捗るドラッグの彼方へ

影迷彩

──

 彼は薄暗い自室のベッドの上で目が覚めた。

 頭を抑え、体を起こす。頭痛がする。

 昨日見た夢を思い出そうとする。煙に視界が覆われたように、感覚だけが覚えているようで内容はてんで思い出せなかった。

 彼は考える。俺は何を見たのだろうか。あまり行かない土地で、どこか追い詰められたような……

 モヤモヤが晴れないまま、インスタントラーメンで朝食を取り、曇りがかった天気の外へと出る。


 向かったのはドラッグストアであり、彼は病院から貰ったカードを見せる。

 店員は彼を哀れむような、見下すような目を一瞬向け、奥のカウンターからすぐに指定のドラッグを持ってきてくれた。表向きはタバコのような小型の箱、中身は強力な精神安定剤だ。

 パッと見で他の薬とはあまり変わらない見た目であるが、彼はそれを受けとると逃げるような後ろめたさでドラッグストアから去った。この薬は合法となったばかりであり、世間で未だに麻薬の一種として見られているからだ。

 

 彼は自宅であるアパートへと戻り、薬物使用記録を記入すると、粉状のドラッグをパイプでくべて吸入した。

 視界が晴れるとまではいかないが、気持ちは楽になる。薬自体はどうしようもなく不味いのだが、もやがかった頭がクリアになっていく。

 

 この薬は依存性が高いだけで、幻覚や発狂といった既存の麻薬のような禁断症状は起きない。服用しない間は精神的には無気力と思考の鈍化が表れるが、薬を服用し続ける限りはそのような問題は起きない。

  この薬の登場で、服用さえずれば仕事が捗ることさえある。気分や視界がクリアになるだけであり、注意力散漫にはなってないらしい。

 らしいというのは、服用中の記憶がないからだ。思い出そうとしても面倒くささだけが募る。

  

 薬を服用し終え、家事を済ませると効果が切れて無気力となった。

 昨夜見た夢が何だったのか思い出せないまま、時間だけが過ぎる。彼はカレンダーを眺めた。今日は確か3月14日。何か予定はあったはずだ。カレンダーに書き込んだメモに目をやる。「お返し」と、一言だけ書かれていた。

 何か大切な約束だったのだろう。漠然とそう思いながら、彼は何か思い出そうと立ち上がる。ドラッグを服用しに、彼は救急キットを取り出す。救急キットの蓋にはメモが貼っていて、大きな字で「冷蔵庫」と書かれていた。

 彼は少し迷ったあと、救急キットをしまって冷蔵庫に向かった。冷蔵庫の蓋を空けると、がらんどうとなった奥には包装されている箱があり、「14:00 アパートの横の公園」と書かれたメモが貼っていた。

 彼は時計を見た。今は13:30。彼は箱を取りだし、急いで外に出た。


 公園のベンチで、彼はボーッと待つ。服はドラッグを吸入しながら新調したものであり、身なりは良くしてる。身なりを気にするのは、きっとこの箱を贈る相手への配慮だろう。

 彼は曇りがかった空を見上げる。ここに時計はなく、時間がどのくらい過ぎたか分からない。

 そもそも誰を待ってるのだろう。ドラッグ服用中に約束したことかもしれない。それならば、ドラッグを持って外に出るべきだった。

 周りを見ると、上の空で歩いてる者が大勢だった。老若男女、ドラッグの服用していない日常の姿だ。

 彼は無気力な頭で考える。約束はいつしたのだろうか。最近かもしれないし、昔のことかもしれない。

 昨夜のことすら思い出せない頭になったことを、彼は少し悔やんだ。大切だったかもしれないことが、頭の中で曇りに覆われている。

 それは仕方のないことだし、効果のあるなら服用するのが正解だっただろう。こんな日常で、自分にとって大事なことが次々と忘却の彼方で消え去っていく。

 時間がどんどんと過ぎていく。ドラッグストアに寄るかどうか考えながら、彼は公園の入り口を見続けた。


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