お題:友達

 男女の友情が成立するか否か、という話がある。

 個人的には成立すると思っている。性愛だけが異性を繋ぐ感情だと断ずることができるほど恋愛をしてきていないし、人の感情が誰かの一般論で片付けられると考えていないからだ。

「小難しいこと言ってないでアンタも吞みなさいよ!」

「……呑まれてるぞ」

「るっさい! こうでもしなきゃやってらんないのよ!」

 慣れないであろう酒を次々に飲み干す弱冠の女傑を前に、俺はウーロン茶に口をつけた。彼女から漂ってくる酒気だけで頭が痛くなりそうだった。

「で、何。彼氏さんと別れたって……」

「さん付けする価値もないわよあンなクズ! あたしがBL本持ってただけでウダウダグチグチと文句つけやがって……私が築き上げた聖域を穢すような男、こっちから願い下げってのよ!」

「じゃあなんで荒れるんだ……」

「顔は好みだったのよ……!!」

 叩き割れそうな勢いでジョッキを置いた手の震えからは、口惜しさがありありと伝わる。頬を上気させ、据わった目で彼女は続ける。

「やぁッと捕まえた高学歴男だったのに! このまま玉の輿で余裕ある生活ゲッツだったのに!!」

「見込みが甘い……」

「るっさい!」

 彼女は届いたばかりのジンジャーハイを飲み干すと同時にテーブルに突っ伏した。ビールジョッキの外壁を伝うしずくを指ですくって、テーブルの木目をぐるぐるとなぞる姿はいじけた子どものようだった。

「ぐずっ……あたまいたい……」

「ほら、水を飲め」

 彼女は酒の量が一定を越えると急激にしおらしくなる。しかし、また酒が抜けたらさきほどと同じように噴火するという厄介な性質を持っているのだ。

「こんなだから友達もいないのかな……アンタだけよ愚痴聞いてくれるの……」

「……友達だからな」

「聞く側になってくれるし、気も利くし……本当にありがとう……」

 俺は友達。ただそれだけでいい。そうやって言い聞かせる。

 聞き上手じゃない。口下手で話せないだけだ。

 気が利くんじゃない。彼女が望む『友人』であるために、必死で気を張っているだけだ。

 男女の友情は成立する。少なくとも、俺と彼女の場合は。なにせ、俺が立ち止まればいいだけなのだから。

「元気出せ。またすぐに良い人が見つかる……と、思う」

「言い切れよそれは! もう!」

 根っから明るい性格だ。またすぐに良縁に結ばれるだろうし、いつか彼女も割れ鍋か綴じ蓋に出会うだろう。

 俺なんかよりずっといい人と巡り合えるはずだ。

 だから俺はここでいい。無口で暗くて、嘘を隠すことばかりが上手くなるような俺じゃ幸せにできない。

「よっしゃー、頭痛治ったからまた呑むわよ!」

「ほどほどにな……」

「ほら行くわよ!」

 腕を引かれる。そうすることが当然であるように、彼女は俺を連れて行く。

 俺は少し後ろを歩いた。

 となりは、決して歩けないのだから。

 

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