部室と珈琲。それから爆弾
粟生真泥
部室と珈琲。それから
久しぶりに訪れた陸上部の部室の風景は引退前と何ら変わっていなかった。部室といっても、グラウンドから距離が離れているので、普段使いはされておらず、部旗や横断幕といった年に数回しか使わない備品や、過去の威光を示す賞状やトロフィーなどが主な住人であり、あとは申し訳程度にテーブルと椅子が置いてあるくらいだ。高校の頃の部室といえば、汗と制汗剤の匂いが溢れた空間だったのだけど、ここは未だに建てたばかりのプレハブのような匂いがする。
スペースなどの問題から元々文化系の部活のための部室棟の一室を割り当てられ、その部活棟がキャンパスの中でも僻地に位置していることから、普段ここに来る部員はほとんどいない。俺はそれをいいことに、一人になりたいときによく部室を利用していた。修士に上がってからは研究室にいる時間が長くなり、ほぼ引退状態になったため来る機会は少なくなっていたが、いよいよ3月となり、大学院を修了するとなって、長らくお世話になった部室を見たくなったのだが、変わらない様子に安心する。
通っていた頃と同じように椅子に座って部室のドアを眺める。ここに来ても、特別何かをするというわけではなく、こっそり持ち込んだコーヒーメーカーでコーヒーを淹れた後は講義の課題をこなしたり、スマホをいじったり気ままに過ごす。今日の目的は追体験なので、まずはプレハブの匂いをコーヒーの香りで塗りつぶすところから始める。
「とりあえずコーヒーから……ん?」
ホームセンターで買った安物のコーヒーメーカーは、しばらくの主の不在にも関わらず埃をかぶっていなかった。誰が使ってもいいつもりで部室に置いてはいるが、部員の中に部室でくつろぐようなタイプの人はいなかったと思う。何はともあれ、手入れから始めなければと思っていたが、その必要はないようだ。
もしかすると、大学院に上がった後に入ってきた新入部員の中に、俺のように部室を利用している人がいるのかもしれない。自分の行動が誰かに引き継がれるような感触は、なんだかくすぐったかった。もう少し競技の方で爪痕を残せればよかったのだろうけど、そちらは平凡な結果で終わっていたし。
この部室を利用している後輩はどんな人物なのだろうか、もう会う可能性は低いのだろうけど、ワクワクしながらいつもどおり4杯分くらいをセットし、スイッチを入れる。間もなくグツグツと音がしたかと思うと、コーヒーがサーバーに落ちる音とともに香ばしい匂いがフワッと広がる。コーヒーメーカー同様、コーヒーもスーパーで買ってきた安物だが、顔も知らぬ後輩のためにちょっといいものをお土産に置いていってもいいかもしれない。
コーヒーが落ちる音が止まる。さて、今日はこの時間をどう過ごそうか――。
「ようやく捕まえましたよ、詩麻先輩」
コーヒーメーカーのスイッチを止めたところで、部室の扉が勢いよく開いた。懐かしの追体験どころか、これまでにないまったく新しい状況となってしまった。
「……二条?」
扉を開き現れたのはよく見慣れた二個下の後輩だった。二条愛、理学部化学科、陸上部で専門は跳躍。俺が工学部で、長距離をやっているので同じ部活といえど、学年も違い接点はあまりない――部員も百人近くいるし――のだが、不思議と二条とはよく話していた。二条は時々言動が吹っ飛ぶところがあり、それを苦手という人もいるのだが、なぜか俺はさほど気にならなかった。だから、二条も学年や専門を越えて話しかけてくるようになったのかもしれない、なんて勝手に推測している。
「先輩が部室に出没するという噂は本当だったんですね」
どんな噂だ。
会って早々、二条から発せられた言葉にがくりとうなだれる。出没って、俺は野生動物なのだろうか。
「吹奏楽部の友達から聞いたんです。時々陸上部の部室に入っていく人がいるって」
「それだけで俺とはわからんだろ」
「いえ、こんな辺鄙なところまで来て、一人になりたがるのは先輩くらいしかいないだろうと」
半ば自覚していることを言われるのが一番傷つく。
「とりあえず追い出していいか?」
「いやいやいや、嘘です。その友達に陸上部の写真を見せたら先輩だって言うので」
その友達も百人近い部員――男子が7割程度なので70人程度――から見つけ出す作業は大変だっただろう。そんなことを思っている間に二条は俺の正面の椅子に腰を落ち着けていた。一人でのんびり、という予定は変わってしまったが、二条なら気を遣う相手でもないし構わないか。
「せっかくだからコーヒーでも飲んでいくか?」
「え、いいんですか?」
「安物を安物で淹れてるから、味は期待するなよ」
コーヒーメーカーからマグカップにコーヒーを注いでいくと、香りが更にフワッと広がる。コーヒーメーカーの脇に常備しているミルクと砂糖を添えて二条に差し出すが、二条は何も入れずにコーヒーを口に運ぶ。
「あれ? 同じコーヒーなのに、わたしが作ったのとは違う……。やっぱり、水とコーヒーの量のバランスかな……?」
飲むや否や、ぶつぶつと呟きだす。別に褒められることを期待していたわけではないのだが、味の感想とかよりも自分の世界に入るのが何とも二条らしい。
「これ使ってたのは二条だったのか」
「……あ。勝手に使うとまずかったですか?」
「いや、たまに使ってくれた方がありがたいからいいんだけど。でも、俺が言うのもなんだけど、これ使って入れるくらいなら買ってきた方が楽じゃないか?」
コーヒーにこだわりがあるなら別なのだろうけど、正直、俺にもコンビニで買ったコーヒーと味の違いはよくわからない。わざわざコーヒーを淹れている理由は、最初のうちは興味と暇つぶしで、そのままそれがルーティンになったようなものだった。
自分の分のコーヒーもいれて二条の正面に座る。二条はカップを持ちながら揺れるその表面を見つめている。
「秘密です」
「え?」
「コーヒーを淹れてみた理由、です」
そう言って二条はコーヒーを飲み進める。顔を上げるときに小さく「苦っ」と聞こえてきたあたり、コーヒーが好きということでもなさそうだ。ミルクや砂糖が入った籠をそっと二条の方に押しやる。
そういえば、普段は聞いていないことまで話すタイプの二条が「秘密」というのは珍しい気がする。多分、これ以上聞いても教えてはくれないのだろう。元々会話の流れで聞いただけだったし、二条のカップにコーヒーを足してやりつつ、話題を変えることとした。
「卒論の仕上がりは順調?」
卒論発表自体は先月末に既に終了していた。工学府と理学府では発表スケジュールがずれていたため、冷やかし半分応援半分で二条の発表は聞きに行ったから、それが無事に終わったことは知っている。発表そのものも応援は必要なさそうなくらいだった。だから、あとは論文自体を仕上げて期日までに提出すれば、卒業資格を得られるはずである。
「ボチボチですね……。あ、先輩、途中で論文チェックしてください」
「えー、教授から同じこと言われて既に三人分予約入ってるんだよな……」
締め切り前に徹夜を続けた二年前の反省を活かし、早めに修論を仕上げて教授に見せたところ、研究室の学部生分をチェックするよう指示を受けてしまった。最後の春休みを満喫するために早めに終わらせたんだと一応抵抗したものの、「社会人になったらよくあることだから、今のうちに慣れておくといい」と夢も希望もないことを言われて押し切られた。
「卒論発表まで見に来ておいて、用が済んだら捨てちゃうんですか」
いかにも切ないといった顔をしているが、笑いをこらえているのが明白だった。
「用ってなんだ、用って」
「いえ、後輩が緊張しながら発表するのを楽しむタイプの先輩なのかと」
「俺への認識がねじ曲がっていることはよくわかった。そもそも、化学系の分野はよくわからんぞ」
二条の卒論発表のテーマは「爆発危険性のある化合物の安定的取り扱いについて」だった。記憶にも新しい中東での爆発事故みたいなものを簡易に防止するための研究とのことで、背景や目的は明確であるものの、研究内容に触媒、反応といったワードや化学式が大量に出てきた時点で俺の理解の範疇を越えている。
「研究者を目指す身としては、誰が読んでもわかるようなものを書けないといけないですから。せめて同じ理系の先輩がわからないと問題だと思うのですよ」
「まあ、それなら構わないけど……別に俺だって論文を上手に書けるわけじゃないから、チェックに期待するなよ」
コーヒーを渡す時と同じフレーズに我ながら苦笑してしまう。二条は特段気にしていないようで無邪気に「やった」と喜んでいる。コーヒーを口に運びながらその様子を眺めていると、普通にしている分には可愛いはずなんだがなあ、なんてつい思ってしまう。実際、女子の割合が少ない理学部や陸上部であって、そういったアプローチは少なからずあるという噂は聞く。もっとも、顛末は大体2パターンで、アプローチをかけた側が途中で「違和感」に気づいて引き下がってしまうか、二条にバッサリ両断されるからしい。
違和感、というのは時々行動が3次元機動でねじれることがある。思い当たるものとして、先月は「実験室にいろいろ余っていたから作ってみた」なるお菓子をもらった。化学系の実験室に余っているものなんてきっとろくなものじゃないはずで、食べるのに相当勇気が必要だった――食べてみれば普通においしいブラウニーだったのだけど。
その他にも、「キムワイプって本当に食べられるんですか?」と無邪気に人の体を使って実験しようともしてくるようなやつなので、やはり油断はできない。
「志望は理研だっけ。大学出た後も研究の道って同期でも少ないんじゃないか?」
工学系の感覚かもしれないが、理系でも大体修士を出て企業に就職する人が多いと思う。研究職を志望していても大学に残ったり研究機関に入るのではなく、民間の研究部門を目指す同期が多かった。基礎研究分野の研究資金確保の難しさなど、事情は色々とあるらしい。
「確かに、周りにそういう人はほとんどいないですけど……先輩は、普通に就職した方がいいと思いますか?」
「いや、いいんじゃないか。珍しいってことはそれだけ貴重な人材ってことだろ」
そういった基礎研究分野で確立された技術がやがて工学分野で活用されたりする。そういったビジネスモデルまで当たる確率は1%を切るなんて話も聞くが、イノベーションには欠かせない分野には違いないと思う。
「それに、省庁に就職した研究室の先輩――部活も先輩だったけど、帰省するたびに『専門は大事にしろよ』ってうるさいくらいでさ。その意味では二条は最高の選択をしてるんじゃないか」
もともと苦労性の先輩だったが、就職してからは自分の専門の研究できるのは幸せだった、とぼやいている。ついでに、今年に入ってからは「あれだけ来るなと言ったのに何でついてきたんだ」という小言も加わった。もっとも。その先輩は部活も中距離か長距離か専門がわからないような先輩だったので、今の暮らしが性に合ってるんじゃないかと思う。
そんな毒にも薬にもならない話を、二条はニコニコと聞いている。
「……やけに嬉しそうだが、どうした?」
「先輩は、最後まで先輩なんだなあと」
全く答えになっていない。理由がわからず首をかしげるしかできないが、まあ、嬉しそうなんだからいいのだろう。
――さりげない「最後」という言葉が、胸の奥にズシリと沈み込んだ。
2人で飲むには4杯分のコーヒーでは少なすぎ、追加で淹れた――なぜか淹れ方を凄い観察された――コーヒーもほとんど時間をかけることなく飲み切ってしまった。
「そういえば」
会話もコーヒーも落ち着いたところで、ふと思い出した。
「入ってくるとき、ようやく捕まえたって言ってたけど、そんなに探してたのか?」
何となく聞いてみただけだったが、二条は露骨にぎくりとした表情を浮かべる。コーヒーを飲んでいたらむせていたのではないだろうか。だが、そんな表情は、次の瞬間には作り笑いのようなものに変わっていた。
「探してたといえばそうですが……むしろ、文字通りの意味ですね」
「文字通り?」
俺は今、二条に捕まっているんだろうか。まあ、テーブルを挟んで入り口側に二条が座っており、俺が部屋から出るのを邪魔できるという広い意味では捕まっているのかもしれない。けれど、それがどうしたというのか。
まさか、こいつ本気で俺にキムワイプを食わせる気じゃ――。
「先輩に卒業プレゼントです」
アホなことを思い浮かべていると、二条が足元のカバンから取り出した箱を俺の目の前に置く。各辺15センチくらいの立方体で、赤を基調としたオーソドックスな包装がしてある。思わぬ展開に、視線がプレゼント箱と二条の間を何度か往復する。
「おう、ありがとな」
意外ではあったが、せっかく貰ったものだし、プレゼント箱に手を伸ばす――。
「ストップです、先輩」
手が箱に触れるかどうかのところで、二条の言葉に動きを止める。
二条を見ると手に何かスイッチのようなもの――太めのボールペンくらいの大きさの筒の先端に赤いボタンが付いている――を握っていた。
「うかつに触ると吹き飛ぶので気を付けてくださいね」
「……ん? 吹き飛ぶ?」
聞き間違いだろうか。常識的に、卒業プレゼントが爆発なんてするはずない。
「箱に刺激を与えるか、わたしがこのスイッチを押すと、どかん、と」
どかん。あまりに唐突な状況変換に理解が追い付かない。部室でくつろいでいただけなのに、目の前に爆弾が。そのスイッチを後輩が握っている。そういえば常識が通じない相手だった。
「いや、でも。一介の学生に爆弾なんて用意できるはずないだろ?」
「実験室からちょっと材料を拝借しました」
身近な調達先に頭を抱える。もとより、二条の研究内容は危険物の反応制御である。ということは日頃から危険物を取り扱っているはずで、爆弾を作ること自体は環境的にはわけないのか。もっとも、だからこそそういった危険性のある物質は厳重に管理されているはずなのだが。
「実験室から化学物質持ち出すのは色々とまずいんじゃ……?」
「やだ、先輩。そういうことを気にする人はこんなプレゼント渡そうなんてしませんよ」
悲しいかな、ごもっともである。ある意味で突き抜けた正論に返す言葉がない。そして、普段の三次元機動の二条の言動を考えると、これが冗談だと言い切れないのがつらい。
「一体、なんでこんなことを……」
「なんでだと思いますか?」
二条がどこか芝居がかった調子でにやりと笑う。
「そうですね、せっかくですから、当てることができたらスイッチを押すのはやめにしましょう」
鼻歌でも歌いそうなくらいご機嫌な雰囲気。
「さあ、お答えください。1、発言がいちいちストレートでイヤな意味で鋭い。2、何考えてるかわからないのに唐突に毒を吐く。3、先輩が鈍すぎて後輩の思いに気づいてくれない。さあ、どれでしょう?」
どれも爆弾を持ち出すほどの理由には思えないのだが。だが、こういうのは受け手がどう感じたかが大事ともいう。思い当たる節を考えていくのだが難しい――1つ目と2つ目で思い当たる節が多々あるという意味で。
「あれれ、難しいですか?」
楽しそうな二条の気持ちがわからない。それに、手元でもてあそばれているスイッチがうっかり押されてしまわないかヒヤヒヤする。もっとも、そもそもこのままでは誤爆するまでもなくスイッチを押されてしまうことになってしまう。
考えろ、考えろ。俺はいったい二条に何をしたのか。
「あ、そうそう」
二条の顔に人の悪い笑み。
「複数選択性ですので、悪しからず」
「さらっと難易度上がった!?」
三択問題だと思っていたのが七択に増えてしまった。まあ、三番は無いと考えると結局三択なのか。
1つ目も2つ目も思い当たる節が多いのだから、答えはその両方なのかもしれないが、意外と気にしてない可能性もある。参考とすべき二条の気持ちの想像は難しい。
「悩んでますねー。どうです、ヒントが必要ですか?」
当ててほしいのか、当ててほしくないのか。相変わらず二条の本心は見えない。それよりも今は目の前の問題だ。俺は二条の問いかけに頷きで返す。
「んー。ヒントを出すには今の理解度がわからないとですね。どこで悩んでるんです?」
「1つ目と2つ目がな。思い当たる節が多々あるというか……」
それまで楽しそうにしていた二条の口元がピクリと引きつる。何か気に障る部分があったのかもしれない。自身の不満に関する話だから、そりゃ気に障るんだろうけど。
「こう考えてみると結構二条に対してデリカシーが欠けてたのかもしれないな。二条の調子に合わせていたつもりだったけど、もう少し遠慮すべきだったな……。もう卒業というタイミングで申し訳ないけど、これからは気を付けるから……」
二条をなだめるつもりで言葉を紡げば紡ぐほど、二条の口元の震えは激しさを増し、スイッチを握る手がプルプルと震え始めた。
「言いたいことはそれだけですか……せんぱい?」
プチり、という音が聞こえた気がした。
「えっと。二条サン?」
「……大外れです! 答えは3番ですよ! このニブチン先輩!」
二条がほとんど叫びながら、スイッチを持つその手を強く握りしめる。カチリというスイッチを押す音は、不気味なほど鮮明で、そしてスローがかって見えた。
次の瞬間、パンッという小気味いい音とともに、箱の上側が吹き飛ぶ。とっさに腕で顔を覆い、目をきつく閉じて来るべき衝撃に備える。
しかし、いつまでたってもそれ以上のことは起きなかった。ゆっくりと目を開け、腕の隙間から箱があった方を見る。箱は上側がなくなっているものの、それ以外の部分は健在で爆発した形跡はなかった。
「……びっくり箱?」
箱からはピエロのような人形がバネにつながれて飛び出してきた。そのピエロの人形は両手で可愛らしい封筒――「詩麻先輩へ」と書いてある――をもって俺に向かって差し出している。誰の封筒かは考えるまでもなく明らかだ。
その二条はスイッチを持った手をまっすぐ伸ばして膝の上で握っている。下を向いていて、どんな顔をしているかわからない。ほかにできることもないので、ピエロ人形から封筒を取り、フタの部分に手をかける。
「わー、ストップです! ストップ、先輩!」
「え、読んじゃダメなのか?」
「いいんですけど、目の前で読まれるのは恥ずかしくて……おうちに帰ってから読んでください」
ここまで壮大な茶番をやって、恥ずかしいとかあるのか。喉元まで出かけた言葉を飲み込む。答えではなかったにせよ、さっき気を付けると言ったばかりだ。とりあえず、封筒は黙って鞄にしまう。その気配を感じ取ったのか、二条はようやく顔を上げた。
「色々聞きたいことはあるが……このびっくり箱はどうしたんだ?」
「工学部の同期の子に実験室の余りものを使って作ってもらいました。基本は、スイッチ操作を受信すると、ストッパーが解除されてバネがフタを吹きとばす仕組みです」
冷蔵庫の余り物で晩飯を作ったみたいな言い方だが、意外と凝った仕組みになっていた。言われて箱を見ると、フタのふちに電子部品のようなものが付いている。もはや玩具の域を超えているような気がする。
「流石に、化学薬品で爆弾は作らないとは思ったけどさ。もしかしたらがありそうで冷や冷やした……というか胃がキリキリした」
「あれ、わたしは化学薬品とも爆弾とも言っていませんよ?」
そんなはずは、と思って思い返すが、確かに直接的なことは言っていなかったかもしれない。二条の性格とかこれまでの言動から勝手に俺が誤解していっただけか。だからといってそれは。
「嘘はついてないけど、正直にも話してないってやつだろ……」
誤解するのをわかっててぼかしただけだろ、とぼやく。二条から返ってきたのは苦笑いだけだった。
「大体……。このびっくり箱といい、今の一幕といい、手紙を渡すのにどうしてここまで……」
「せっかくなので、できる限りインパクトを与えることができればと」
確かにインパクトは強烈だった。2、3年は寿命が縮んだかもしれない。納得しかけていると、二条はまた下を向きつつ、それに、と言葉を続ける。
「今更先輩に面と向かって手紙を渡すのも恥ずかしくて……あ、それから」
二条の顔に茶目っ気たっぷりの笑みが浮かぶ。ちょっと口元が震えているのは、恥ずかしさを我慢しているのかもしれない。
「よく言いませんか? リア充爆発しろって」
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