捨てられた高校生、父になる。

Ai_ne

第1話

「……こんなもんか」


筆を止め、自分の絵を見つめて少年は独り言を呟く。

大きなキャンバスには独特なタッチと繊細な色使いで大自然が描かれている。


そして少年はパレットなどの後片付けを手際良くこなしてから学校指定の制服に着替えた。


シャツのネクタイを少し緩めに締めてズボンを履いてから広い部屋のソファに腰掛ける。


「…………何故夏休みなのに学校にいかなきゃならないんだ」


不満そうな声でボヤいてエアコンのリモコンを手に取って電源を消してから一人暮らしをしている自身の家の鍵を閉め、良く晴れた青空の下で苛立ちを隠せない様子で自身の通う『玲瓏芸術大学附属校高等学校』通称玲高に足を運んでいた。勿論補習である。


――――櫻木叶さくらぎかなえ


この苛立ちを見せながら歩く少年の名前だった。

顔立ちは良く、ふんわりとしたパーマに見るからに精気の無さそうな鋭い目つきをしている。


叶には両親が居なかった。

両親に捨てられ行き場を失ったが、彼には絵を描く才能があった。


それに目をつけた玲瓏大学の校長に14歳でスカウトされ、校長の養子となり、手厚いサポートを受けながら彼は生活していた。




「よし櫻木、今日はここまでだ。全く……勉強はともかくお前はもう少ししっかり人と接したしておいた方がいい」


叶にそう言う白衣の女性は雨宮凛華。

長髪の美人で玲瓏高の男子生徒からの人気も高い生物教師だ。


「友達が居なくて困ったことは無いですけどね」


叶は冷たく凛華をあしらって教室を出ていった。


「全く……」




補習が終わり、教師の指示で補習に来ていた生徒は皆各々友達と帰ったり、部活に行ったりしていた。


この学校は強制入部の制度があり、叶は美術部に「一応」所属はしていたが、この日は(も)美術室に寄ることは無く、まっすぐ玄関に向かい帰路に着いていた。


「さっさと帰って次の絵を仕上げるか……」


視界が淀む程暑いのを気にもとめず、ぼそっと呟きながらコンクリートの上を歩いていたそんな時だった。


ポケットから携帯電話が小うるさく震える。


「……げっ、爺さんか」


叶がスリープモードにしていた携帯の電源を着けると校長からの着信履歴がずらーっと並んでいた。


「もしもし」


叶は補習の件についてお説教かと思いながら嫌々電話に出た。


「おお、叶。また補習じゃったか」


「つ、次は頑張るからさ……」


「そんな見え見えの嘘は要らんわい。今電話したのはそんなくだらんことでは無い」


叶は全くの嘘を吐いて電話を早急に終わらせようとしたが、義父の要件はそれでは無かった。


「じゃあ仕送りでも増やしてくれるんですか……?」


「そうじゃ」


叶が少しふざけてそう返したつもりだったが、その質問はまさかのビンゴだった。


「は!? 何でいきなり……別に困ってないし自分でもそこそこ稼いでるぞ?」


叶は予想もしてなかった返事に驚き、少し気を乱した。


「なんじゃ、自分で言ったくせに慌ただしい奴じゃのう……まぁ良いわ、仕送りを増やすのは今の金額だと『これから困る』からじゃよ」


「え?」


叶は外でぽかんとしていた。

叶は現在高校二年。一人暮らしは去年からしていたが、仕送りは少し余る位には貰っており、有難いことにお金に困った事はまだ1度もなかった。


――今の金額だと困る事とは何か。

絵を描く資料や機材、道具等の画材は一通り揃っている上に食事もそこまで困っていない。


家もそこそこ良質なマンションに住んでおり、不便は一切なく生活していた。


「……これから困る要素が見当たらないんだけど」


叶が義父に向かってそう言うと、義父はホホホと笑ってから真剣な声質で叶の名前を呼んだ。


「叶」


「……なんだいきなり」


「お前には今日から『子育て』をしてもらう」



「……………………………………」


叶は固まった。

叶にとっては一瞬。時間にすると30秒ほど。


「叶?」


「…………は?」


叶の口から絞り出せた言葉はその1文字だけだった。

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