お題:妖精

 うちの村の伝承によれば、妖精とはイタズラ好きで無邪気な、しかし

残虐性を秘めた生き物であるらしい。

 麦の実を盗んだり、靴下に穴を開けたりするのはかわいいものだ。それと同じ感覚で崖に人を突き落としたり、水に毒草を混ぜて命を奪ったりしてしまう。そのため、うちの村では匂いが強い作物を栽培することで妖精を遠ざけてきたそうだ。

 だが、俺の所感を言わせてもらうと。

「おい、離せぇ! オイラを怒らせるとどうなるかわかってんのかー!」

「どうなるんだ?」

「それは、その……あれだぞ! あれだ! ……わかったかー!」

 ただのおつむが小さくて生意気な小動物だ。

 大きさもリスぐらいしかないし、首の後ろあたりをつまんだだけで逃げ出す事もできなくなるこいつが、果たして噂されてきたほどの恐ろしい存在なのだろうか。

 俺は妖精がどれだけの力を持っているか知りたいのだ。

「つまんで悪かったな。ほら、お詫びにクッキーを」

「おぉ、なら許す! オイラのトモダチにしてやるぞ!」

「ありがとな。じゃあ、ちょっと質問させてくれ。俺は妖精のことが知りたいんだ」

 面倒くさそうに唇をひん曲げたのでクッキーを追加すると、すぐさま「なんでも聞け!」とふんぞり返った。

「妖精は俺たち人間をどう思ってるんだ?」

「オイラたちは人間と遊んでやってるんだぞ」

「靴下に穴開けたりか?」

「そうだぞ」

 キシシと笑う様子は、イタズラ好きな子どもの表情だった。

「傷つけたりはするのか?」

「そんなことしないぞ。遊び相手がいなくなると寂しいじゃないか」

「そうか。……崖に突き落としたりするのは、どうしてだ?」

「元気にしてやるためだぞ」

 からかってるのかと思ったが、クッキーのカケラを頬張るその顔に嘘やごまかしは感じられなかった。

「どういうことだ?」

「オイラたち妖精は、酷いケガをしたら一回死んで復活する方が早く元気になれるんだ。人間も具合悪そうにしてる奴がいたら、そうしてやってるんだぞ」

 合点がいった。

 妖精とは自然から生じた存在。それは命であると同時に、風や火にも似た『現象』でもある。故に、妖精には死の概念がない。

 人間の命がゴールのある直線であるとすれば、妖精の命は区切りのない円環なのだろう。

 妖精は恐るべき存在ではない。人間と違う倫理観を持っているだけなのだ。

「……人間はな、復活できないんだ」

「えー? うっそだー」

「本当だ」

「……そっか。だからか。トモダチ、みーんなオイラが嫌いになってどっか行ったと思ってた」

 クッキーをかじる表情は、特に悲しさを感じてもいなかった。

「オイラたちと違って、帰ってこないのか……だったら、ちゃんとバイバイって言いたかったなぁ……」

「……次からはそうしてやれ」

「だな! お前にもバイバイ言ってやるからな! 嬉しいだろ!」

「はいはい、ありがとよ」

 俺たちの先祖は妖精を恐れた。自分たちと違い過ぎる存在の理解を拒んだ。

 たしかに、人と妖精の相互理解は不可能だろう。命という最大の存在に対する倫理観が乖離し過ぎているし、互いを嫌悪する者も必ず出てくる。

 だが、俺とこいつだけなら。

 個人が小さな友情を結ぶことぐらいは、できるのかもしれない。

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