お題:逃走

「なんで泣いてんだよ」

 言われるまで、僕は自分が泣いてるって気づかなかった。

 特に理由なんてなかった。つらいことなんて、何も。

「……なんかつまんなそうだな、お前」

 彼はそう言うと、急に僕の手首を掴んで走り出した。

「おら行くぞ! 今日は学校サボりだ!」

 学校とは反対方向に走りながら、彼は電話で自分と僕が休むと学校に宣言してしまった。

「やべー、先生たち探しに来るかもな! なんかワクワクしてこねぇ?」

 心底楽しそうに笑う彼を見ていると、不思議なもので僕も高揚を覚えた。新しいゲームを買った時のような、心が踊り出しそうになる感覚。いつの間にか忘れていた、心の潤いだ。

「よっしゃ、どこ行く? ゲーセンか、メシか、それとも河原で昼寝でも決め込むか? なんでもできるんだぞ俺ら!」

 大きく頷いた僕の顔は、きっと泣いてなんかいなかったはずだ。

 結果として言うと、散々遊び回った後に僕らは先生方に見つかり、散々に説教された。

 反省はすれど、後悔はしていない。

 この逃げが、僕のこれから先を支えてくれるからだ。

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