちゃん言葉までちゅかっちゃうと、それもきゃわいいっていっちぇきゅれるの。男の子っぽくふるまっても、美少年みたいでなめちゃいたいって言ってくるの。でも、みんな、もう僕にステディな彼女がいると思ってるらしいの。美波あやちゃんみたいにきゃわいい彼女がいるって。ううん、いない、いない、僕に彼女はいないのって言っても、誰も信じてくれないの。僕はみんなのタカリンだからと言っても、嘘、嘘と言って信じてくれないの。みんなは僕のことを微笑みの王子様って呼ぶけれど、僕は孤独の王子様、ロンリープリンスになっちゃった。それで、おじいちゃまに頼みにきたの。僕にメロンの馬車が似合うプリプリの可愛いプリンセスをください。できますか?」
すると老人は言った。
「君は寂しがりやなんだね。さあ、こっちへ」
老人は男の頭を抱えるように撫でた。「君はたったいま、いちばんふさわしい女の子と結ばれた。それが誰であるか、君はもう感じているはずだ」
男の目に涙が溢れてきた。「あの子もずっと僕のことを?」
「そうだ。君がクラスの人気者になって振り返らせようとした、あの子もずっと君のことが好きだった。もう君は無理して生きることはない。ほんとの自分らしく、毎日を生きればいい」
「さあ、感想は?」田中は優慈に聞いた。
「今の男と街で擦れ違ったら、僕はたぶんぶっ飛ばしていたと思う。でも、今の男がクラスにいたら、僕は一番の親友になっていたと思う。あいつがいいやつだって、ちょっと話せばわかるもの」
「何も言うことはありません。君はわずかな時間で成長しています。でも赤ちゃん言葉ではなちゅのはやめまちょうね」
「はーい、わかりまちたァ」
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