お題:バス

 高校まで自転車で20分かかる。原付は禁止だし、電車も近くを通ってない。バスはあるけど、定期券を買うお金がもったいないと却下された。

 しかし、雨の日だけはバス通学が許される。坂道を立ち漕ぎしなくて済むのも最高だが、それ以上に雨の日を心待ちにする理由があった。

 朝焼けと雨の中、傘を揺らしながら息せき切ってバス停へ走る。朝一番のバス停には、女性がひとり立っていた。地味な色彩の服装だからこそ姿勢のよさが際立つ、落ち着いた印象を受ける女性だ。

「お、おはようございます!」

「えぇ、おはよう」

 この人は保健室の先生。とても優しくて温和だが、生徒のサボりは許さない真面目な性格だ。毛嫌いする生徒もいるが、大多数には好印象を持たれている。

 ……そして、俺みたいに恋するやつもちらほらいる。

「雨の日って頭痛くなるのよね……きみは大丈夫?」

「お、俺は雨の日ぃ好きっす!」

「あら素敵。憂鬱なことより好きなことが多いと幸せだものね」

 雨は好きだ。

 小学校の頃から、傘に雨粒が落ちるのを聞くとウキウキしてくる。よく電線の下を狙って歩いて大きい水滴を待ってたし、雨どいから滝のように落ちる水で遊んでランドセルを水浸しにしたこともある。

 だが、いまの理由は違う。

 バスで勤務する先生と、一緒の時間を過ごせるからだ。

 遠くから、水たまりを縦断する音が聞こえてくる。

「来たわね」

「っすね」

 通学時間、十数分。雨の日だけに許されたこの時間のためなら、俺はいくらだって早起きできる。

 空気を吐く音でドアが開く。とても短く、幸せな時間が始まる。

 これ以上を望む気持ちと、これ以外にあり得ないほど満ち足りた気持ちがせめぎ合う。あと何度あるかわからないこの時間を楽しみに、俺は明日も雨の日を待つのだ。

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