お題:我慢
首筋にチクリと痛みが走る。血がゆっくりと抜けて頭が冴える。甘い吐息が肩にかかった。
「ぷぁっ……にがぁ」
尖った牙を僕の首から抜いて、彼女はべーっと舌を出した。
「もー苦い苦い苦い! コーヒーなんかよりずっとにーがーいー!」
「なんかごめん」
吸血鬼の彼女曰く、僕の血はとても苦いらしい。血の味は健康状態や直前の食事の影響が大きいらしいけど、僕の場合は遺伝や体質に由来しているらしい。
「爺ちゃんが銀細工の職人だったからかな。僕も工房で遊んでたし」
「やっぱりそれかな。なんていうか……キミを吸うと背筋がぞわぞわする。全身の細胞が逃げろって叫び出す感じ」
銀の弾丸が吸血鬼の弱点という話は有名だ。小さい頃から銀に触れてきた僕は体そのものが吸血鬼を遠ざけるようになっていたらしい。
それなのに、彼女は僕の前に現れた。その理由は至極単純。
「でもへこたれてらんないや。アタシ、キミのお嫁さんになりたいもん!」
「別に吸血とは関係ないんじゃ……」
「やだ。いっぱいちゅっちゅしたい」
本人曰く一目惚れらしい。
彼女はとても正直だ。好きなものはとことん褒めるし、嫌いなものはハッキリ拒絶する。
だから不思議だった。
「なんで僕を好きになってくれたの?」
「えー? かわいくて美味しそうだったから」
「そうなんだ……でも、美味しくなかったんだよね?」
「まあね。……最初に吸った時、アタシすっごい苦しんだじゃん? それ見て、自分よりアタシを心配してくれたのが嬉しくってさ。死ぬほど苦いけど、なんかキミの血ってだけで愛おしくて、なんでも我慢できるようになっちゃった」
吸血鬼にとっての吸血がどれだけの意味を持つのか、僕はいまいち知らない。でも、この子が僕を好きでいてくれるのだけは事実だ。
「ありがとう」
「へ? 何が??」
「こんなに好きって伝えてくれる人、いままでいなかったから。これが気まぐれだったとしても、僕はすごく嬉しいんだ。こんな血でよかったら、いくらでもあげるからね」
捕食される側の僕にできるおかえしはそのぐらいだと思うから。
すると彼女は顔を両手で覆って、大きく項垂れた。
「ずるい」
「え?」
「そんなカワイイこと言われるとさぁ、我慢できないじゃんかぁ……いい? いいよね。吸っちゃっていいよね!?」
「えっと……おいで?」
「やったぁー!」
吸って、吸われて。
血の味とか、吸われる感触とか、僕らは我慢し合ってないと成立できない。
いつか慣れて、我慢が消えたら僕らはどうなるんだろう。
「ぷへぇっ、苦い! けど好き!!」
「……ふふ」
あんまり変わらないのかもしれない。
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