お題:犯罪
真っ白な部屋に入り、椅子に座る。全面リノリウムの空間は膨張色の特性を無視するほどの窮屈な印象を受けた。
僕が手持ち無沙汰に天井のスミを眺めていると、どこからかスピーカーがザッピングし始め、女性の声が響いた。
「おはようございます。0-4112209」
「おざす」
「体調はいかがですか?」
「健康ですよ。警察に捕まって、ここに放り込まれて何日経ちましたっけ?」
「2週間です。では、本日のカウンセリングを始めます」
「はいはい」
少なくとも、ここは刑務所じゃない。何かしらの研究所と見ている。
部屋は完全に独房だし、移動時は目隠しをさせられるから内部構造は判別できないが、僕以外にも似たような連中がいるのかもしれない。
何故そう思うかというと、理由は簡単だ。
「事件No.9について、詳細をお話ください」
「えーっと? どの件?」
「F県での事件です」
「ああ、オッケー。あれはね、大学卒業の手前だったかな。旅行先のホテルのロビーで会ったんだよね」
刑務作業をするわけでも、ただ拘束されるわけでもない。ひたすらに僕が起こした『事件』の話を記録されるだけだ。
「いちごが好きな子でさー。バイキングのいちごジャム、フツーなら余りがちなのに3個も使っててかわいかったなぁ」
「……それから?」
「うん。愛したよ。一緒に死のうよって」
ああ、いまでも思い出す。あの子との愛は、いまでも唯一無二だ。
「火をつけたんだ。抱き合って、二人で燃え上がってさぁ。……温かくてステキだったなぁ」
「……相手の少女は焼死。ですが、あなたは無傷だった。間違いありませんか?」
「うん。その後に食べたピザでベロを火傷しちゃったのに、不思議だよね」
僕の愛は、僕を傷付けてくれない。
「心中以外で死のうとはしないのですか?」
「嫌だよ。寂しいし」
「身勝手ですね」
「人間ってそういうものだよ。そう思わない?」
「思いません。相手の意志を無視しています」
「んー、僕としては無理強いしてないんだけどな。嫌なら逃げてくれてもいいのに」
「断れないことを知っているのに、よくもそんなことを……っ」
クスクスと笑いがこみ上げる。
たしかに、僕には何かの異常がある。
不意に強烈な自殺願望に襲われるし、何をしてもその渇望が『死』以外で埋まることはない。しかし、一人で死のうとしても必ず奇跡的に阻止される。
僕が『死』を満たすためには、共に死んでくれる伴侶が必要なのだ。まあ、その伴侶だけが死んでしまうのは寂しいのだけれど。
「何か、僕についてわかったことがあるんでしょ?」
「……あなたには、対面した女性を強制的に隷属させる特性があります。そして、対象と自殺を試みると必ずあなたは無傷で生還する」
「あはは、そうだね。……きみ、素直な性格でしょ」
「……同僚からはそう言われます」
「さっきから僕の質問には必ず答えてくれてるもんね。ああ……かわいいなぁ」
「っ――――」
僕も僕の異常性を把握していない。
まあ、イコール何も知らないってワケじゃないんだけどね。
「今回は餓死なんてどうかな。あ、やることないからヒマすぎて死んじゃうかもね」
「はい…………」
「じゃあ、お願いね」
けたたましくアラートが鳴り響く。スピーカーの向こうで、シャッターが幾重にも閉じられていく音が聞こえた。
「ありがとう。愛してるよ」
「…………あはっ」
褒めてもらえた子どものようにかわいい声を最後に、スピーカーは切断された。
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