最強冒険者は笑顔が見たい
雪カメ
第2話とある酒場にて
「マスター、いつものくれ」
夜の帳に仄かな灯りに照らされた店内のカウンターにひとりの青年が座りながらオーダーする。
「バーボン、ロックです。」
これまた渋い雰囲気を醸すロマンスグレーな無愛想マスター。
青年はバーボンを受け取るとちびちび飲み始めた。
周りの客はまだ若僧な青年が高価な酒を飲むのを見て妬むが、腰に提げている一見地味だが威圧感のある使い込まれた剣を見て、腕の良い冒険者だと当たりを付けて絡めば痛い目を見ると無視を決め込む。
カランカランと店のドアベルを鳴らしながら赤ら顔のこれまた冒険者の出立ちの男たちが入店する。
「おい、ガキが背伸びした酒飲んでるぜ!ガキはガキらしく帰ってママのオッパイでも吸ってな!」
男たちは既に酔ってるのか、件の青年を見て揶揄い、ゲラゲラ笑っていた。しかし、青年は振り返りもせずに無視を決め込む。
「おい!クソガキが舐めてんじゃねぇぞ!このB級冒険者のオクス様が話しかけてんだぞ!」
なおも無視して酒を飲む青年にオクスとその仲間たちが青年を囲み、手を青年に伸ばそうとした瞬間。
空間が軋んだ音が確かに聞こえた。店内のむわっとした空気が一瞬にして氷点下の氷原に居るかのような怖気が体を巡る。
今まで無視を決め込んでいた青年が振り返りもせずに口を開く。
「俺に触れるな。死の覚悟がある奴だけかかって来い」
オクスと名乗った男達はひぃ!とかママー!とか悲鳴をあげて逃げていった。
店内に静けさが戻ると、青年が金貨を取り出してマスターに放る。
「せっかくの酒が興醒めだ。マスター、これで巻き込んだ客達に飲み直させてやってくれ。また来る」
青年はそう言い残すと店を静かに出ていった。残されたのは呆然とする者とあれはどこの名当ての冒険者なんだ?と客達のさざめきが残された。
ひとりの勇気ある客がマスターに恐る恐る尋ねた。
「なぁ、マスター。あの若者は一体何者なんだ?」
「……《女神の雫》クロノスの二つ名を持つS級冒険者レイ」
「冗談…じゃ、無さそうだな。さっきの威圧は『本物』って事だな。なら、さっき提げてた剣はあの《神剣》なのか?」
「あれはティアマトの風凰剣らしい。」
客達はドラゴンの尻尾を踏み掛けていたことに気づき、今更ながらに冷や汗を流すのだった。
補足
冒険者ランク
下はGから始まりFEDCBAと上がっていき、Sが最高ランク。
二つ名
A級以上、若しくは目立った功績のある冒険者に送られる異名、若くはあだ名。
『女神の雫』はS級のため全員二つ名持ちで、神の名を冠したものを持つ。
神剣
『女神の雫』メンバーで鍛治神ブリギットの二つ名を冠する鍛治師の女性の作品。世界に50振りしか残っていないと言われている魔剣でもある。
最強冒険者は笑顔が見たい 雪カメ @yukisil
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