お題:歩道

「歩道が狭すぎる!」

「……お、おう」

 俺の机をバンと叩いて唐突にそう言いだした風紀委員長を前に、俺は一応の同意を示した。

 たしかに、うちの高校周辺は歩道が狭い。道路も一方通行だし、白線が引かれた歩道に関しては人がすれ違うことも難しいほどだ。

 近隣には小学校もあるし、数年に一回は小さな事故が起きている。危険なのは周知の事実だが……

「どうしようもないだろ? 俺らの一存で道を広くできるわけでもないし……」

「いますぐには無理だろう。だが、署名を集って市に訴えかけることはできる。いつ死者が出てもおかしくはないんだぞ」

「……まあ、危険なのは重々承知だからな。わかったよ。校門前とかで呼びかけするか?」

 助かる、と言いながらも、委員長は首を横に振る。

「まずは実地調査だ。通学する私たちにとって常識であっても、改めて客観的な危険性をリストアップする必要がある」

「めんどくせぇな……でもまあ、仕方ねぇ。俺がやってくるわ」

「いや、同行する。一人の視点では気付けないこともあるからな」

 同い年とは思えないほどしっかりしている委員長に感服しつつ、俺たちは通学路に向かった。

 改めて抱いた感想は、やはり『狭い』の一言に尽きる。

「ホントにギリだよなココ……」

「ああ。いまは放課後だからさほど人通りもないが、朝や放課直後はかなりの密度になる」

「車にチャリ……車は一方通行でも、チャリは関係なく往来するからな。今朝も急ブレーキかけてる奴いたわ」

「左側通行が守れんとは嘆かわしい」

 憤りを見るが、その手は着々と危ないポイントをノートに書き出していた。

 カーブミラーの角度や横断歩道の位置など、俺が気付かなかった点をいくつも発見する観察と集中には尊敬すら覚える。

 だが、それ故に危なっかしい。聡明だからこそ人が気付かない部分に目が届くし、一度不正や危険を目にしたのならそれを正さずにはいられない。それにしか目が行かなくなってしまう。

 良く言えば公平で正直。悪く言えば愚直で盲目だ。

「歩道を拡張するのが理想だが、家屋の関係上厳しいか……何かしらの提案を作らねば主張を通すには難し――――」

「うおっ!?」

 曲がり角からトラックが出てきたので、俺は咄嗟に委員長の肩を引き寄せる。

「あっぶねー……たしかに見通し悪いな。小学生の目線に合わせたカーブミラーとかありゃいいのかね」

「あ、ああ……そう、だな……」

 声がやけに近いと思ったら、抱き留めるような形で腕の中に委員長がいた。俺は急いで委員長を解放する。

「悪い。すまん。だから通報だけはしないでくれ」

「わかっている。私を助けてくれたんだろう」

 そう言いながらも、委員長は腕を組んで顔を少しそらしている。恋人でもない男に密着されれば誰だって気分が悪くなる。

 膠着しかけた空気を打破するために、俺の方から切り出した。

「じゃあ、意見まとめるし学校に戻るか!」

「あっ、ああ。そうだな、うん……」

 踵を返すも、委員長は顔をこちらに向けずにうつむいて歩いている。

(……気まずい)

 俺は何を奢れば委員長のご機嫌取りができるかを真剣に考え始めていた。



(あんなに近くでッ! 匂いを、体温を、声を感じてしまったッ!)

 身体が芯から沸騰し、顔が紅潮していくのがわかった。少女は顔を手で覆う。

(は、はしたないぞ私! 顔が、頬のゆるみが治らない!)

「ぐぅ……っ」

(うっわすっげぇ機嫌悪そうな声出てるー……エクレアか? みんな大好き購買部のエクレアを献上するべきなのか?)

 互いの手が触れあいそうなほど狭い歩道を、二人は顔を合わせることができないまま歩いていくのだった。

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